第百七話 ラステカへご招待
「じゃあ、レノも引き渡したことだし、俺たちはそろそろラステカへ帰ろうか」
落ち着いたところで、ミナヅキがそう切り出した。するとリュートが、寂しそうな表情を向ける。
「……帰るの?」
「いつまでもお邪魔するワケにはいかないからな」
「うん……」
頷きはしているものの、リュートはあからさまにしょんぼりとしている。抱きかかえているスラポンも同じ様子を見せていた。仲良くなったレノと離れ離れになるのが寂しいことは、明らかであった。
ミナヅキはリュートの頭を撫でながら、優しい声を出す。
「いつかまた、会いに来ような」
「――うん」
そう頷くリュートの声は、さっきよりもしっかりとしていた。リュートなりに気持ちの区切りをつけ、自身の頭の上にいるレノを両手で抱えながら降ろし、バージルに渡そうとしたその時――
「キュルゥッ!!」
レノが激しく抵抗し、リュートの胸元に飛びついた。ガシッと両手両足の爪を服に食い込ませ、全然離れそうにない。
「レノ、もうバイバイだよ」
「キュルキュルゥ~」
リュートがレノを引き剥がそうとするが、服が伸びるばかりであった。オマケにレノ自身も、イヤイヤと首を左右に振っている。
それだけレノが、リュートともっと一緒にいたいということなのだろう。
誰が見ても明らか過ぎる反応に、周囲は困り果てていた。
「……どうしましょ? リュートから絶対離れないって気マンマンなんですけど」
「うーん、ああなっている以上、無理やり引き剥がすのもなぁ……」
ミナヅキに問いかけられたバージルも、腕を組みながら悩んでいた。
「そのラステカの町とやらに、我々も滞在できるのであれば、話は早いのだが」
「あぁ、それなら多分できますよ」
「……本当ですか?」
あっけらかんと答えるミナヅキに、バージルは目を丸くする。ミルドレッドやベラも驚きながら振り向いていた。
ミナヅキは改めてジェロスを見上げながら言う。
「ラステカの町なら、のどかで広い原っぱ的な場所もいっぱいありますからね。王都よりも圧倒的に人は少ないですから、ジェロスの滞在もしやすいかと」
「なるほど。それならむしろ、好都合かもしれませんね」
バージルは顎に手を当てながら考える。
元々、人の多い王都での滞在は懸念材料の一つであった。加えて今回はレノが行方不明になり、ジェロスの機嫌が非常に悪かった。
機嫌の問題が解消されたのは良かったが、それ故に人々が興味本位で無暗に近づいてくる可能性も捨てきれない。否、むしろあって然るべきだろう。
大移動の前に、余計な騒ぎは起こしたくない――それを一番に考えれば、ミナヅキの提案は実に素晴らしいの一言であった。
「ミナヅキさん。我々一家を、ラステカの町へ案内してもらえますでしょうか?」
「はい。町の人たちもおおらかですから、きっと大歓迎ですよ」
バージルの言葉に、ミナヅキは笑顔で頷いた。
◇ ◇ ◇
ミナヅキたちはギルドにいるソウイチの元へ戻り、事の次第を話す。
エルヴァスティ一家がラステカの町を拠点とすることについて、ソウイチもそれはいい案だと認め、すぐさま筆を執った。
ラステカの町長に宛てたギルドマスター直筆の書状を、ミナヅキは受け取る。
「ところで大移動までの間、エルヴァスティ一家をどこに泊めるかだが……」
「えっ? あ、そっか。今ラステカに宿屋はないんだった」
そうなのである。近くに王都や他の大きな町に挟まれているラステカは、基本的に行商や冒険者などの旅人にとって、素通りする町でしかなかった。
それに加えて数年前に、ラステカの町を通らずとも、王都と大きな町を直通で繋げる一本道が新たに造られた。つまり農作物を運ぶ業者と行商以外に、ラステカの町を訪れる外部の人間は、基本的にいない状態なのである。
故に一件だけ存在していた宿屋も、昨年遂に店じまいをしてしまった。
現在は銭湯として生まれ変わっており、宿屋を営んでいた時以上に利益を上げているという状況となっている。
したがってラステカの町には、宿屋という施設が一軒もない状態なのだった。
「忘れてたな……こうなったら誰かの家に泊めてもらうしかないか」
ミナヅキは頭をガシガシと掻きむしった。それに対してソウイチは、少し身を乗り出すようにしながら提案する。
「流れ的に一番の理想は、キミたちの暮らす家に泊める、ということになるな」
「あぁ、それなら……いや」
一瞬受け入れようとしたミナヅキだったが、すぐさま顔を左右に振った。
「ウチは遠慮願いたいかなぁ。アヤメが、今ちょっと不安定なもんで」
「そうか。大変そうだな」
「まぁ、そこはなんとかやってるよ」
流石にソウイチも、アヤメの状態を度外視するつもりは毛頭なかった。ミナヅキからもそれとなく聞いているため、色々と察してもいる。
「そこは追々話し合って決めてもらえればと思う。とにかく、エルヴァスティ一家のことは、どうかよろしく頼んだぞ」
「りょーかいッス」
こうして報告と話し合いを終えたミナヅキは、ギルドを後にして待っていたリュートたちと合流。いざ王都を出発しようとしていた。
しかしジェロスには大きさの都合上、全員を乗せることはできない。しかし小さなリュートやスラポンであれば、ギリギリ可能だという。レノもリュートと離れたがっていない以上、一緒にいたほうが良いということで話がまとまるのだった。
「じゃあリュート。兄ちゃんは先に、ラステカへ行ってるからな」
「……うん」
馬車に乗って一足先に帰ることにしたミナヅキ。しかし見送るリュートの表情には不安が出ていた。説明して納得してくれたとはいえ、やはり会ったばかりの他人と一緒というのは緊張するようだ。
しかし――
「ポヨ、ポヨポヨ」
「キュルキュル、キュルルゥーッ」
抱きかかえられているスラポンと肩に乗るレノが、それぞれリュートに向けて鳴き声を上げた。それに対してリュートは、驚きながら二匹を交互に見る。
「スラポン……レノも……大丈夫って言ってくれてるの?」
「ポヨッ!」
「キュルゥッ!」
「――うん、ありがとう」
そのとおりと言わんばかりに強く返事をするスラポンとレノに、リュートの表情から少しずつ不安が取り除かれていった。
それを見たミナヅキも、ひとまず大丈夫そうだと思った。
「バージルさん。ラステカまで、リュートをお願いします」
「えぇ、お任せください!」
そしてミナヅキを乗せた馬車は出発する。それを見送ったところでバージルが振り向くと、ベラが呆然とした表情を浮かべていることに気づいた。
「レノが励ますなんて……あたしにはそんなのしてくれたことないのに……」
ベラは驚きつつ、軽く嫉妬の気持ちが浮かび上がっていた。
今までレノとも家族として暮らしてはきた。しかし目の前のリュートみたく、懐かれることはなかった。
レノにとってのベラは、父親の相棒の娘――あくまでそれだけだった。
娘である自分でさえこうなのだから、家族でもなんでもない赤の他人に懐くことなんてあり得ない。
そう思って安心していたのに――
「キュルル、キュルキュルゥー♪」
「わっ、ちょっとレノ。くすぐったいってばぁ~」
――何なの、コレ。
ベラは自然と拳を強くギュッと握り締めていた。
とてもたった一日しか一緒にいなかったとは思えない。まるでもう何年も付き合っている仲良しの友達ではないか。
そんな考えが、ベラの中でグルグルと渦巻いていく。
「凄いな……もはや竜の一族を名乗っても、全然良いくらいだ」
バージルが腕を組みながら感心する。当然その言葉はベラの耳にも届いており、更に彼女の表情を険しくさせてしまうのだった。
「アンタねぇ! 何でこのタイミングでそんなこと言うの!?」
「へ? 何でって……あっ!」
ミルドレッドにツッコミを入れられ、バージルもようやく娘の様子に気づく。しかし時すでに遅しであった。
それでもバージルは、なんとか取り持とうと試みるが――
「あー、そのぉ、何だ……ベラも頑張って……」
「いいから。アンタはもう黙ってなさい」
「……はい」
ミルドレッドにピシャリと冷たい声で制され、バージルは項垂れる。そして苛立ちを見せている娘に、母として後ろから優しく抱きしめた。
「ほら、落ち着きなさい」
「――ママ?」
突如背中から感じる温かい感触に、ベラがハッとしながら見上げる。そこにはいつも見せてくれる優しくて暖かそうな笑顔があった。
「焦らなくていいよ。アンタは私たちの自慢の娘なんだ。今はその悔しい気持ちをエネルギーとして溜めておきな。いつか立派なドラゴンに乗る、その時までね」
「ママ……うん、分かった。あたし頑張る!」
「そうそう。それでこそベラだよ」
いつもの明るい笑顔に戻った娘に、ミルドレッドは嬉しそうに頷く。そしてキリッとした目つきに切り替えつつ、夫であるバージルのほうへと振り向いた。
「ほら。アンタもさっさとラステカへ行く準備をしな。日が暮れちまうよ」
「は、はいぃっ!」
その迫力に押し負け、バージルはすたこらさっさと走っていく。その後ろ姿にため息をつき、ミルドレッドはリュートに言った。
「リュート君もすまないね。見苦しいところを見せてしまって」
「い、いえ……」
怖い顔をしていたと思ったら、急に優しそうな表情に戻る。そんなミルドレッドに対して、リュートは別の意味で怖さを感じていた。
ここでミルドレッドはリュートに尋ねる。
「ところでリュート君は、今いくつ?」
「えっと、七歳だよ」
「ということは、ウチのベラよりも三歳下ってことだね」
なるほどと頷きながら、ミルドレッドはベラのほうを向いた。
「ベラ。アンタもリュート君の面倒見てやんな。お姉ちゃんなんだから」
「お、お姉ちゃん!?」
何故かベラは驚きの反応を示す。そして次の瞬間――
「しょ、しょーがないなぁ。お姉ちゃんの言うこと、ちゃーんと聞くんだよ?」
「う、うん……」
体をモジモジとさせながら照れるベラに、リュートは戸惑いを覚える。急にどうしたんだろうと、意味が分からなかった。
「ポヨポヨ」
「キュルルゥ、キュルキュルー」
そんなベラの様子に、スラポンとレノが呆れた表情で会話する。どうやらこの二匹には、それとなくベラの心境を悟っているようであった。
魔物たちに呆れられていることを、ベラ本人は全く気づいていない。
「お待たせ。ジェロスの用意ができたから、いつでも出発できるぞ」
走りながら戻って来たバージルに、ミルドレッドは満足げに頷いた。
「よし。じゃあ私たちも出発だよ」
「はーい♪」
ベラは明るく手を挙げながら返事をする。そしてリュートに手を差し伸べた。
「リュートくん、いこ?」
「う、うん」
緊張しながらも手を取るリュートは、そのままベラに引かれて走り出す。年の近い子と手を繋ぐのは、実のところこれが初めてであり、ミナヅキやアヤメと手を繋ぐのとは、またどこか違う感じがしていた。
そしてバージルたちを乗せたジェロスも、ラステカを目指して飛び立つ。
そんな彼らの姿を、遠巻きに観察している姿があった――
「ラステカの町……」
その者はそう呟きながら、音もたてずに動き出す。そして薄暗い裏路地に訪れ、とある目立たない角で壁に背を付け立ち止まる。
同じ角から誰かが歩いてきた。そしてその誰かも立ち止まり、その者とその誰かが話し合う形を取る。
「さっきドラゴンが人を乗せて飛んでいくのを見たわ」
その誰かの声は女性だった。雲が途切れて太陽の光が照らされる。煌びやかなドレスと真っ赤な口紅がキラッと光り出した。
「ラステカの町に向かった」
「そう……駒は揃えてあるわね?」
「抜かりなく」
「良いわ。動かせなさい」
「はっ」
そしてその者は、路地裏から一瞬でフッと姿を消した。残された女性は、抑えきれない笑い声を口から漏らす。
「ククッ、もうすぐよ……もうすぐあの竜の子が、この私の手に!」
女性は手のひらを広げ、何かを持つような仕草をしながら不気味に笑う。脳裏に浮かんでいるのは、一匹のドラゴンの子供。そして――
「生まれながらにして竜と話せる娘と、ついでに魔物を手懐ける、あの可愛いボウヤも一緒に……ね♪」
二人の男の子と女の子の姿であった。
「いい商品を手に入れるチャンス、絶対に逃がしませんことよ……フフッ♪」
女性はニヤッと笑う。唇の真っ赤さに反して、その笑みはとても黒く歪んでいるのだった。
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