第百二話 イメチェンはもう解除しました
ギルドを後にしたミナヅキたちは、その足で工房へ向かった。折角なのでリュートにも生産職の仕事ぶりを見せてあげたいという、ミナヅキの気持ちだった。
「あれが工房だ。兄ちゃんも前は、あそこで調合をしてたんだぞ」
「ほぇー」
兄が働いていた場所――それを聞いたリュートも興味を抱いていた。
工房の扉を開け、その先に広がる世界を見た瞬間、その興味は感激に変わる。ギルドとはまた違う意味での別世界に、驚きを隠せないでいた。スラポンもリュートの腕の中で呆けていたが、ここ数日ですっかり人間の世界に慣れたらしく、警戒する様子はなかった。
「なんかすごい」
「ポヨー」
「ハハッ、そうだろー?」
呆けながら呟くリュートとスラポンに、ミナヅキはしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべる。
そして、まずはどこを案内しようかと見渡していた時だった。
「……ミナヅキさん?」
歩いてきた一人の青年が声をかけてきた。反射的にミナヅキが振り向くと、その青年は表情を輝かせる。
「やっぱりだ! お久しぶりです」
「よぉ、ランディ」
数週間ぶりに会った錬金術師の青年ランディは、少しだけ顔つきが変わったかのようにミナヅキは見えた気がした。
そして彼らは、一緒に錬金場へ向かうことに。
「――なるほど。まさかミナヅキさんにご兄弟がいらしたとは」
リュートたちについてミナヅキから軽く説明を受けたランディは、納得の頷きを見せる。
「きっとベア姉もビックリしますよ。いつの間にそんな大きい子供生まれたの、とか聞いてくるかもですね」
「ハハッ、もしそうなったら面白いだろうが、まぁ流石にないだろう」
「ですよねぇ」
ランディも笑いながら同意する。あくまで冗談のつもりだった。しかしいざ錬金場に到着し、リュートを連れたミナヅキの姿を見たベアトリスは――
「アンタ……いつの間にそんな大きい子供生まれたの?」
見事なまでに、ランディの冗談を本当にさせてしまうのだった。それを聞いたリュートは、不安そうな表情でミナヅキを見上げる。
「ぼく、おにーちゃんの子供だったの?」
「いやいや違うから。歳が離れてるだけで紛れもなく弟だから」
何気に冗談が通じないタイプなのかもしれない――そう思いながらミナヅキは、苦笑とともにリュートを宥める。
そして改めて、ベアトリスにもリュートとスラポンのことを紹介した。
粗方話を聞き終えた彼女は、腕を組みながら深く頷いた。
「なるほどねぇ……よくある話と言えばそれまでだけど、大変だったんだ」
ベアトリスの隣でランディも同じような反応を示している。
二人があまり深く突っ込んだことを言わないのは、今のリュートがありふれた元気な様子を見せているからに他ならない。なによりミナヅキに懐いている姿も、紹介される側を安心させているのだ。
「でもビックリしちゃったよ。ミナヅキにこんな小さな弟くんがいたなんてさ」
「まぁな。俺から言われてもらえば、ベアトリスにも驚いたけど」
「……なんでよ?」
急に振られたベアトリスは、意味が分からず顔をしかめる。しかしミナヅキは、少し呆れたようにため息をついた。
「なんでも何もないだろ。すっかりイメチェン解除しちまってさ」
そう、今のベアトリスは、良くない意味で完全に様変わりしていた。
黄土色のローブに身を包んでおり、髪の毛の手入れもサボっているのかボサボサに広がっており、なおかつ毛があちこち跳ねている。オマケに欠かしていなかった化粧も全くなされていない。要するに完全すっぴん状態だ。よく見ると目の下に少しクマが出来ている。
まさにイメチェンする前のベアトリスに逆戻りしていたのだった。
久しぶりに会っていきなり逆大変身した友達の姿に、流石のミナヅキも驚きは隠せないでいた。
「とうとうプライドよりも、メンドくささのほうが上回っちまった感じか?」
ミナヅキが茶化すように笑いながら尋ねると、ベアトリスはため息交じりに頬杖をついた。
「まぁ、それもあるっちゃあるけどね。ランディと正式に付き合い始めたから、もうイメチェンしておく理由もなくなっちゃったってワケよ」
「――へぇ、あ、そうなんだ?」
何気ないカミングアウトに、ミナヅキは素直に驚いた。そんな彼の反応に、ベアトリスは軽く半目となって睨みつける。
「何よ? 文句あるっての?」
「いやいや滅相もない」
ミナヅキは即座に手のひらを左右に振り出す。そして改めて頷きながらランディのほうに視線を向けた。
「そっかそっか。ソイツは良かったな、ランディ」
「はい。色々とご心配おかけしました」
「いやいや、なんとか収まったみたいで、なによりだよ。それにしても――」
ミナヅキは再びベアトリスに向けて不思議そうな表情を浮かべる。
「元のベアトリスに戻ったってことは、周りの反応も変わったんじゃないか?」
「まぁ、それなりに驚かれたけど、あとはそうでもないかな」
「実を言うと、前のタツノリさんの一件が、かなり影響してるみたいで……」
「あー、そゆこと」
ミナヅキは即座に納得した。ベアトリスとランディの急接近は、タツノリの暴走によって広まっていた。言わば周囲も、それとなく心の準備ができていたといっても過言ではない。
現にミナヅキからしても、ようやく決まったかという気持ちが一番強い。確かに聞いた瞬間は驚いたが、それだけである。
それよりもミナヅキは、ランディにこれだけは聞いておきたいと思っていた。
「ランディもかなり驚いたろ?」
「それはもう……イメチェン前の姿は見たことなかったですからね」
「そういやそうだっけか」
ミナヅキは改めて経緯を思い返してみる。確かに彼の場合、雑誌の記事に載っていたイメチェン後のベアトリスしか知らなかったのだ。それがいきなり見たことがない逆変身の姿を見てしまえば、それはもう驚かないほうが不思議だろう。
「でも、今はもう慣れましたから」
「当然でしょ。ランディはアタシと末永く一緒にいるんだから」
ランディの言葉に、ベアトリスは呆れ気味に言い放つ。またしてもプロポーズめいた言葉を発していることには、恐らく気づいていないのだろう。
(――まぁ、この二人なら、結婚するのも時間の問題ってところかな)
むしろいつそのときが来るのか、それが楽しみなほどである。ある意味もう、似たような状態であると言えなくもない気はするが。
「ちなみにベア姉が決断してくれたキッカケは、アヤメさんの妊娠なんですよ」
「ちょっ――今それ言わなくてもよくない?」
ランディのカミングアウトをベアトリスは慌てて遮ろうとする。しかしもう完全に遅かった。
「へぇ、そうなのか?」
ミナヅキがそう問い返すと、隣でワーワー騒いでいるベアトリスをスルーしつつランディは頷く。
「えぇ。アヤメさんが子供が出来て凄く嬉しそうにしていたのを見て、自分もいつかは子供を――と思ってくれたみたいです」
「なるほどな。それで踏ん切りがついたってことか」
「結果的にミナヅキさんとアヤメさんが、ベア姉を後押ししてくれたんですよ」
「そっか。ソイツは光栄だな」
ミナヅキとランディが温かい表情で笑い合う。その隣で、何やらゴリゴリと音がしていることに気づいた。
ベアトリスが体ごと視線を逸らし、もそもそと何かを行っていたのだ。
「……どうしたの、ベア姉?」
「錬金する。恥ずかしい話なんて聞きたくないし」
完全に拗ねた口調のベアトリスに、ランディは苦笑を浮かべる。
「いや、別にそんな……恥ずかしいどころか立派なことだよ」
「お世辞なんかいらないよ。そーやってアタシを辱めてればいーんだよ。ふんだ」
「ベア姉……」
機嫌を損ねてしまい、ランディは困り果てた様子であった。しょうがないなぁと思いながらミナヅキがため息をつくと、隣に座ってるリュートとスラポンが、ベアトリスの作業風景を興味深そうに見ていることに気づいた。
そしてミナヅキは、思い立った。
「ベアトリス。リュートとスラポンに、お前の錬金を見せてやってくれないか?」
「――へ?」
突然の言葉にベアトリスは素っ頓狂な声を出してしまう。それに構うことなく、ミナヅキはリュートに視線を落とす。
「調合とはまた違うヤツだ。どんな感じなのか、近くで見てみたいだろ?」
「……見たい」
「ポヨッ!」
リュートとスラポンの目が輝き出す。それを目の当たりにしたベアトリスは、思わずたじろいでしまうと同時に、断る選択肢が消えていた。
「そ、そこまで言うならしょーがないわね。見たければどうぞご自由に」
「うん。見る」
リュートはスラポンを抱きかかえて、ベアトリスの傍に移動する。そして行儀よく座って、ジッとその様子を観察するのだった。
一方ベアトリスは、素材をすり潰しつつ、視線をリュートに――正確にはリュートが抱えているスラポンに対して、チラチラと向けていた。
そして、意を決したかのように、ベアトリスはリュートに尋ねる。
「ねぇ……キミのスライムって、粘液は出せるのかな?」
「ねんえき?」
「ポヨ?」
意味が分からず、リュートとスラポンはコテンと首を傾げる。受付嬢のニーナはこれでノックアウト寸前になったが、ベアトリスの場合は錬金のほうに意識が注がれているため、そこまでには至っていない。
「うん。もし出せるなら、少し分けて欲しいんだ。新しい錬金に、どうしても必要な素材なんだよね」
「ふーん。どーする、スラポン?」
「ポヨッ!」
「ねんえきを分けてもいいの?」
「ポヨポヨ」
「分けてもいいって」
そんなリュートとスラポンのやり取りが、殆ど普通に会話をしているようにしかミナヅキには見えなかった。
無論、スラポンの頷きなどのジェスチャーや、鳴き声の様子をリュートが読み取っているだけに過ぎないのだが、それでもちゃんと理解している点は、流石と言わざるを得ないだろう。
ちなみにベアトリスはそれを気にも留めず、スラポンの返事に対して嬉しさを前面に押し出していた。
「ありがとう! じゃあこの小皿に出してもらえるかしら?」
「ポヨッ」
スラポンは頷き、体の一部を絞り出すような感じで粘液を抽出する。程なくして体から離れたプヨプヨした液体が、ゼリーのような状態で小皿に乗せられた。
「へぇ、スライムの粘液ってあんな感じにもなるのか」
ミナヅキが前に見たことがあるのは、普通のドロッとした液体そのものだった。討伐して核を失ったことで、体そのものが解けて液状化する状態である。
しかし今みたく、自分の意志で違う形として抽出もできる。これはこれでなかなか凄いことではないかと、ミナヅキは思った。
「よぉし! 天才美少女錬金術師の力を、目にモノ見せてあげるよ!!」
ベアトリスがむん、と力こぶを作る仕草を見せつつ、素材を持って錬金釜に立ち向かっていく。
ランディは行かないのかと、ミナヅキが指をさしながら無言で尋ねるも、下手に手出ししたら怒られるだけだからと、ランディは首を左右に振った。
無論、そんな二人のやり取りを周囲は気づいていない。
リュートとスラポンは錬金の様子に、そしてベアトリスは新作の挑戦に、それぞれ夢中となっていた。
ゴトゴトと揺れる錬金釜から、何回もプシューと煙が噴き出す。
後は祈りながら待つだけ。ベアトリスは両手を組み合わせ、祈りのポーズとともに成功を願った。
そして――錬金釜が煙を噴き出しながら大人しくなった。
「……出来た。成功だよ!」
恐る恐る釜の蓋を開け、中身を取り出したベアトリスが笑顔を見せる。リュートとスラポンも、不安そうな表情を明るくさせていった。
ミナヅキとランディがホッと安心する中、出来上がった錬金物をベアトリスはリュートたちに見せる。
「ほら、これが出来上がったモノだよー」
「……ビー玉?」
リュートがそれを見た率直な感想をぶつける。確かにその大きさや形からして、雑貨屋で普通に売っているビー玉以外の何物にも見えなかった。
しかしベアトリスは目を閉じつつ、勝ち誇ったかのような笑みを見せる。
「見た目は確かにビー玉。しかぁし、その実態は違う! これはね――」
ベアトリスは意気揚々とその正体について語る。リュートとスラポンは、そうなんだーと言わんばかりに口を開けて呆けたように聞いていたが、ミナヅキとランディは苦々しい表情を浮かべていた。
「ベア姉……なんてモノ作っちゃったのさ」
「まぁ、役に立つだろうけどな。結構えげつないとは思うが」
「ふふーん、でっしょー?」
ベアトリスは胸を張って誇らしげにする。そしてその出来上がったモノを、駄菓子でも与えるかの如く、ひょいっとリュートに差し出すのだった。
「これはリュートくんにあげるよ。あとついでにこれもあげる」
一緒に差し出したのは、完成したばかりと思われる、色違いのビー玉のような錬金物だった。それがただのビー玉でないことは、もはや考えるまでもない。
「お、おい、ベアトリス……」
「使い方はね――」
焦りながら呼びかけるミナヅキを完全スルーして、ベアトリスは説明する。それを聞いたミナヅキは、頭を抱えながら深いため息をついた。
「お前なぁ。子供にそんなモノを簡単に渡すなよ」
「あら、護身用として持っておくに越したことはないと思うけど? 備えあれば患いなしって言葉もあるんだし」
「……そりゃまぁ、そうかもしれんけど」
それを言われたミナヅキは、何も言い返せなかった。
確かに護身用として何かを持たせるというのは、別におかしいことではない。むしろこの世界では普通のことであり、小型魔法具が発達している今では、尚更当たり前となりつつあるほどであった。
リュートの場合、スラポンがいるとはいえ、やはりそれだけでは心もとないのも確かである。そう考えれば、もう一つか二つくらいの手はあったほうが良い。そういう意味では、ベアトリスの気遣いはむしろありがたいと言える。
「いいか、リュート? それは本当に困ったときだけに使うんだ。約束だぞ?」
もはや取り上げることもできない。ならばせめてと、ミナヅキはリュートの肩に手を添えながら、必死にそう語りかけた。
それに対してリュートは、笑顔でしっかりと頷いた。
「うん。約束する」
「……頼むぞ」
いつもなら素直に返事をするリュートに笑顔を見せるところだが、今回ばかりは不安のほうが勝っており、重々しく頷くことしかできなかった。
もっともリュートもスラポンもそれを気にしておらず、新しくもらったそれを嬉しそうに眺めているばかりであった。
「心配することはないですよ。要は使う機会がなければいいだけなんですから」
「そーよ。そう簡単にこの子たちがそーゆー展開に陥るとも思えないし」
ランディが必死にフォローしようと呼びかけ、ベアトリスが心配性ねぇと言わんばかりに呆れたような態度を取る。
誰のせいだとツッコミを入れたくはなっていたが、言ったところで彼女が改めることなどないと、ミナヅキも残念ながらよく分かっているため――
「……だと良いんだけどな」
弱弱しくそう返すことしかできなかった。
そして近い将来――これらが大いに役立つことを、彼らはまだ知らない。
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