第百一話 リュートの適性検査
「人がいっぱい……」
「ポヨー」
フレッド王都の表通りを目の当たりにして、リュートとスラポンは口をポカンと開けていた。
その隣でミナヅキが、してやったりと言わんばかりに笑い声をあげる。
「ハハッ、ラステカの町とは大違いだろ?」
「――うん」
そのとおり以外の何者でもなく、リュートは反射的に頷いた。そして不安そうな表情でミナヅキを見上げる。
「ねぇ、そのギルドっていう場所にこれから行くの?」
「そうだよ。そこでリュートが持っている能力を確かめてもらうのさ」
それが今日、ミナヅキがリュートとスラポンを連れて、フレッド王都へやって来た大きな目的であった。
ギルドへの冒険者登録は十二歳以降でなければならないが、どんな適性を持っているかを検査するだけであれば、三歳から可能である。適性に沿って、幼少期から教育を施したいという声が大きいためだ。
特に貴族や王族にその傾向が高い。一般庶民でもそのケースは珍しくなく、親が冒険者出身ともなれば、尚更であると言えていた。
「どんな能力があるんだろうね? 楽しみ~♪」
「ポヨポヨ♪」
ギルドへの道を歩きながら、リュートとスラポンが無邪気に笑い合う。まだ魔物調教師という適性の名前は話していなかった。
可能性としては極めて高いと思ってこそいるが、確定ではない。もしかしたら例外が働いているだけで、その適性は持っていないという結果もあり得る。下手に話してぬか喜びさせることは忍びない――そう思ったのだ。
もっとも例外が働くことこそ、実のところ殆どなかったりもする。
少なくとも、リュートのようにここまで兆しを見せておいて、いざ調べたら大外れでしたという事実は、今まで確認されたことはない。
(リュートの場合、普通に予想どおりだと思うんだがなぁ……)
それがミナヅキの抱く考えであった。故にそれほど緊張もしておらず、むしろ例外が出てきたら凄いなとさえ思っているほどであった。
別にリュートをエリートに仕上げようとする気持ちは全くない。ついでに言えば冒険者にしようとも思っていない。
ただ、リュートがスライムに懐かれる理由を知りたい――それだけなのだ。
リュートが自ら何かを望まない限り、それを強要するつもりはない。
「さぁ、着いたぞ。ここが冒険者ギルドだ」
「おっきいねー」
「ポヨー」
立派な建物に感激しつつ、ミナヅキとともに大きな扉を潜り抜ける。
数秒後――ギルドのロビーに妙な空気が漂い始めた。
冒険者や受付嬢たちの視線は、ミナヅキに――正確には彼の隣を歩く小さな子供とスライムに向けられる。
疑問が浮かぶのも無理はない話であった。
フレッド王都のギルドにおいて、ミナヅキの顔を知らない者のほうが少ない。そんな彼が、知らない子供を連れてきた。しかもその子供の腕の中には、スライムがプルプルと体を震わせながらも大人しくしている。
有り体に言って、意味不明であった。
アヤメが冒険者を休業している事実は既に知られている。だからこそ、この状況はどういうことなのか。そんな疑問が人々の頭を駆け巡っていた。
それは、受付嬢のニーナとて、例外ではなかった。
「あの……ミナヅキさん? そのお子様は、どこのどなたでしょうか?」
ミナヅキたちが受付カウンターに到着した瞬間、ニーナがそう尋ねた。驚きを通り越しているせいか、いらっしゃいませというお決まり文句すら、完全にすっ飛ばしているほどだ。
そんな彼女の気持ちなど露知らず、ミナヅキはあっけらかんと答える。
「俺の弟です」
ミナヅキの声がロビーに響き渡った。瞬間、しんと静まり返る。
なんとも言えない空気が流れていく中、応対をしているニーナが、なんとか言葉を絞り出していく。
「えっと……弟さん、ですか?」
「そうですよ。名前はリュートって言います。ほら、挨拶」
「こんにちは」
「ポヨッ」
またしてもあっさりとミナヅキは答え、更にリュートとスラポンも、揃って礼儀正しくペコリと頭を下げた。
それに対してニーナも、慌てて頭を下げる。
「こ、こんにちは。ご丁寧にどうも――ご兄弟がいらしたんですか?」
「えぇ。俺もつい最近知ったばかりなんですけどね」
「つい最近、ですか。私は一瞬、ミナヅキさんの御子息かと……」
「そんなワケないでしょ」
ミナヅキは苦笑しながらツッコミを入れる。そしてリュートに対して、少しだけ補足説明をしておこうと考えた。
「兄弟と言っても、母親が違うんですよ。コイツの家族に不幸がありましてね。それで俺らのところで引き取ることになったってワケです」
「そうだったんですか。大変だったのですね」
ミナヅキの話を聞いてニーナは納得する。よくある話であり、ミナヅキ自身も早くに親から見放された話は聞いたことがあった。故に知らない兄弟がいたというのも不思議な話ではないと。
ニーナが深く頷く姿を見て、ひっそりと安心しつつミナヅキは切り出す。
「そんなことより、今日はリュートの適性検査をお願いしたくて来ました」
「リュートさんのですか?」
問いかけながらチラリと一瞥し、そして再びミナヅキに視線を戻す。
「分かりました。すぐにご用意いたしますので、こちらの用紙に記入を」
「はい」
ミナヅキが用紙を受け取って記入する。登録の場合は本人が記入することが必須であるが、適性検査――それも登録年齢に達していない者が対象であれば、付添い人が代理記入することも可能なのだ。
やがてミナヅキが記入を終え、隣接しているスペースへ移動する。そこにニーナが水晶玉を運んできた。
アヤメの時みたいにその場でやってもいいのだが、リュートの場合、背丈の都合上カウンターに届かないため、こういった配慮がなされた。
子供が保護者同伴で適性検査のみを行う場合、当たり前に見られる光景である。
「それではリュートさん。こちらに手をかざしてください。そうすればどんな適正を持っているかが分かりますので」
ニーナに言われるがまま、リュートは手をかざす。スラポンとともにワクワクした表情を浮かべていた。
それは普段、受付嬢側にとっても同じことが言える状況なのだが――
(まぁ、この子の場合は、なんとなく想像つきますけどね……)
今回はその楽しみが半減しているも同然であった。ニーナから見ても、リュートの腕の中で大人しくしているスライムが、もはや彼の適性を如実に表しているようにしか見えなかった。
そして結果は、案の定――
「出ました。リュートさんは魔物調教師の適性を持っておられますね」
やっぱりか――ロビーで様子を伺っていた大半の者が抱いた感想であり、ミナヅキとニーナも同意見であった。
一方、リュートは――
「まものちょーきょーしってなに?」
「――っ!!」
首をコテンと傾げながら、ミナヅキに向かって視線を見上げてきた。その可愛さという名の破壊力に、ニーナは思わずフッと意識が飛びそうになってしまう中、ミナヅキはリュートの頭を撫でながら答える。
「つまりリュートには、これからもスラポンの時みたいに、たくさんの魔物と仲良くなれるかもしれないってことが分かったんだ」
その瞬間、リュートは目を輝かせた。またしてもニーナの小さな呻き声が聞こえてきたが、本人もミナヅキも気づく様子はない。
「魔物さんといっぱい友達になれる?」
「あぁ、なれるとも。リュートがいっぱい頑張ればな」
「がんばる! いっぱいがんばる!」
「そうかそうか。その意気だ」
笑顔のリュートにミナヅキが優しい微笑みを向けながら、再び頭を撫でる。その光景に様子を伺っていた周囲は、ふんわりとした気持ちに駆られていった。
「ま、まるで兄弟というより親子ですね……」
ようやく復活したニーナが小声でボソリと呟く。その声にミナヅキが反応し、ニーナに視線を向けた。
「え? 今なんか言いました?」
「なんでもございません」
首を左右に振りながらニーナは言う。なんとか落ち着きを取り戻せた――そう安心していた時だった。
「今日は一段と賑やかだな」
その声にニーナは背筋をビクッと震わせる。彼女が座る位置関係上、後ろから聞こえてきた形ではあるが、その声の正体はすぐに分かった。現にミナヅキは、驚くどころか普通に笑顔を浮かべつつ、右手をかざしている。
「ソウイチさん、どうもッス」
「やぁ」
あっけらかんと挨拶するミナヅキに対し、ギルドマスターことソウイチも、ニッコリと笑みを浮かべた。
「アヤメ君の調子はどうかね?」
「いや、今のところ特には」
「そうか。何かあったら、遠慮なく相談に来てくれたまえ」
「そりゃどーも」
そんな感じで和気あいあいと会話が繰り広げられる中、ニーナはまさかの人物の登場に驚きと緊張を隠せないでいた。
もっともこれは、ロビー全体にも言えることであった。
――何故ギルドマスターが出てくるんだ?
その疑問が受付嬢と冒険者たちの中で、完全に一致していた。
しかし当の本人はそんな異様な空気を気にも留めず、立てた親指をギルドの奥へ向けながらミナヅキに言う。
「私の部屋で少し話さないか? そちらの小さな子たちも一緒にね」
「りょーかいです。さぁ、行こうぜ」
「う、うん」
「ポヨッ」
ミナヅキに促され、リュートとスラポンは戸惑いながらも頷く。きっと仲良しなのだろうとなんとなく思うのだった。
「それじゃあニーナさん、適性検査の結果証明書は、後で取りに来ますので」
「は、はい。かしこまりました」
立ち上がりながらそう言ってくるミナヅキに、ニーナはピシッと背筋を正しながら応えた。
そしてミナヅキたちがソウイチに続く形でギルドの奥へ消えていく。そんな彼らの姿を、ロビーにいた者たちは、呆然とした表情で見送っていた。
「……なんかとんでもないことが起こるのかと思った」
冒険者の一人がそう呟いたことに対し、その場にいた全員が、確かにという言葉を脳内で一致させた。
◇ ◇ ◇
「いただきまーす」
「ポヨッ♪」
ソウイチの部屋のソファーに座り、差し出されたクッキーをモシャモシャと頬張り出すリュートとスラポン。その様子を微笑ましく思いながら、ミナヅキとソウイチも話を始める。
「キミに弟がいたとは驚いたな。母親が違うと言ってたが?」
「まぁな。聞いてたのか?」
「少しだけな」
ソウイチは淹れたてのアップルティーに口を付ける。
「キミの両親については聞いたことがあった。故にリュート君みたいな弟がいること自体に驚きはない。しかしそれとその子がここにいることには結びつかん」
ソウイチの『ここ』という言葉が何を意味しているのか、ミナヅキだからこそ一瞬で理解できてしまった。
「……やっぱ、そっちの疑問に辿り着くよな?」
「同郷者として当然だろう」
確かに、とミナヅキは苦笑しながら頷く。そしてリュートの経緯について、簡単に話していった。ソウイチもユリスの存在は知っているため、説明がしやすいのはありがたいことであった。
「なるほどな」
ソウイチは腕を組みながら、目を閉じて重々しく頷いた。
「どうしようもない親というのは、如何せんどの世界にもいるモノだな」
そう言いながらスッと目を開くソウイチは、どこか遠い場所を見ているようにも感じられた。
彼にも色々とあったのか、それともただ単にそう見えただけなのか。それをミナヅキが知る由はなく、問いただすつもりもなかった。
興味がないと言えばそれまでだが、互いに余計な詮索はしないことを決めているというのが一番大きい。それこそ一刻を争う非常事態でもない限り、互いの過去などを聞き出すつもりはないのだった。
「それにしても、魔物調教師か――また随分と納得できる適性を持ったモノだ」
リュートの膝の上でモシャモシャと口を動かしているスラポンに、ソウイチが興味深そうな視線を向ける。
「その年でここまでスライムを手懐けられたんだ。将来は魔物調教師の中でも有数の存在にまで上り詰められるかもしれん。流石はミナヅキの弟だな」
ソウイチの言葉を聞いて、ミナヅキは背中がむず痒くなる気分に駆られた。
「褒め過ぎだよ。まだ適性が分かっただけさ」
「それでもギルドマスターとして、期待せずにはいられんよ」
「まぁ、気持ちは分からんでもないけど」
そういうミナヅキも笑みを隠しきれていない。なんだかんだで、弟に可能性があることを評価されたことが嬉しいのだ。
当の本人はスラポンも含め、何を言っているのか分かっていなかったが。
「話は変わるが――もうすぐドラゴンの大移動がある」
「あぁ。春の一大イベントだな」
フィリーネも忙しいとか言ってたなと思い出しつつ、ミナヅキは頷く。
「それがどうかしたのか?」
「あぁ。キミはドラゴンの見守り役の存在を知っているか?」
「チラッと聞いたことはあるかな。確か……竜の一族だったっけ?」
「そのとおりだ」
ソウイチは頷きながらフッと小さく笑う。
「今年の見守り役の滞在に、我がフレッド王国が選ばれた。なんでも一家三人親子連れで来るらしい」
ドラゴンの見守り役――その言葉どおり、ドラゴンの大移動を見守る役割を担う者のことである。
世界の中でも特にドラゴンが多く生息している竜の国で暮らす竜の一族。その中から見守り役が何組か構成され、いくつかの国を渡るごとにバトンタッチされる形式なのだ。
そして今回、その場所の一つがフレッド王国に決まった。故に見守り役が事前に訪れて滞在することになったのである。
「へぇー。そりゃまた凄いことなんじゃないか?」
「それは確かにそうなんだが……問題はその一家が、大きなドラゴンに乗ってくるという点なんだ」
「……普通のことのように思えるけど」
むしろドラゴンの見守り役を担う者たちが、ドラゴンに乗ってこないほうが不自然のように感じる。しかしソウイチが言いたいのは、そこではなかった。
「問題は、そのドラゴンを落ち着いて滞在させるスペースについてだ」
「あ、そうか。王都だと、殆ど場所がなさそうだな」
「そういうことだ」
一応、王都の郊外には広い丘などもある。ドラゴンが滞在するだけなら問題はないかもしれないが、落ち着いてという言葉が含まれると、少しばかり微妙となってきてしまう。
王都はとても人が多い。興味本位でドラゴンを見に、たくさんの人が押し寄せてくる可能性は十分にあり得る話だ。
それだけならまだしも、ドラゴンに余計な手出しをする輩も否定できない。
王都には貴族もたくさんいる。抑えるのも限界があるため、どうしてもそれらに対する不安は拭えない。ドラゴンに余計なストレスを与えてしまい、大移動に支障をきたすことになってからでは遅いのだ。
もしそうなってしまえば、国全体の責任問題となる。
ソウイチもそれを考えており、なんとしてでもそれだけは避けたいというのが、王宮側とギルドマスターとの間で一致した意見の一つであった。
「無論、このことはあらかじめ王都全域に通達されている。先日国王様が、自ら声明発表を行われた形でな。今のところ貴族たちも相応の理解を示し、協力の姿勢を取ってはいるが、油断はできない」
「だろうな」
ミナヅキも大いに納得する。思い出すのは、やはりマーカスとその父親だ。
息子が散々好き勝手やらかしたツケが爆発したため、父親も人知れず雲隠れをしてしまった。リトルバーン家が没落したという発表を聞いた人々の声に、援護の二文字は存在していなかった。
いつかはこうなると思っていた、むしろよく放ったらかしていた――そんな感じで冷たく放り出すような声が聞こえてきている。
だからこそフレッド王国は、尚更この大移動という名のビッグイベントを失敗したくないのだ。
まさに国の威信をかけた戦い――そう捉えても良さそうだとミナヅキは思った。
「そこでだ。王都から一番近い距離にあるラステカにも、白羽の矢が立った」
「ラステカの町か。確かにあそこなら広い場所もいっぱいあるし、のんびり滞在することもできるだろうな」
少なくとも王都よりは滞在しやすいだろう――そう考えながらミナヅキは、ソウイチに視線を戻す。
「もう決定したのか?」
「いや、まだ案を出している状態に過ぎない。だがもしそう決まった際には、少し協力してもらうことになるやもしれん」
「分かったよ。今のところ遠出する予定はないから、決まったら連絡してくれ」
「助かる」
ソウイチは頷きながら、ミナヅキに感謝の笑みを向ける。ここでリュートとスラポンが、首をコテンと傾げながら視線を向けていた。
自分たちが何を話しているのか気になっていたようだ――ソウイチはそう思いながら立ち上がり、一冊の本を手に取って戻る。
そしてその本のあるページを開き、リュートとスラポンの前に提示する。
「ほら、これがドラゴンだ。もうすぐこんな感じの大きな生き物が、たくさん空を飛ぶ姿を見ることができるんだぞ?」
「ほわぁー……」
「ポヨー」
ドラゴンの絵が描かれているそのページに、リュートとスラポンは目をキラキラと輝かせる。そしてリュートは、勢いよくミナヅキのほうを見上げた。
「おにーちゃん! ぼくもドラゴンさんとお友達になれると思う?」
突然そう尋ねられたミナヅキは驚くも、すぐに柔らかな笑みを浮かべ
「あぁ。リュートなら、もしかしたらできるかもな」
「ホント? たのしみっ!」
リュートは満面の笑みを浮かべる。ミナヅキからすれば、あくまで軽い気持ちで答えたに過ぎなかった。
可能性は限りなくゼロに等しいだろうが、全くのゼロというワケでもない。ならば否定の言葉を出すよりは、夢を持たせるのも悪くないだろう。そんな感じで小さな弟を想ったが故の反応であった。
数日後、本当にそのときが来ることを、全く知る由もないまま――
お読みいただきありがとうございます。
誤字・脱字につきましては、ページ一番下にある『誤字報告』にお願いします。




