伊勢原雛子の瑠璃色アクアリウム - 8
種村未沙の声に適合する音叉も完成させたし、あとは僕が寝てても万事解決……なんてことは、なかった。
宮居さん主導でオーディションが行われたはずなのに、連絡は梨の礫。
「決まりました!」なんて祝賀報告どころか、
「申し訳ないんですけど……音叉に不具合はないか、一度調査してもらえますか?」なる不穏な依頼が届いてるし。
ま、音叉の魔術師(僕)が作った音叉に不具合などあるはずもないけど……
とにもかくにも、代役選考が上手く行っていないのは確か。
どこかに問題点があるはず。
なら、直接僕が行って確かめるのが手っ取り早いだろう。
**** 深い眠りの後で ****
「う~ん」
宮居さんの報告通りだった。
僕が深い眠りから覚める頃には、『新しい種村未沙』が決定してると思ったのに……
結果はゼロ回答。
慌てて僕自身も現場入り、不具合を再調査してみたものの……音叉に異常は見受けられず。
種村未沙型 琴線音叉の周波数特性は正常値を保ったまま。
つまりこの状況は――「適格者不在」ということだ。
鳴らないんじゃなくて、鳴るに相当する周波数を音叉が浴びていない。
「それだけ、種村未沙が特殊な音域の持ち主ってことか……」
できるだけ似た感じの役者を各事務所に手配してもらっても、全然ダメ。
何人呼んでも、ピクリとも動かない。
「参ったな……」
ここまで当確が出ないとは思いもしなかった。
宮居さんが数十人、
それを引き継いだ僕が更に数十人のオーディションを執り行っても、結果ゼロ。
予想以上の厳しい結果に、宮居さんの立場も日に日に厳しくなっているだろうことは、容易に予測できる。
呼び出しを食らったっきり、宮居さん(現場責任者)が現場に顔を見せることもなくなった。
「こうなったら養成所生あたりまで手を広げるか……」
養成所の卵ちゃんなら、訓練を受けてる分、素人よりはずっとマシ。
演技の巧拙は僕らがフォローできないこともない。
「それでもな……プロモの方は……」
現代の声優はトークも卓越したレベルを求められるのだ。
並み以下の芸人では太刀打ちできないほどのMC力は、標準装備がデフォルトだ。
それを最初から織り込んで、クライアントは役者を呼んでいる。
なので、話のつまらない声優は目に見えて仕事が減っていく。
「いや……そこまで心配しても仕方がない!」
まず種村未沙の代役を務められる声の持ち主を探さないと。
最悪の場合、プロモだけ誰かに交代してもらうという選択肢だって採れないこともない。
『期限は切らないので、椋丞くんの納得がいく役者を選んで下さい!』
と宮居さんは言ってくれた。
出来る限り上質の影武者で代替して、ユーザーに違和感を抱かせたくない、というゲーマーの切なる願いなんだろう。
そういう真摯な想いに応えなくてはいけない仕事なんだ、この任務は。
ユーザーのために……そして何より宮居さんのために!
「もう少しだけ待ってて下さいね、宮居さん」
必ず立派な代役を選んでみせますから!
決意も新たに、オーディションを再開しようとした、その時、
バタン!
「!!!!」
突如、黒服、黒サングラス集団が、調整室へと雪崩込んできた!
ノックもなしでズカズカ乗り込める傍若無人、どう考えても製作委員会の差金だ!
「高橋椋丞」
そして黒服は僕に宣告する。
「タイムリミットだ。明日までに後任を決定しろ」
「話が違う!」
何かの間違いだろう?
宮居さんは「納得いくまで探せ」と僕に依頼した。
自分の宝物であるGHPのためにも、確かな種村未沙の代役を選べと言ってくれた。
信じるものか、そんな戯言を!
だが、そんな僕を嘲笑うかのように黒服は、
「決定事項だ。製作委員会の総意と思ってくれたまえ――宮居も含めてな」
冷たい温度で断言した。
調整室。一人残され、顔面蒼白の僕は――
「なんなんだよ!」
無駄に終わったオーディション資料を机から払い除け、八つ当たり。
「ズルいよ宮居さん!」
あの言葉……全部、嘘だったの?
僕を舞い上がらせて仕事を捗らせるための?
上手くいかないと分かったら、即、お払い箱?
結局自分はケツを捲って、尻拭いを丸投げするような人だったの?
「クソっ!」
騙されたッ!
僕の見る目は最低だ!
人を見る目は節穴だ!
「うあぁぁぁー!」
音叉の底を液晶モニタに叩きつけて、粉々にしてやる!
ハハッ、自分が直した機材を自分で壊すとか、愚かにも程がある。
でも…………こうでもしないと腹の虫が収まらない!
「もう金輪際、製作委員会(あんな奴ら)と関わってたまるか!」
猫撫で声で近寄ってきては、他人の餌を浚ってく。
笑顔の面を剥げば、強欲の牙が顔を出す。
何の罪悪感もないまま、人の善意を踏みにじる!
「全部降りてやる! 全部だ全部!」
作品に対する愛情や、巫女に対する敬意など微塵も存在しない!
それが【 組織 】というエゴイズムのバケモノですか?
「くそっ!」
僕のために誂えた入館証もIDカードも、首から引き千切ってゴミ箱行き。
あんな! あんな奴らのために僕は――【特別な夜】をフイにしたの?
年に一度しか巡ってこない大切な日を! ――二度も?
「僕は馬鹿だ!」
ホームラン級の馬鹿だ!




