錦松雪姫の 脱! やまとなでしこ宣言! - 7
結局、巫女と巫女の母による『骨肉の争い』に対して、当事者の雪姫はやる気マンマン。
この際、自分が声優を志した、そのアイデンティティを貫き通す!
ママを倒して、私は私を再生産する!
と覚悟を決めていた。
その意気を感じた先輩声優二人組(由綺佳&春宵)は、手助けしましょ! と申し出るも……
肝心の椋丞は、態度を決めかねた。
―――― 最初から負けると分かっている戦いを、後押しするのは正解なのか?
悩む椋丞。
果たして彼は、どんな答えを出すのか?
ココが見せ場だ、がんばれ男の子!
一夜明け、僕は一人で学校へ。
「おるすばん」を自宅に残して通常通りに登校した。
製作委員会から(半ば無理矢理)充てがわれた部屋は広い。
やろうと思えばシェアハウスを営めるくらい、余分な部屋が備わってる。
なので、一人や二人や三人程度の女子を留め置くのも、お安い御用なのだが……
『風紀紊乱は見過ごせない!』
『青い性の暴走には、監視が必要!』
などと一方的な主張を繰り広げて、居座るつもりの由綺佳&春宵。
【伊勢原雛子に克つための声優レッスン】とか、どこだって出来るでしょ?
レッスンならレッスンらしく、どっかの練習スタジオでも借りてやればいいのに……
わざわざ僕の部屋に泊まり込まなくても……
隙あらば既成事実を狙う押しの強さ。
たぶん、芸能界で成功するのはああいう厚かましいタイプじゃないか?
判断するべき所では、己の直感を信じてゴリゴリと意思を表明していく。
それも一つの才能だよ。
翻って、
凡人の僕は……未だ答えが出ない。
負け戦に挑め! と背中を押すのは正しいことなのか?
負けると分かってて、努力することに価値はあるのか?
(うぅぅ~ん……)
音叉の魔術師にとって、紐の巫女は絶対。何を於いても尊重するべき存在。
巫女の顔に泥を塗るような、迂闊な行為は採りかねる。
僕はどうしたらいいんだろう?
授業中、ずっと考え続けても答えは出なかった。
窓際の音叉も鎮まり返ったまま、ありがたい御宣託など語ってくれる気配もなかった。
「ただいま――」
扉を開けた瞬間に漂ってくる『異質』な匂い!
(なんだこれ!?)
極度の甘酸っぱさと、ほんのり混じっている生臭さ。
(これは!)
女子更衣室だ。女の子の内側から出てくるフェロモン臭の充満だ!
その濃度たるや、まるで桃色の霧に満たされたかと錯覚するほどの!
「なにをやって…………む!」
リビングの家具は脇に除けられ、三人が一心不乱のストレッチに励んでいた。
それはもう鬼気迫る勢いの、激しい奴を。
人が見てないのをいいことに、脱げる分だけ脱ぎ捨てた、あられもない格好で。
「雪ちゃん! 今のあなたがママに勝てるのは若さだけ!」
「はい、由綺佳さん!」
「体幹! 筋肉! 発声器としての器を意識して!」
「はい、春宵さん!」
「もっとハリのある声で! 音圧で差をつける! マイクに乗せても違いが分かるほどに!」
(――出来上がってる!)
音叉にビリビリ伝わってくる声は、ただ音量がデカいだけの粗暴な声じゃない!
腹の底から湧き上がってくる、芯の強い音!
横隔膜が鞭打つような音圧がビリビリと鼓膜まで届く!
これは……相当本気で体作りをしてる!
音叉の震えで如実に分かる。
これが本気の「発声器」の体作りか!
(しかしだ!)
「あ、おかえりー椋丞くん」
―――――これは何とかしないと!
小一時間の後……
「ただいまー」
「どうしたの椋丞くん? さっき帰ってきたと思ったら、また出かけちゃって?」
「ちょっと買い物を」
「それ?」
春宵さんに指された僕の手荷物は――急遽、量販店で購入してきた空気清浄機。
「こんなに埃が舞ってる中じゃ、食事も出来ませんよ!」
……というのは口実で、
店員に、
『消臭性能が一番高い奴をくれ!』
とオーダーして買ってきた逸品なのだ。
埃取りに託つけて、急速消臭する算段よ!
(自分の匂いは自分では気づかない、かもしれないけど!)
こんな激しい運動を続けられたらたまったもんじゃない!
僕の部屋にガチで体育会系女子部室の匂いが染みついてしまう!
そんな匂いが噎せ返る中で生活を強いられたら、強制的に脳の発情回路がスイッチオンさせられてしまうわ!
あからさまなラッコ鍋展開とか、既成事実勢(由綺佳&春宵)の思う壺だ!
泊めてもらう代わりに食事当番は全部私がやる、という申し出を真に受けてみたら……
なんでしょうコレは? 由綺佳シェフ????
「あの……ご飯は?」
鳥のササミ、黄身抜きの卵、豆腐。豆腐の味噌汁。豆腐サラダ。ピッチャー満タンのプロテイン。
「ご飯など――ない!」
「ちょっと意味が分からないんですが……」
「合宿中は炭水化物禁止よ」
「ナンスカその非人道的食生活……」
強化メニューと覚悟を決めたはずの錦松さんも、涙目で箸を進めてますが?
音叉神社の精進料理よりも味がしない食事が済むと、
「何が始まるんです?」
鏡の前に並んだ小瓶の数々……いったい何種類あるんだろ?
「スキンケアよ」
「肌ツヤも誤魔化せないポイントだからね」
「若さをアピールするには、つるつるピカピカの肌ツヤ! これ!」
タオルで髪を巻き上げた三人、ペタペタと液を肌に塗りつけていく。
「スキンケアも、メイクも、ストレッチも、食生活も……あれもこれも全て! 若さで伊勢原雛子を圧倒するためのオペレーションよ!」
「圧倒的な若さを武器に、そのシズル感で審査員のハートを掴みに行く!」
「イェア!」
「「名付けて――由綺佳と春宵のレッツゴーヤング大作戦!」」
なんというか声優さんの年齢感が掴めない理由がなんとなく読めてきました。
「そして仕上げは椋丞くんの出番よ!」
夜景の見える窓に正対する錦松さんと、その真後ろに立たされた僕。
ストレッチの続き? 組体操でもやるんですか?
「さ、椋丞くん! 雪ちゃんを抱きなさい!」
「は?」




