錦松雪姫の 脱! やまとなでしこ宣言! - 6
決意の家出で縋ってきた女の子に、「お前の母ちゃん、モンスター!」とか言ってもいいんですか?
ねぇ、由綺佳さん? 春宵さん?
可愛い後輩に、そんな辛辣な評価を…………
え?
そういう意味じゃない?
じゃあ、どんな意味だってんですか? 【伊勢原雛子はモンスター】って。
慌てなさんな?
じゃあ、説明してもらいましょう、貴女と貴女が思う真意を。
「モンスター?」
「いくら凡人が束になっても敵わないバケモノなの」
「ドラクエで言うなら魔王」
「あなたのママは魔王よ、雪姫ちゃん」
がぉぉー! 的なパントマイムで魔王を表現する美人声優さんたち。かわいい……
いや。
それはそれとして――
「由綺佳さん春宵さん……言ってる意味が分からないんですが?」
「あのね、椋丞くん」
おちゃらけを仕切り直して由綺佳さん、ナレーションの口調で僕に解説してくれる。
「声優は、発声器としての肉体が充実し、演技スキルが蓄積され、アフレコ経験値が充分に溜まった頃、役者としての絶頂を迎える」
「声優・心技体!」
「女子なら概ね三十前後、その頃が最も役者として脂が乗る時期とされ……そこから容色も発声器としての機能もタレント性も衰えていく……」
「かな……しみ……」
茶々を入れる役の春宵さん、本気で項垂れる……
「ところが!」
「ところが!」
「その時期を越えても、なお『アイドル』として君臨し続ける者がいる……」
「稀に、いる!」
「――それがモンスターよ」
「【モンスター】は幻影を従える魔女なの」
「幻影?」
「失った若さと引き換えに『思い出』という鎧を纏う」
「思い出は彼女を美化し、決して褪せさせない――無敵の幻影となる」
つまり由綺佳さん春宵さんが言いたいのは、【一時代を築いた役者さんはファンの脳裏に強烈なバイアスを残す】ってことか……
「だーかーら、勝てっこない勝負なの」
「単なるオーディションなら、雪姫ちゃんみたいな若くて才能ある子が選ばれるけど……」
「でも、選ぶのは目先の利益にしか興味のない製作委員会」
「そして彼らの半数は『伊勢原世代』で、一度決定したはずの代役を覆すほどの勢力よ」
「むむむ……」
「美化された思い出は上書きを拒む」
「ファンは、美しい思い出を抱えて生きる生き物なのよ」
確かに人間は加齢するにつれ趣味が固定化し、若き日々に親しんだコンテンツに対する異常なるロイヤルティーを示すもの。新しい開拓など経なくとも、それで十分幸せなのだ。
「そういうことですか……」
由綺佳さんと春宵さんの説明で腑に落ちた。
確かにそれは――実績もない新人声優には太刀打ちできない【強敵】だ……
「それでも!」
ずっと押し黙ってた錦松さん、
「私、勝たなきゃいけないんです! ママを越えなきゃいけないんです!」
胸に秘めていたものを止め処なく吐露する。
「それが、私が声優になった理由だから!」
授業参観で――――自分が好きだった子を、お母さんに盗られたことはありますか?
「雪ちゃんのお母さんって、超いい声してない?」
「声優さんでしょ?」
最初は幼稚園のことだった。
私が初めて好きになった子は、
『ぼくは、ほんもののカグヤ(cv 伊勢原雛子)がすきなんだ』
それはあにめだよ、ひじつざいびしょうじょだよ……
小学校低学年で想いを寄せた子も、
『キュリオシティ(スーツアクター。cv 伊勢原雛子)の声って最高だよな!』
それは吹き替え! ママには、そんなアクションなんかできない!
小学校高学年でも、
『ゴルディロックスたん(cv 伊勢原雛子)の声って、純粋無垢って感じ……』
子持ち! その声の人、経産婦だよ!
中学校でも、
『俺はキャリントンフレア(cv 伊勢原雛子)と添い遂げる!』
違う! ママはパパの嫁!
振り返るのも嫌になるくらい、雪(私)の人生は、ママに負け続けた人生だった。
みんな!
みんなママに盗られた!
「だから私、ママを越えないといけない!」
「「「……………………」」」
予想外の告白に、僕も由綺佳さんも春宵さんも言葉がない。
自分の境遇とは比較にもならない、雲を掴むような話だったからだ。
だけど……
錦松さんの為人は分かる。
彼女は平然と嘘を吐けるような子じゃない。
自分の心を素直にアウトプットすることしか出来ない子なんだ。
だからこそ、海千山千の芸能界には全く向いていない、と言い切れるのだけれど。
(((これ、どうしたもんか?)))
事情を知ってしまったからには、知らんぷりも出来ない。
彼女の誠実を受け止めた上で、僕ら自身の答えを返さないと。
でなきゃ「人として」誠意に欠ける。
と、頭では理解できても……僕は判断を躊躇した。
だって「勝てない勝負」と先輩が断言しているのに……それでも背中を押すべきか?
必然の負けを巫女に強いる、それは音叉の魔術師として許されるのか?
悩む……
「そこまで言うのなら――しょうがない」
態度を決めかねる僕を差し置いて、
「ここは一肌脱ぎますかぁ!」
由綺佳さんと春宵さん、見惚れるような女っぷりで後輩(錦松さん)に応えた。




