第百二十話 ヤヨイの生産工房体験記(後編)
レスターの適性は錬金術師。まさにあの両親の子と言わんばかりであった。
そんな彼は、常にヤヨイをライバルと見なしているのだが、当のヤヨイはそれに対してうんざりとしていた。
「ライバルとかなんとか言ってるけど、アンタとあたしじゃ立ち位置が全然違うじゃないのよ。あたしはあくまで調合師なんだからね?」
「そんなことは知ってるよ。同じ生産職であることに変わりはないじゃないか!」
「あのねぇ……」
レスターの言葉にヤヨイは頭を抱える。いつものことながら、いい加減にしてほしいと願わずにはいられない。
二つ年下である彼と出会ったのは五年前のことだ。
親同士が友達ということで自然と知り合い、最初はヤヨイを姉のような存在として懐いていた。
しかし、レスターが本格的に錬金術を習い始めてから、心境が一変した。
両親から錬金術を教わり、数年でメキメキと腕を磨き上げていった。そして同じ年頃の訓練生の中でも、特に成果を出しているヤヨイをライバルと見なすようになったのである。
正直、ヤヨイは困惑でしかなかった。
土俵が違うのにライバルと思われてもなぁ――という感想でしかなく、何をどう争えばいいのだという気持ちのほうが圧倒的に強い。
たくさん成果を叩き出して、少しでも早く一人前になる――そういう意味では、確かに冒険者は皆ライバルと言えるだろう。それは戦闘職だろうと生産職だろうと関係はない。
しかしながら、職種が違うのに特別なライバルと見なすと考えると、ヤヨイからすれば話は別だと思えてならなかった。
そのことはちゃんとレスターにも話しているのだが、どうにも伝わっていないのが現状である。
「さっきも見ていたぞ! 調合師の師匠クラスの人に見てもらいやがって! ライバルとして羨まし過ぎるってもんだぞ!」
ビシッと指を突きつけながら叫ぶレスター。しかしヤヨイは、どこまでも呆れ果てた表情を浮かべていた。
(要するに、自分にはそーゆー人がいないから悔しいってだけでしょうに……)
究極の意地っ張りかつ負けず嫌い。普段は冷静なのに、錬金やライバルのこととなるとキャラがガラリと変わる。
良くも悪くも、間違いなくベアトリスの中身を受け継いだ息子なのだった。
(そーいやベアトリスも、流石はアタシの息子だとか言って、喜んでたっけか)
数年前、初めてレスターがヤヨイをライバルと認定した時のことを、ミナヅキは思い出していた。
互いの親がいる前で堂々と宣言するレスター。こりゃあ叱られるだろうなと、内心で思っていたその時だった。
ベアトリスが感激しながら自身の息子を抱きしめたのは。
これには流石に、ミナヅキもヤヨイも、そしてランディも呆気にとられた。まさか自分のことのように喜ぶとは、予想外にも程がある展開だったのだ。
(それから早数年……もうすっかり、いつもの光景と化しちまったもんだな)
大声を出しているレスターはとても目立っている。しかしそれを注目する者は、実のところ殆どいない。
あぁ、いつものアレかぁ――いたとしてもせいぜいそのくらいである。
ランディ曰く、自宅ではごく普通の明るい家庭そのもの。しかし工房に来れば、それはガラリと一変してしまう。最初はランディも戸惑ってはいたが、流石にそれが数年も続けば慣れてくると笑っていた。
――子供たちの世界に大人は首を突っ込むべきではない。
そう言ってランディは、極力ひっそりと見守る立場に徹すると言っていた。
現に今も、錬金場の位置から様子を伺っている。ミナヅキがそっと視線を向けてみると、申し訳なさそうな苦笑とともに会釈をしてきた。
ベアトリスは、息子よ頑張れと言わんばかりに、鼻息を荒くしながら気合いを入れているように見えていたが。
「オマケに厳しくされたと思ったら優しくされやがって……卑怯だぞ、そーやってまんまと周囲の評判をかっさらうだなんてよ!」
そのかっさらうという言葉の意味は、ヤヨイが調合の作業を行っていたことに他ならない。久々に工房に現れた彼女の腕が更に上がっているのを、周囲の人々が興味深そうに見ていたのだ。
レスターはそれが凄まじく気に入らなかった。遠巻きから見ていて、イライラして仕方がなかった。
――俺のほうがたくさん工房に通っているのに!
そんな気持ちが爆発する勢いで溢れ出て、こうして突っかかっているのだ。
「たまにしか来ないのにそんな扱いを受けるだなんて――意地汚いぞ!!」
「はぁ……それ、こないだも聞いたよ」
ヤヨイはうんざりした表情でため息をつく。正確にはこの工房に来るたびに聞いていることだった。
「ついでに言わせてもらうけど、あたしはアンタをライバルと思うつもりは、一切ないからね」
ヤヨイからしてみれば、単なる生産職の幼なじみでしかない。
仲良く遊ぶつもりも、何かを競う気持ちも全くない。小さい頃から知っている知り合いの男の子――ただそれだけであった。
しかし――
「くっ、でも流石はヤヨイだな。オレがライバルと認めただけのことはある」
「人の話聞けや」
感情のない口調で即座にツッコミを入れるヤヨイ。レスターが完全に自分の世界に入り込んで喋るのは、もはやいつもの姿。恐らく大人になっても治ることはないんだろうなと、なんとなく思えるほど。
しかしそれでも、やはりうんざりする気持ちは拭えない。
こうなってしまった以上、すぐに解放されるのは不可能だということが、如何せんよく分かっているが故に尚更であった。
そして、更なる追い打ち的な存在が、彼の後ろから歩いてくる。
「ミナヅキの娘も腕を上げてるわね。でも、アタシの息子も負けてないわよ!」
レスターの母親であるベアトリスの登場であった。ここまで傍観者を貫いてきたミナヅキも、ここからは話に関わらざるを得なくなってしまう。
故にため息が出る。なんでいつもいつもしゃしゃり出てくるんだと、そんな恨みがましい視線をミナヅキは向けるが、ベアトリスには効かない。
ヤヨイは改めて思った。やはり親子は似るのだと。
この勢いだと、母親と息子がタッグを組んで突っかかってくることが容易に想像できるかもしれない。
しかし――
「か、母ちゃん! 何でいちいち来るんだよ!」
そんなことはないのだった。レスターは母親の介入を恥ずかしがる、普通のお年頃の男の子でもあった。
「これはオレの戦いなんだから、邪魔しないでくれっての!」
「なによその言い方は? 母親が息子を応援するのは当然のことじゃない」
「それとこれとは話が別なんだよ!」
発生する親子の言い合い。喧嘩というほどのことではないやり取りを、ヤヨイもミナヅキも冷めた表情で見据えていた。
「始まったね、パパ」
「あぁ、今日も始まったな」
工房に来る度に、必ずと言っていいほど見られる光景の一つだ。故に今更慌てるようなことでもなかった。
「と、とにかくだ――ヤヨイ!」
ここでレスターが、改めてヤヨイにビシッと指差してきた。
「今度は俺の番だ。俺が錬金術の凄さを見せてやる!」
「はいはい。分かったわよ」
それに対してヤヨイは、投げやりな口調で返す。使っていた調合器具を片付けながらのことであり、視線を向けてすらいない。
「あたしがそっちに行けばいいの?」
「おぅ。今からお前をギャフンと言わせてやるぜ!」
「そりゃ楽しみね」
どこまでも感情的な態度を崩さないレスターに対し、どこまでも無感情的に淡々と答え続けるヤヨイ。
まさに冷静と情熱という形であった。言い合いにすらなっていないことだが。
そして――
「ミナヅキ君も見てなさい! アタシと息子の特訓の成果を見せてやるから!」
「へいへい。まぁ、そう肩肘を張らずにな」
ベアトリスの宣言に対し、ミナヅキもまた慣れたような反応を示す。仕方がないなぁという気持ちも確かにあるが、その一方でこうも思った。
やっぱりコイツは、昔からちっとも変わってないな、と。
◇ ◇ ◇
「どうも、ミナヅキさん」
レスターとベアトリスに連れられ、ミナヅキとヤヨイは錬金場に訪れると、出迎えたランディが申し訳なさそうに苦笑した。
「ウチの妻が、毎度ながらすみません」
「気にしなくていいよ。別にどうってことはないからさ」
「ヤヨイちゃんも、いつも息子に付き合ってくれて、ホントありがとうね」
「いえ、もう慣れましたから」
ヤヨイもそっけなくため息交じりに答える。そんなやり取りに対し、連れ込んだ張本人たちからのツッコミはない。
何故なら既に錬金術の準備に没頭してしまっているからである。
これもまたいつものことであり、今更ミナヅキたちも、とやかく言う気持ちは全く起きなかった。
「アイツも結婚して子供を産んで、一時は雰囲気が変わったと言われた時があったもんだがな」
ミナヅキはランディとともに腰かけつつ、頬杖をついて様子を見る。
「根っこの部分はまるで変わってないときたもんだ」
「全くですよね」
まさにそのとおりだとしか思えず、ランディも苦笑する。
「でも、ああ見えて彼女は、ちゃんといい母親をしているんですよ。レスターに錬金術の全てを叩きこもうとしてはいますが、あくまで息子の気持ちを尊重することを忘れてませんからね」
ベアトリスはあくまで、家族皆で錬金術を楽しくやりたいという気持ちを最優先事項としている。つまり今の状態こそが、彼女の夢そのものでもあるのだ。
もし今後、レスターが新たな目標を見つけ、それがベアトリスたちの進む道と全く異なっていたとしても、悪い道でない限りは応援してあげたい――ベアトリスもランディも心からそう思っているのだった。
それについては、ヤヨイも話を聞いて知っていることではあるのだが――
「さっきみたいに暴走するところは、玉に瑕だと思いますけどね」
「ハハッ、耳が痛い話だ」
呆れた表情を浮かべるヤヨイに、ランディは笑いながら受け止める。
すると――
「見てろよヤヨイ! 今からオレの錬金術を見せてやる!」
レスターが拳を突き上げながら意気揚々と宣言してきた。それに対して、ヤヨイは気だるげに手をヒラヒラと振り返す。
「はいはい」
どこまでも投げやりな返事。普通ならば苛立ちの一つくらいは抱くだろう。しかし幸か不幸か、レスターは錬金の力を見せつけることしか――いわば自分のこと以外に意識を向けてはいなかった。
ベアトリスが見守る中、レスターの錬金が始まる。
英才教育を受けているだけあって、八歳の子供が行う手際としてはかなり凄い。本人も凄まじいやる気を出しているからこそ、より映えて見える。
(こうして見ると、レスターの才能は本物なんだなぁって思えるんだけどねぇ)
そこはヤヨイも素直に認めるところであった。
――いつかオレも、父ちゃんや母ちゃんを越える錬金術師になってやる!
かつてレスターはそう豪語していた。
子供なら誰もが一度は口にするような言葉であり、最初は周りもその程度としか思っていなかった。しかしそれは、すぐさま覆されることとなった。
(生産職という大まかなくくりで言えば、冗談抜きであたしより凄い人間になっちゃいそうな気もするし)
確かにレスターはベアトリスに似ている部分が多い。しかし錬金術師としての母親の姿を間近で見てきたことにより、自然と反面教師にする姿も見かけるようになってきていた。
ヤヨイの前ではライバル心を剥き出しにするレスターも、実のところ普段はかなり大人しい子供なのだ。
普段は黙々と作業をする点が目立つ。しかしいざとなったら必ずと言っていいほど暴走するため、そのギャップはかなり激しい。
それは――錬金術を行っている時でも例外ではなかったりする。
「さぁ、行くぜ! 勝負はここからってなぁ!!」
「あ、ちょっとまっ――」
ベアトリスが慌てて止めようとするが時すでに遅し。レスターが勢い余って、材料の分量を間違えて投入してしまい、錬金釜がガタガタと激しく揺れ、七色の煙が噴き出し始めた。
――ボオオォォーーーンッ!!
爆発音とともに、凄まじい煙がレスターとベアトリスを飲み込む。
咄嗟に離れて避難していたミナヅキとヤヨイ、そしてランディは無事だった。
三人とも慌てることなく冷静であった。何故ならば――これもまた、いつものことだからである。
「けほっ、けほっ――」
煙が晴れ、咳き込むベアトリスの姿が見えてきた。そしてゆっくりと起き上がるレスターの姿も。
二人揃って真っ黒に汚れた状態。しかしそんなことはお構いなしであった。
「ちくしょぉ、なんでこうなっちまったんだ?」
「なんでも何もないでしょ!」
悔しそうにするレスターに、ベアトリスが一喝する。
「アンタがまた同じ失敗するからじゃない。調子に乗るとすぐこうなるって、いつも言ってるじゃないの!」
「こ、今回はちゃんと上手くやったよ! 錬金釜が古いんだ!」
「錬金釜のせいにするんじゃありませんっ!!」
ギャーギャーギャーギャーと、真っ黒な状態のまま親子の言い合いが勃発。しかし周囲はため息をつくだけ。むしろ微笑ましそうに頷いている姿さえ見られるほどであった。
つまりこれもまた、いつもの出来事として認識されているのである。
「おーおー、今日も派手にやらかしたもんだなぁ」
鍛冶師のガルトが笑いながら歩いてきた。ランディがその声を聞くなり、慌てて駆け寄り頭を下げる。
「すみません。いつもウチの家族がお騒がせしてしまって――」
「別に気にしてないさ。毎度のことじゃないか」
「……返す言葉もございません」
明るく言い放つガルトに、ランディはガックリと項垂れる。気苦労が絶えない人だなぁと、ヤヨイは思わず思ってしまった。
「しかしまぁ、レスターの坊主も頑張ってるもんだよな」
ガルトはフッと小さく笑いながら、未だ言い合っている親子を見つめる。
「お前ら両親から少しでも技術を盗もうとしている野心が、こっちにまでガンガン伝わってきやがる」
「はは……ただガムシャラなだけですよ」
「ガムシャラもいい根性の証だと、俺は思うがね」
苦笑するランディに、ガルトはサラッと返す。
「あの坊主の向上心は半端ねぇ。まだちっこいガキなのは否めねぇが、将来が楽しみであることは確かだ。そこは素直に、おめぇさんも認めていいと思うぜ?」
「――はい、ありがとうございます」
ランディは背筋を伸ばした頭を下げる。ガルトは腕を組みながら、満足そうに工房を見渡した。
「次世代の生産職も、着実に育ってきてるのは喜ばしいもんだ。ヤヨイの嬢ちゃんも含めてな。さっきの調合場でのアレ、見させてもらったよ」
「ど、どうも……」
「はは、そうかしこまるな――あ、ガキって言えば」
ガルトは唐突に思い出した。
「リゼッタんところも、昨夜遅くに生まれたって聞いたぞ」
「へぇー、そうなんですか?」
「あぁ。元気な女の子だって話だ」
驚きの声を上げるヤヨイに、ガルトが頷く。
服飾師のリゼッタはなかなか結婚に恵まれず、行き遅れになりつつあった。その悩み相談として、ラステカのアヤメの元に何回か来ており、その流れでヤヨイとも交流していたのだった。
そんなリゼッタも数年前に相手が見つかり、無事に結婚。
子宝にも恵まれ、旦那との幸せな生活を順応しているのだった。
「もしかしたらリゼッタの子供も、工房に通う日が来るかもしれませんね」
「だな」
ミナヅキの言葉に、ガルトも納得の意を示す。
「また工房も賑やかになるかもしれねぇな……流石にあーゆーのは御免だが」
そして苦笑しながら、未だ言い合っている親子に視線を向ける。
それに対して、ランディも――
「えぇ、おっしゃる気持ちはよく分かりますよ」
仕方がないなぁと言いたそうに、小さなため息をつきながら笑うのだった。
お読みいただきありがとうございます。
誤字・脱字につきましては、ページ一番下にある『誤字報告』にお願いします。
アルファポリスで公開中の新作も是非ともご覧ください。
作品名:『勇者になれなかったけど精霊たちのパパになりました』
第12回ファンタジー小説大賞にエントリーしています。
(このため、アルファポリスのみでの公開とさせていただいてます)
なにとぞよろしくお願いします<(_ _)>




