伊勢原雛子の瑠璃色アクアリウム - 9
傷心の主人公、高橋椋丞。
信じていた人(宮居)にも裏切られ、何のためにこんなことやってんだろう? とアイデンティティ・クライシスに陥る主人公、絶体絶命。
だが世の中、捨てる神あれば拾う神あり。
……ある? のか?
大丈夫なのか?
今のところ、その気配がないぞ?
もしかしてこのままバッドエンドに吸い込まれてしまうのか?
第三章の岐路、このお話にアリ!
どうぞお楽しみ下さい。
あてどなく街を彷徨っても、抜け殻の僕を満たしてくるものは見当たらない。
カラカラに干乾びて、脆くも朽ちていく。
繁華街の裏に、ひっそりと社が。
出雲の大社とは比べ物にならないほど、閑散とした神社へ迷い込んだ僕は、
覚束ない足取りで狛犬に縋りつく。
「もう疲れたよパトラッシュ(☆3 アヴェンジャー)」
信じていた人に裏切られ、特別な夜にも参加できず……僕の人生は失望と幻滅で満ちている。
何も良いことがない、これからもありそうもない。
何のために生きているんだ僕は?
落胆だけが人生か?
「……引いてしまおうか……」
アプリを立ち上げると――今日もまた、しみったれたログポ石が「有り難いだろう?」とでも言わんばかりの演出で恩着せがましく降ってくる。
こんなセコい我慢を積み重ね、僕の所持石は過去最大級に膨れ上がっている。
そりゃそうさ、
引くべき時に引けなかったんだから。
年に一度の誕生日ピックアップという【特別な夜】を、みすみす逃し続ければ、こうなるよ。
一度逃せば、来年まで待たなくてはいけない。
年に二回も誕生日が来る人なんて存在しない。
フィクション(ゲームの中)にも、いるわけがない。
つらい。
何のために僕は、せっせせっせと【徳】を積んできたのか?
人のやりたがらない仕事にも、進んで首を突っ込んできたのか?
『 あの子 』に会うためじゃないか。
ミケランジェロちゃん(三月六日)の時も!
出雲阿国 (四月十五日)の時も!
ガチャの機会を逃してしまったんだ! 製作委員会に拘束されたせいで!
極めて限られたピックアップでしか引く機会を得られない、あの子を迎えるために、
日頃の善行を重ねて【 徳 】を溜め込んできたのに!
だめだ。
やることなすこと、全部裏目ってる。
何が【徳】だ、
何が【不可視のステータス】だ、
そんなもの、何の効力もありゃしないじゃないか!
(…………いや?)
ちょっとまてよ椋丞、冷静に考えてみろ?
こんなにも不運と踊っちまったなら、せめて、せめてゲームの中でくらい、ウヒャウヒャハッピーな幸運が舞い込んでくる……はず。こないとおかしい、逆に変だ。
今は誕生日ピックアップもイベントも終わったばかりの端境期、
特に限定PUもやってないけど……
恒常のストーリーガチャだって高レアカードが出現する可能性はある。
そう、運さえあれば、
不運に振り切った針は、揺り戻しの力が強く働くはず!
(引ける!)
もはやレアカードを引くことでしか、僕の心の欠損は埋められない!
もう限界だ。
なんでもいい! なんでもいいからレアを!
グルグル虹回転して金のカードを!
それさえあれば、僕は!
『祈り、拝み、感謝。この三つを行うことにより、縁が結ばれる』
『要は【徳】だ、徳を積むことで内的な運のパラメータに作用するのだ』
『ガチャは物欲センサーとの騙し合いだ。心を殺して物欲センサーを騙すんだ』
『インカメラで瞳孔の変化を追ってるから、無駄無駄』
『心を無にする方法は、自分が得意なやり方を採ればいい』
『雨の日か、風呂場でアプリを起動してガチャ画面で放置、蛇口から水滴をしたたらせて、自分は瞑想をし続ける』
『ゲームなど何も知らない二歳の姪に引かせた。清少納言を当てたことがあるから、実績はある』
ありがとう先人(成功者)たち。
今こそ、あなた方の金言を試す時が来た!!!!
――1%の向こう側、覗いてやろうじゃない!
「ぎゃー!」 (※幸運の舞を踊りながら、引いてみた)
「ぎゃー!」 (※アキバのコスプレショップで入手した衣装を触媒に引いてみた)
「ぎゃー!」 (※(存在すら定かではない)クライアントの乱数調整をして引いてみた)
「ぎゃー!」 (※(物欲センサー回避のため)無関係の通行人に、引かせてみた)
「ぎゃー!」 (※(物欲センサー回避のため)野良猫に引かせてみた)
「ひ、ひでぇ……」
星5の最高レアどころか、星4プチレアすら全然出てこない!
出現するのは夥しい低レアカードばかり!
期待値を考えれば、ありえないほど酷い。
「だ、だが、確率は収束する!」
引けば引くほどに期待値へ近づいていくんだ! 確率論の教科書にも、そう書いてあるし!
先人たちも言った。
『回すか回さないかじゃない。回すか更に回すかの問題だ』
だから引け! 引き続けるのだ!
さすれば与えられん!
確率は、収束……
「……しなかった…………」
願掛けの水垢離まで試みても、全然ダメ。
見るも無残な大爆死!
爪に火を点す節制で貯めに貯めた石も……スッカラカンのすかんぴんウォーク……
「神も仏も、あったもんじゃない……」
おい神社よ? その社はハリボテか? 御神体は野良犬にでも喰われちまったのか?
「うぼぁ……」
誰も僕を救わない。
他人を救う以前に、自分すら救えないんじゃ、
ごめん……錦松さん、僕はここで朽ち果てる。
最後まで付き合えなくて、本当に済まないと思っている。
だけどダメなんだ僕は、ガチャでしか埋められない心の欠損を抱えた、どうしようもない奴だ。
頭では分かっている分かってるのにどうしても止められない弱い男なんだ。
「本当……どうしようもない……」
心身ともに弱りきった僕は力尽き、冷たい石畳に身を伏せた。
すると――
「寝ちゃダメ……」
――どうしようもない僕に天使が降りてきた。




