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君に届け、錦松雪姫のスウィートイグニッション - 6


たいへんだ、たいへんだ。

機材がブッ壊れて録れなくなった現場に、更なる問題が!

来れるはずだった音響監督が、やんごとなき理由で来れなくなってしまった!

さぁ、どうする?

どうしたらいい?

この苦境を脱するには!


いやいや。

そんなこと言われても、僕(高橋椋丞)は単なる修理屋なので。

「たいへんですね」と棒読み台詞で退散さ!


挿絵(By みてみん)

ooh he's a little runaway!

逃げろ逃げろ、捕まるわけにはいかないぞ。



「どうすんだよ……」

 調整室では緊急事態(青天の霹靂)に頭を抱える関係者たち。

 機器の動作確認も済み、さぁ録りましょう、という段階でのハプニング。

 最悪のタイミングだと部外者でも分かる。

 そう。僕は部外者。

 二進にっち三進さっちもいかなくなった修羅場に付き合う義理はないのである。

「すいません、お手数ですが、確認のサイン頂けますか?」

 難しい顔で腕組みする宮居さんの手を解いて、介添しながら落書きレベルのサインをスラスラ。

「確かに!」

 危うく初対面の新人声優に溺れてしまうところだったが、

(忘れるな僕!)

 なんたって今宵は【 特別な夜 】。高橋椋丞(自分)の本懐を忘れるな。

(全力で――退勤せよ!)

 それが僕の採りうる最善にして唯一の選択。

 一日千秋で待ち続けた機会を、棒に振ることなど出来ない!

「じゃ、僕はこれで……」

 お取り込み中、申し訳ございませんが、部外者Aは御暇おいとまさせて頂きま……


「ディレクターが捕まった!?!?」

 バァァーンッ!

「それ本当なの宮居さん!?!?


 今まさに、開けようとした防音扉が、僕を後方へ跳ね飛ばす!

 それはもう、コントみたいな絶妙タイミングで。

「ひぃぃぃぃぃ!」

 そして間髪入れず、僕を踏んづけていく八本の脚!

 八本と言っても、謎のフォーリナーの触手でも北斎の巨大蛸タコでもなく。

 二本×四人分の足が一気に蹂躙してったのだから堪らない。

「宮居さんが「どうしても」って言うから!」

 その蹂躙女子四天王、激しく宮居さんへと詰め寄る。踏んづけていった僕など目もくれずに。

「どうにかこうにかスケジュールを開けて来たんですよ? 私たち!」

 感情一辺倒な無理筋の詰問だ。

 機材が故障したのも、音響監督が捕まったのも、宮居さんのせいじゃない。不可抗力だし。

「本当すいません! 何とお詫びすればいいか……」

 それでも宮居さんは頭を下げる。ああ、中間管理職はツラいよ。責任だけ過重な現場責任者は。

 やっぱりこの世は理不尽で溢れてる。

 ――帰らねば。

 こんな現実(穢れた世界)に囚われているべきじゃない。

「録音機材の故障は直ったんでしょ?」

「別の人を呼べないの? 宮居さんのコネで、誰かディレクター出来そうな人?」

「今から来てくれる人なんて……」

 いるわけがないよ。もう何時だと思ってるんだ? もはや芸能関係でも非常識な時間帯じゃ?

「それじゃ今日は収録が出来ないってこと?」

「機材の操作が出来る人がいないんじゃ……」

 万策尽きた。現実問題として、無理なものは無理。

「「「「…………」」」」

 雁首揃えた関係者全員が、不本意な撤収バラシを覚悟した時……

「います!」

 輪の端っこで、いかにも発言権の無さそうな新人声優が、

「いました!」

 思い出さなくてもいいことを思い出しちゃっていた。



「こんなとこで足止めされてたまるか!」

 降って湧いたトラブルの尻拭いまで背負わされるとか、堪ったもんじゃない!

(帰る!)

 帰って僕は【 運命の夜 】を迎えなくてはならないんだ!

 何者にも邪魔されてはいけない夜なのだ!

 今日を逃せば次はいつになるのか見当もつかない、貴重な貴重な機会なんだぞ!

「修理屋さーん! 待って! 待ちなさいコラぁ!」

 録音スタジオの廊下、鬼の形相で追ってくる新人声優(錦松ちゃん)。

 昭和真っ只中のご時世なら、小学生の間で都市伝説が囁かれそうな迫力で!

「嫌でござる! 働きたくないでござる!」

 修理屋として請けた仕事はキッチリと済ませたんだ! もはや拘束される謂れはない!

「待たないと殺す! ――どうにかして息の根を止める!」

 なんて物騒で諦めの悪い新人声優アサシンだ!

(こうなったら!)

「そりゃあああああ」

 腹を決めて二階の窓から身を投げる!

「悪く思わないでね!」

 ここで彼女の追走もジ・エンド。

 そして「チッ、逃したか……」と正義の味方は舌打ちする。それが映像作品のお約束さ。

 さらば新人声優ちゃん。君の演技はオンエアで拝聴させて貰うよ。


「乗ります!」

 丁度スタジオ前で止まったタクシーへ、大声で意思表示。

(早く降りて、何なら料金は僕が払ってもいいから早く降りて!)

 引っ張り出す勢いで、後部座席の客に促したら……

「うぉ!」

 普通じゃない!

 だって、そのタクシーに乗っていた客は……コスプレ姿の女性だったから!

 ビビッドな色調で彩られた破廉恥バトルスーツは「(不敬な意味でも、性的に卓越してるという意味でも)けしからん!」と世界中から賛否の声が届く、女体化偉人だった!

 それも衣装を纏ってるのは誰あろう、『中の人』! ――――小松咲うきよ! 本人!

「小松咲さん!」

 二階の窓から身を乗り出した錦松さん、小松咲さん(先輩)へ叫ぶ。

「捕まえて下さい、その人を!」

「男の子を捕まえるなんて無理よ?」

 そりゃそうだ。

 屈強な戦士を圧倒する腕力などゲームの話。たかが衣装では身体能力が上昇したりしない。

 しかし――錦松雪姫(新人声優ちゃん)は僕を見切ってた。

「その人ヲタクです!」

 そう。

 職業柄、彼女らは知っている。ヲタク(顧客)の急所を知り尽くしている。

「『天命を以て、あなたに命じます!』」

(うわぁ本物だぁ……)

 本物のゴータマシッダルタ(※女体化)が、ゲームと同じ声で僕を縛ってくる。

 公衆の面前で臆面もなく。そもそもが人前で演じることを生業とする方々なので。

 数千人の前でアイドル衣装を着ちゃってるような方々なので。

「『拘束スキル――――魅了EX!』」

 声だけでなくスキルモーションまでサービスされては僕に為す術なし。なにせ『本物』だもの。

「ぐはぁ!」

 斯くしてヲタクは自由を失った。

 アホ面を晒して魂が抜けた。

 声優(次元超越の巫女)の二次元再現力を間近で浴びれば、僕はスーパーマンと化す。

 そう、クリプトナイトを突きつけられたスーパーマンに。


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