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君に届け、錦松雪姫のスウィートイグニッション - 9

一難去ってまた一難。

雇われ臨時素人音響監督である椋丞と、どうしても夢を叶えたい少女雪姫の苦難は続く。


ままならない収録、言うこと聞いてくれない演者たち。

果たしてこのまま、雪姫の夢は潰えてしまうのか?

椋丞は彼女のために何をすることも出来ないのか?


行けよ椋丞、今がその時だ!


 テストが終わるや否や、代理監督(僕)は録音ブースへと乗り込み、

「これじゃダメです」

 あからさまな反旗を翻した。

「はぁ?」

 って顔してる。

 役者陣の皆さん、口には出さずとも【なに言ってんだ?】の異論反論オブジェクション。

 素人の僕は、完全に侮られている。

 具体的な侮蔑の言葉が飛んでこないのが不思議なくらいの、酷く毛羽立った空気感。

「!!!!」

 宮居さんを始めとする製作委員会の面々は、藪蛇やぶへびを嫌って遠巻きに眺めてる。

 一触即発の険悪に対して、完全に及び腰。

「で? 『音響監督様』は何がお望み?」

 大人の判断で自重してあげているのよ、と言わんばかりの態度で武田香弥菜さんが問うてくる。

 【慇懃無礼いんぎんぶれい】を擬人化して超一流声優がアテレコしてる趣だ。

「皆さんに、お願いがあるんです」

 そんな挑発的な彼女へ、ここぞとばかりに提案する。

 お飾り音響監督(僕)の、【たった一つの冴えたやり方】を。



「そんなことでいいの?」

 ごくごく単純な僕の説明に、戸惑いの武田香弥菜さん。

 勘違い素人から御大層な講釈でも聞かされるのか? と身構えていた役者陣も拍子抜け。

「……本当に?」

「ええ。それだけで」

 僕が出来るのはここまで。首尾よく【種】は撒けた。

(あとは……)



「修理屋さん、【あれ】、私は着けなくてもいいんですか?」

 先輩たちの目が届かないところで、錦松さんが僕に尋ねてきた。

「錦松さんは要らない」

 やっぱり、私みたいな新人ぺーぺーは蚊帳の外か?

 半人前は勘定に入らないのか?

 至らない自分に唇を噛みしめる錦松雪姫(新人声優)ちゃん。

「いやいや違うんだよ。そういう意味じゃないんだ錦松さん」

「え?」

 決して僕は君を侮ってなどいないよ。頭ごなしに、青二才などと軽んじたりしない。

「錦松さんには――錦松さんにしか出来ない、大切な役目があるんだ」

「……大切な役目?」

 こほん。

 わざとらしい咳払いでワンクッション。

 大事なことなので、間を置きました。演技は間が大事。素人(僕)だって知っている。

「錦松さん!」

 思い切って彼女の手を握り、

「もっと頑張れ、錦松雪姫!」

 真っ直ぐ瞳を見据えて、激励した。

「錦松さんの演技で火を着けろ!」

「えっ?」

「見返してやれ! ほどほどで流せばいいと思ってる先輩たちに、喝を入れるんだ!」

「修理屋さん……」

「焚きつけるんだ! 錦松雪姫のスウィートイグニッションだ!」

 僕だって分かってる。こんなのは戯言だと。プロの訓練を受けた役者にとっては素人の世迷い言に過ぎないと。

 ――だ、けれども!

「ヒロインは錦松ちゃん(君)だ! 君こそヒロインだ!」

 僕の『逆転策シナリオ』を担ってくれる主役ヒロインは、君以外には有り得ないんだ!

「君の熱量で点火させるんだ。抜け殻の魂へスウィートイグニッション、果たして来い!」

 全幅の信頼を込めて未来の大スターを鼓舞すると、

「はい!」

 輝く瞳で彼女(錦松ちゃん)は応えてくれた。

「――――分かりました監督!」

(やれるさ!)

 君(錦松さん)なら成し遂げられる! 必ずだ!  [ strings polygrapher ] が保証する!

 僕の音叉を震わせる君ならば!


「本番参ります!」

 紆余曲折ありつつも、収録は開始されたが……依然として、録音ブースは不協和音。

 テスト同様、各々勝手な解釈で台詞を喋り合うので、統一感の失われたぎこちない世界が紡がれていく。こんな不揃いを誰が楽しめるのか?

 案の定、僕の音叉は沈黙を続け……共鳴の高鳴る気配もない。


「何だったんです? さっきのは?」

 君子危うきに近寄らず、触らぬ神に祟りなしで傍観を決め込んでいた製作委員会組が囁き合う。

「さぁ?」

 呑気なもんだよ全く。

 責任から逃げることだけは超一流。企業内で如才なく出世するのは、こういうタイプなのか?

(でもそんなんじゃ……)

 天国への入場ゲートで苦労することになるよ?

 口八丁手八丁じゃ閻魔様は騙せない。

 『徳』パラメータがショボショボでは、有無を言わさず下層煉獄へダストシュートだ。


 いや、

 背中で囀っている「部外者」など今はどうでもいい。

 問題はこっち(録音ブースの役者たち)だ。


 ――ずっと続くかに思えた、冷え冷えの録音空間。

「…………」

 そこへ少しづつ、【異変】がにじり寄る。


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