表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/53

君に届け、錦松雪姫のスウィートイグニッション - 5

そんなこんなで、飛び込みの至急案件に関わったと思ったら、

なんとアフレコスタジオの仕事だった件。


いや、ダメだ!

そこはダメだ!

だって君(高橋椋丞)は、そういう体質の……


挿絵(By みてみん)

ようやく登場、ヒロイン(候補?)雪姫ちゃん。

もっとフリフリの童貞殺しユニフォームでも良かった?


 世界は紐で出来ている――振動する紐が根源だ。

 極小ミクロから宇宙まで、世界は紐が形作る。紐こそ世界の発信者である。

 人(僕ら)のスケールなら、最も優れた紐は声優だ。

 優れた紐は次元を越え、異なる世界と世界とを接着する。

 声優とは(彼女)は浄土(二次元)と穢土(三次元)とを繋ぐ巫女だ。

 生けるカラビ・ヤウ多様体なのだ。それはそれは尊き存在モノ

 いやしくも [ strings polygrapher ] たる者、美しき紐は拝み奉らなくてはいけない。

「修理完了しました!」

「早っ!」



「ではテストお願いします……ええと?」

 調整室の制御卓から、マイクで金魚鉢(録音ブース)の彼女へ呼びかけると、

『ユアーズエンターテイメントの錦松雪姫です! よろしくお願いしま…………あっ!』

 つい、いつもの癖で…………と赤面する錦松さん。

(う、初々しい!!!!)

 オーディション冒頭で何度も繰り返したであろう律儀なお辞儀と、溌剌とした自己紹介。

(これだ! これが新人声優ちゃんの醍醐味だよ!)

 極上の生物ナマモノ感に身震いしてしまいそうだ。

 本物のピチピチフレッシュボイスアクトレスちゃん――――なんという瑞々しさ!

 シズル感が半端じゃないっ!

『…………何がおかしいんですか?』

 睨まれた。

 鏡の向こうから刺すような視線を返された。

「い、いやその! 新人さんらしくていい……なぁ…………と……」

 そして彼女(新人声優)は言うのです。マイクへ向かって。重く確信に満ちた声で。

『もしかして……あなたヲタク?』

「いえいえ決してそんなミーハー役得マンではありません! プロの修理屋です!」

 とか繕っても後の祭り。

「僕は普通の修理屋で……そんな浮ついたマニアみたいなものではなく……」

 極上紐の目は誤魔化せない。

『…………』

 疑惑のジト目で睨まれる……「こいつは嘘を言ってる」と見抜かれてる。

(だからといって!)

 「僕は声優ヲタクではなくて、音叉の使い手です」とか説明したところで釈明になってない。

 中二系二つ名を人前でも堂々と名乗る、更に気持ち悪いヲタと認識されてしまう。

『…………』

 自滅だ。自爆だ。白旗だ。

 そもそも、どうしたって [ strings polygrapher ] (僕)は巫女様には逆らえない。

 ヲタク諸氏にとっての声優さんと――音叉の使い手にとっての極上紐存在。

 傍から見れば、分かんない。どこが違うのか、なんて。

 2.5次元アイドルへ向ける眼差しと、精緻な紐の響きに溺れる音叉の技師、

 どちらも等しくキモい。と思う。無関係の傍観者から見れば。

 高度に発達したキモヲタムーヴと音叉エンジニアは区別がつかない。

「…………もうヲタクで構わないんで、動作確認を、続けさせて下さい……」



 キモヲタ野郎の汚名を浴びて、初対面の女の子から精神的マウンティングを受けた僕。

 粛々と確認作業を行って、プロ(修理屋)として汚名挽回を果たそうと思ったのに、

「あ、あ"あ"あ"あ"……」

「どうかしました、修理屋さん?」

 先程の依頼者――宮居さんと名乗る彼女から訝しげに覗き込まれるほど、僕は挙動不審。

 人としてヤバい醜態を晒していた。

「お構いなく!」

 下腹部の違和感で悶絶してるように見えますが……暴れる音叉を抑えてるだけです。僕の愛馬(音叉)、ちょっと凶暴なので…………敏感と言った方が正確か?

 ぎこちない愛想笑い程度じゃ誤魔化せない。

(だ、だめだこりゃ!)

 汚名を挽回するどころか気持ち悪さに拍車がかかってる!

 調整室で動作確認作業を見守る関係者たちも、一様に「えええええ……」って顔で僕を視る。

 見てはいけないモノを視る目でジリジリ後退っている。

(それもこれも!)

 あの子のせいだ!

 録音テストでマイク前に立つ彼女。

 僕の処女的衝撃ヴァージンショックは、気の所為なんかじゃなかった。

 何気なく発したワンフレーズで、僕の急所(琴線)を撃ち抜いた声は――天性の煌めき。

 さっきから僕の音叉は震えっぱなし、腿で挟んでいないと弾け飛んでしまいそうだ。

『止めて下さい! け、警察呼びますよ?』

 厳重に防音処理の施された、ブースと調整室とを隔てるガラス。

 それすら震わせるのか? ――と錯覚しそうになる演技圧。

 素人目に見ても、新人離れした迫力を感じる。堂々たる振る舞い。

(アツい!)

 加えて周波数曲線にも品がある。

 録音モニターに作図されるオシレーションカーブ、それはもう「黄金律」と呼んでも差し支えないほどの優美な曲線で。

(ヤバい!)

 絶妙なゆらぎを含むビブラートも一級品。いつまでも余韻が耳に残る、深い味わいの音色。

(間違いない!)

 彼女――錦松雪姫は逸材だ。

 極めて質のいい発声機であり、最優の振動源。

 次元を癒着する巫女として相応しい「極上紐」だ。

(これ……これは気持てぃいいぃぃ……)

 彼女は選ばれし存在だと、僕の『音叉』も応えている。

 そう。人間も一種の音叉なのだ。

 本質は手にした金属ではなく、内にある。

 波長が合ってしまえば、肉体も共鳴の虜となる。

 音叉はツール、共鳴を自覚的に再確認するツールに過ぎない。極端に言えば。

(溶ける……溶けてしまううううう……うほあぁぁぁ……)

 錦松雪姫(新人声優ちゃん)が発する波で、僕の細胞壁は溶解待ったなし。

(あああああああ…………溶けるぅぅ、溶け落ちちゃうぅぅぅぅ~!)

 僕はちびくろサンボの虎。生きながらにして、油脂へ相転移するミラクルタイガーだ。

 疾走に疾走を重ね、果てに熱で溶ける。

 そしてヒトの形を失うまで。

 彼女の声(極上紐の響き)で。


 が、

 僕はバターに成り損ねた。

 ――熱狂のハムスターホイールは突然の頓挫を迎えたのだ。

「セクハラで捕まった? 高田川さんが?」

 宮居さん(現場責任者)の倒置形疑問文に拠って。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ