錦松雪姫の 脱! やまとなでしこ宣言! - 2
一旦は頓挫しかけた、覇権ソシャゲ・GHPの行く末。
ゲーム運営の裏側では、てんやわんやの派閥力学が働いたり、知恵者のOLさんが暗躍したりしていたワケですが……
それでも――かなり乱暴な譲歩案であっても――「これで行きましょう!」と決まれば早い。
組織は一丸となって目標へと走り出す。
それが組織というものです。
でも、個人は……そうもいかないことも多いようで?
「出家します――させて下さい」
山深き神社の本殿で、僕は額を床板に擦りつけた。
「椋丞よ……」
音叉型の燭台が並ぶ本尊を背に、老いた宮司は口を開く。
仙人と見紛う顎髭を蓄えた、羽織袴の神職。齢八十を数えるも、由緒正しき音叉一族宗主として威厳を保つ、僕の実の祖父『高橋剣洞陸』その人である。
「よもや巫女様と、その母を争わせるなど…………魔術師を継ぐものとして、あるまじき失態!」
「返す言葉もございません」
僕は放火魔だ。
半引退状態の伊勢原雛子を引っ張り出して、焼け木杭に火を着けた重罪人だ。
元を辿れば、あんなバカなこと(自暴自棄ガチャ散財)しなければ、出会いのキッカケすらなかったのに。僕と伊勢原さんは一切、交わることもなかったのに。
加えて、製作委員会のメンバーが居残る中でのプライベートセッション。
懸案(種村未沙の後任問題)解決で気が緩んでいだとはいえ、なんと愚かな軽挙妄動をやらかしてしまったのか……
その行動が引き起こす騒動など、考えにも至らず!
ああ!
悔やんでも悔やみきれない!
全ては!
全ては僕の不始末だ。
「では望み通り、荒行で性根を叩き直してくれる!」
音叉神社は修験道の流れを汲む荒行の聖地。屈強な修験者すらも、泣いて逃げ出す虎の穴。
愚か者に与える罰として、これほど相応しいものもない。
「…………と、言いたいところじゃが……もはや椋丞(お主)に教えることなど何もない」
「祖父様!」
「それもこれも椋丞……お主が、何かと失敗しては、出家を繰り返すからじゃろが……」
ガチャの沼は深い。
「賀茂川の水、双六の賽、山法師、これぞ朕が心にままならぬもの」
かつて日本を支配した大法皇をも悩ませた、双六の賽――つまり乱数。
古来より、人は乱数に翻弄され、その放縦に心を乱す。
乱数の【乱】とは、人心を乱れ狂わす呪いの文字ナリ。
「なぁ椋丞」
「はい先輩」
「石油王も石油が出るまで掘削機を回したからこそ石油王になれたんだぞ? ガチャで言う【出るまで回す】精神と一緒だ!」
ガチャ中毒とは、救いようのない病である。
「ガチャは一月一万円までと固く自制しているので、今月は五月ということになる」(暦は一月)
どんなに理性的な生活を過ごしている者でも、図ったように身を持ち崩す。
「礼装が【札束武装】の短縮形に思えてからが本番だぞ! 椋丞!」
取り返しのつかない地獄に堕ちていく。
「俺など一時間に一回「今回は川上音奴が欲しいから芹沢鴨とか来ても逆に困る」と呟いてる」
先達の、しくじり先生っぷりは教訓にもならず、
破滅する彼らの姿は未来の自分――漠然とした未来予知。
「煽るわけじゃないが、次の復刻がいつになるか分からんぞ? 煽るわけじゃないが椋丞」
それを理解っていても――ガチャの闇は深い。
―― 高橋椋丞の取り留めのない日常 ――
一、神社で縁結びのお守りを受けて
二、日々徳を積んで
三、毎週日曜日は教会で礼拝をし
四、アラーは偉大なりと平伏を重ねつつ
五、はよ復刻来タレリ、と短冊を掲げ奉るのです
「馬鹿だな椋丞」
「ですか?」
「宗教とか時代遅れ。俺は制約と誓約で確率を上げてる」
そう僕に忠告してくれたセンパイは、想像を絶する断食、断色、断眠の末に入院……
「ね、椋丞くん……女の子って、いつも優しい男の人より二十回に一回ぐらい優しい男の人の方が好きになりやすいんだって」
「ガチャみたいですね……」
「でもね……たとえ付き合えても、心と体、ストレスでボロボロになっちゃうんだって」
「ガチャみたいですね……」
と優しく僕に諭してくれた先輩も、心を病んで会社を辞めてしまった……
とにかく深い。
闇が深い。
「それ(ガチャ癖)さえなければ、申し分ない跡継ぎなのじゃが……」
幼少時から僕の素質を見抜き、将来を期待してくれた祖父の目が痛い。言葉が刺さる。
「このままでは人生、破滅に向かってまっしぐらじゃぞ? のぅ椋丞?」
「面目次第もございません」
ああ、どうすればいいんだ?
祖父に見捨てられてしまっては、ガチャ資金の前借りすら……
大勝負(限定ピックアップ)で特攻む種銭すら用意できなくなってしまう!
「…………まぁ~た良からぬことを考えておるな?」
「うひぃー!」
さすが爺ちゃん、隠し事なんて出来っこない。
一族を束ねる眼力を前にしては、取り繕った態度も簡単に見抜かれる。
「椋丞! 貴様の資質が泣いておるぞ!」
お前を殺してワシも死ぬ! くらいの勢いで警策を構える爺ちゃん。
「音叉一族の正統を継ぐ才能なぞ、数十年に一度出るか出ないかの稀人じゃぞ?」
情けなくて涙が出る! と歯を食いしばりながら。
「本当に理解っとるのか、椋丞!」
すいません!
――――不出来な孫ですいません!
床板へメリ込みそうなくらい平身低頭土下座したところ、
「話は聞かせてもらった!」
背後から光が差し込んできた!
進退窮まった僕に救いの光が? 仏か菩薩か、阿弥陀如来様か?
「お孫さんのご沙汰――――私どもにお任せ下さい!」




