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君に届け、錦松雪姫のスウィートイグニッション - 7


職業じゃないから職業病とは言えないけれど、

やっぱりあるよね、人には「業」が。

避けようと思っても避けられない、ピンポイント。

誰にだって、ある。


我らが高橋椋丞くん、紐に弱い。

振動に敏感。

仕方ない。

音叉の魔術師なら、それはそれで。


つまり声優さんは天敵なのです。彼にとって。

決して逆らえない、上位存在。

そして、その「響き」に恋い焦がれてしまう「紐の巫女」でもあるワケで……


そんな「アブナイ子」に拉致されてしまった高橋椋丞、彼の運命や、如何に?


 行動不能の中、マイクケーブルで簀巻きにされた僕は…………元の調整室ではなく、別の控え室へと搬送された。

(何? 何をされるの? こんな状態で僕?)

 部屋には自由を奪われた僕と、錦松雪姫(新人声優)ちゃんの二人だけ。

(なんだ? 何をする気だ? 何をされてしまうんだ?)

 彼女は意図して僕を【隔離】した。

 人目につかない場所で、大っぴらには出来ないことをやろうとしてるに違いない。

 じゃなきゃ、こんなシチュエーションをしつらえたりしないさ。

「…………」

 野獣の眼光で僕をにらんでくる新人声優、錦松雪姫。

(何?)

 拷問?

 いやいやまさか!

 非力な女子でも他者を屈服させられる手段…………写真????

 彼女の手には「キラーアイテム(凶器)」と成り得るスマホが光る。

(そういうこと????)

 僕を隔離部屋へ連れ込んだのは……

 無理にでも弱みを握るため?

 逆らえないようにするため?

 自分のいいなりにするため?

 高橋椋丞(僕)、大ピンチ!

 会ったばかりの新人声優(♀)の一存で、社会から抹殺されかねない立場へ?


 ――かと思いきや、

「お願いします!」

 新人声優は全力で頭を下げた。

「は????」

 彼女(錦松雪姫ちゃん)は額を床に擦り付けて、渾身こんしんの土下座を!?

「修理屋さんが監督を引き受けてくれるなら…………」

 くれたなら?

「私、どんなことでもしますから!」

 いやいや待て待て。

 年端も行かぬ娘さんが、そこまで言うか?

「お願いします!」

 今日会ったばかりの見ず知らずの男に対して、そこまで……

「…………」

 普通は考えられない。

 何かの冗談かと疑うのが自然だと思う。そんな全身全霊込めた「一生のお願い」など。

(ドッキリ? ねぇこれドッキリ?)

 ニヤケ顔の僕が「イエース」って応えたら、人気声優たちがが雪崩込んでくる段取りとか?

 自由が効かない首を必死に回して、隠しカメラを探していたら、

「なっ!」

 何を思ったか錦松さん、服を脱ぎだした!

 童貞殺しのフェミニンなワンピースを一気に、キャストオフ!

 アウターと揃えた、お姫様風味の白いインナーを惜しげもなく披露してますけど????

「えいっ!」

 そして自撮りした下着姿を僕のスマホへ転送する始末!

(気でも触れたか!?)

 あまりの唐突展開に絶句した僕へ、

「嘘をついたら、それネットで公開しても構いません!」

「!!!!」

 無名の新人声優でも、一応は芸能人。

 なのに、自分のタレント生命すら揺るがせかねない「人質」まで差し出して。

「――お願いします!」

 会ったばかりの他人へ懇願する。

 これは【 暴挙 】だ。

 理性的な判断では採りかねる、一線を越えた行為。

(なんのつもり????)

「お願い――――――――――――します」

 涙。

 絞り出すような懇願と涙。

 そこまでして願うことって――――?

 「何か悪い物にでも憑かれているのか?」ってくらいトラブル続きの収録を、成功裏に導こうとしている?

 どうして?

 だってこの子は誰が見たって現場で一番若い、ぺーぺーの新人ちゃんだよ?

 それなりの責任を負わせられている宮居さんみたいな立場じゃない。

 平身低頭して根回しに奮闘する義務などないはずだ。

 ……なのにどうして?

「これが…………最初で最後のチャンスかもしれないの……」

 滴で床を濡らしながら、彼女は絞り出した。

「だからどうしても……」

 今どきの声優志望者は掃いて棄てても次々湧いてくると聞いたことがある。

 極々限られた業界の席を苛烈に奪い合う椅子取りゲームだと。

 ある意味、東大に入るより難しい狭き門だと。

 そのくらいの倍率なら、実力があっても弾かれる可能性がある。

 つまりは運。

 作品の収録参加までこぎつけた彼女は、相当のラッキーガールと言えなくもない。

「夢を…………諦めたくない、せっかくここまで辿り着いたのに諦めたくない!」

 これは女神の前髪――錦松雪姫(海の物とも山の物ともつかぬ新人声優)にとっての。

 一度逃せば二度とは掴めない、か細い蜘蛛の糸なんだろう。

「――――修理屋さん!」

 唯一無二かもしれない人生の分岐点。

 生き馬の目を抜く業界で生き残りたい、生き残りたいと瞳が叫んでる。

「私、どんなことでもしますから!」

 巡ってきた好機は奇跡の確率。ガチャで☆5を引き当てるよりも遥かに難しい。

 そんな世界で生きると決めた子の――――覚悟。

 事を成すためならあらゆる犠牲も厭わない、という背水の誓いだ。

 まさか、

 まさかそんな姿を見せつけられるなんて……

 それも女子だよ、僕と同じ年頃の女の子から……

「お願いします! 本当に、どんなことでもしますから!」

 ああ、もう、台無しだ。

 そんな泣き方じゃ声帯が枯れる。喉に悪い。

 もっと自分を大事にしなきゃ。錦松さん(君)は選ばれし巫女なのだから。

 蝶よ花よと篤く愛でられて然るべき『紐の巫女』だというのに。

「…………分かった」

 音叉の使い手 [ strings polygrapher ] ならば、答えは決まってる。

 こんな優良紐を埋もれさせるとか人類の損失に他ならない。

 紐に従え。

 世界は「紐」で出来ている。

「――請けるよ!」

 君の晴れ舞台は僕が、この高橋椋丞(僕)エスコートしましょう!



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