錦松雪姫の 脱! やまとなでしこ宣言! - 12
「やったか?」は、お約束の自滅フレーズ。
勝ちたいのなら、使ってはいけません。
でも、人間、「やってやったわ!」と勝利を確信すれば、ついつい使ってみたくなるのが人情でして。
果たして骨肉のオーディション、行方はどうなる?
――――が。
しかし。
モンスターはモンスターだった。
錦松さんが最高の感触を残して舞台上からハケた後…………
「「「「おおおおおおおお!」」」」
ママのターンは、どよめきで幕を開けた。
派手な入場テーマが鳴っているのに、一向に伊勢原雛子は現れない。
代わりに、照明が落とされたステージに青く……立体ホログラムが投影されたのだ!
「あれは!」
モーションキャプチャーと連動した3Dモデルのナスビちゃん!
錦松さんはピチピチの若さ溢れるコスプレ姿を全面に出し、背後に投影されたムービーに声を当てる方法でオーディションに臨んだ。それが公開オーディションのあるべき姿だと僕らは思った。
だけど、伊勢原雛子は……僕らの固定観念を嘲笑うプレゼンテーションを用意していた!
「やられた!」
この方法ならば、若さを直接比較されるハンデは消える!
それどころか、これを使えば!
「永遠に十代の自分でいられるし!」
「二次元と三次元の壁すら取っ払ってしまえる!」
レッツゴーヤング作戦の強みを消され、負けを悟る由綺佳&春宵。
「モンスター、どころじゃない……」
「永遠のバ美肉おばさん……」
袖から臍を噛む。
オーディションの該当キャラであるナスビちゃんに限らず、
かつて自分が演じてきた人気キャラの数々、
そして、かつての若い頃の自分の姿まで、
「どんだけサービス精神旺盛なんですか?」
と叫んでしまいそうになるほど、伊勢原雛子が用意した『ガワ』はバラエティに溢れていて、
【美化された思い出との戦い】なんて僕らの思い上がりでしかなかった。
ヲタクならば、誰の記憶の中にも残るヒロインの痕跡、
それは長い年月を掛けて醸成された、幾つもの記憶の欠片、
拾い集めることも敵わぬ星の砂、天空の煌めき、
膨大に蓄積されてきたコンテンツの宝石箱だ。
(こんなの!)
多勢に無勢にも程がある!
声優・伊勢原雛子の溜め込んだ【宝物庫】が御開帳されれば、
客も審査員も関係者も一緒くたに押し流される。
インテレクチュアルプロパティの奔流に呑まれ、カオスの渦で溺れてしまう。
その様、
聴衆が我を失うほどの恍惚に身を委ねる様、
それを菩薩の視線で眺める伊勢原雛子は――
「巫女だ……」
これが本物の『巫女』なのか?
想いを増幅し、心を揺らす――――音の操り手。
これが巫女の本気?
古より「天の意思」というフィクションを身に宿し、
あたかもそれが具現化したかの如き「演技」で人を衆わす、巫女の有り様。
それを現代に翻案するなら――『声優』となる。
「完敗です……」
魔術師の家系の者として「完成された巫女」には、どうあっても太刀打ちできない。
ただただ神々しいもの、として崇め奉るしか。
魔術師とは異なるヲタクの目にも、それは「特別なもの」として映ってるらしく、
「キュリオシティ!」
「ゴルディロックスたん!」
「キャリントンフレア!」
百人百様の【嫁】の名がステージへ降り注いでいた。
それは祝祭。
思いがけず訪れた――大切な記憶の饗宴。
僕とは違う意味で客たちは大御所のサービス精神に踊らされていた。
イベントホールはダンステリア。
老いも若きも、天性のパフォーマーによるエンターテイメントステージに酔いしれる。
コンペのステージは「伊勢原雛子 ファンフェスタ」の様相を呈し、
審査員も関係者も立場を忘れ、彼女の世界を堪能する。
もはやこれは審査などではない。
彼女(伊勢原雛子)の世界、そのものだ。
「雪ちゃん、よく見ておいて。『伊勢原雛子』の真骨頂を」
舞台袖の薄暗がりの中、由綺佳さんは錦松さんの肩を抱きながら諭した。
「バ美肉状態とは、最もシンプルな声優の在り方よ」
「バ美肉状態でこそ、頭の回転や話術のセンスが問われるの」
「咄嗟のアドリブや客イジり、そしてトーク……」
「さすがは百戦錬磨の伊勢原雛子、踏んできた場数は伊達じゃない」
じっと錦松さんは眺めていた。
母ではなく、一人の偉大な先輩として、その姿を決して見逃すまいと。
もはや勝敗を語る次元ではないよ。
巫女としての有り様、それを身を以て次世代へ継承する儀式だ、これは。
だからこそ伊勢原さんは、惜しげもなく自分が培ってきたものを披露しているんだ。
錦松さんは負ける。
でも意味はある。
そう確信する。
音叉の魔術師として後悔はない。
(だよね?)
暗がりの中、握りしめた指先で彼女を覗えば。
(はい)
振り返った彼女は僕に穏やかな笑みを向けてくれた。
(良かった……)
これで錦松さんのトラウマが祓えるのか、分からないけど……
彼女は確実に、声優という世界の真髄へと、また一歩踏み出せたのだ。
ステージを見つめ、キラキラと光る瞳を僕は信じたい。
そろそろ目安の時間も終わりそうな頃、
『まだまだいくわよー!』
サプライズが大好きな伊勢原雛子は、最後にとっておきの爆弾を用意していた。
『ウェディングチェンジ! お色直し!』
時を越えてヲタクたちを魅了してきた「清楚の極みワンピース」を脱ぎ捨て――――
「はっ!?!?」
若い頃の自分を投影したキャラクターの、衣装を更にチェンジ!
現れたのは――――水着姿!
結婚引退を機に出版した、ラスト写真集に収録されていた水着姿を、わざわざモデリングして披露しちゃってるし!
しかもそれ、二昔前くらいに流行った、すんごいハイレグの!
今ではセクシー系グラドルくらいしか身に着けないような、すんごいのを!
「「「「おおおおおおお……」」」」
会場も反応に困る。
見てはいけないものを見てるような、それはそれとしてタマラン的な……インモラルな光景。
「いっ、いやぁァァァァァァァ!」
もう自分の全裸を見られるよりも恥ずかしい! の勢いで袖から飛び出してった錦松さん!
「もうやめて、ママ! これ以上!」
そんな目でママを見るのは止めて!
とでも言わんばかりに、会場の目線から全力でホログラフを隠しにかかる錦松さん。
うん、仕方ない。
娘として直視できない気持ちには酌量の余地がある。




