伊勢原雛子の瑠璃色アクアリウム - 7
厄介事を抱え込むことにかけては天下一品!
我らが主人公、高橋椋丞くん。
本来なら断ってもいい面倒事も、ついつい引き受けてしまうのは体質か、性格か?
兎にも角にも宮居さんの一大事、
彼女にとっては、どんなことをしても失敗の出来ない重要案件なので、
頑張りますよ、椋丞くん。
ゲームへの愛あふれる彼女の想い、蔑ろになどできない。
自分を庇ってくれた彼女に応えるためにも、
己の最大限を発揮して音叉を作るのです。
……が。
人間である以上、肉体の限界という問題は避けて通れず………
ここで昇天END?
何も成し遂げられないままDEAD END??
「……あ?」
目が覚めると、いつか見た光景。いつかの角度。
双丘が視界を遮る、天井の図。膝枕で見上げるオーバーハングじゃないか。
(てことは?)
由綺佳さん? もしくは春宵さん?
大抵の同級生には望めぬ、見事なロケットおっぱいは?
「高橋くん大丈夫?」
違った。
逆さまの視線で覗き込んできたのは……宮居さんだった。
「どうして、そんな格好……」
コスプレ姿が日常茶飯事の、おしかけ声優’s(由綺佳&春宵)なら、いざ知らず。
なぜ会社員である宮居さんがウチの制服姿で?
「学校へ忍び込むには、これが都合いいかと……」
いや……どう見てもニセ女子高生です。
一発でバレる。
現役生の青さとは、隔絶した色香が滲み出ています。
そしてこの後頭部の感触。
幼年期の硬さが完全に取り去られた柔らかい肉――女子高生には持たざる逸品です。
「生き返る……」
宮居さんが差し入れてくれたお弁当と栄養ドリングで、削げたHPも急回復!
極楽浄土の膝枕でMPも全回復ですよ!
「ありがとうございます宮居さん、何から何まで」
「いいえ、お礼を言わなきゃいけないのは、私の方だから……」
「お礼だなんて……仕上がる目処も立ってないのに……」
何より早さの求められる仕事だというのに、この体たらく。
僕を庇ってくれた恩人に、顔向けできるような状況じゃないよ……
「そうじゃなくて」
「へ?」
「気づかせてくれたから……」
(へぇ……こんな表情も出来るんだ……宮居さん……)
声優さんが(若い方に)年齢を不詳にしてしまうモンスターなら、
デキる女は、逆ベクトルへと年齢感をおかしくする生き物だ。
経験と実績と才能、そこから派生する人脈とか肩書。
それらが見えない鎧となって、小娘と侮る輩を跳ね除ける。
年齢を傘に着る年配者相手でも、一目置かざるを得ない。
その特別な【 ガワ 】が脱げてる。
今の宮居さんこそ年齢相応な「女の子」の顔。
剥き出しのプライベートが僕の頬まで火照らせる。
「椋丞くんの知らない世界……【組織で働く】と、知らず知らずのうちに上からの心証が全てになって……自分を押し殺すのが当たり前になるの」
爆ぜる炉の火に照らされながら、宮居さんは語りだす。
「組織というバケモノを前にすれば、流され、見失い、自分を殺せる人だけが、更に上へ行く……」
膝に載せた僕の頭を、くりくりテディベアみたい弄びながら。
「でも思い出せたの。組織を相手にしても我を通そうとする男の子を見ていたら」
「宮居さん……」
「実は私、ゲーム少女だったのよ……周りが退いちゃうくらいの」
「見えないです……」
「ボトラー寸前になるまで「あっち側」に籠もってたの」
そうだったのか……
「だから、分かる。ゲームは単なる仮想世界じゃない。プレイヤー全員の想いが詰まった『現実』だから、粗雑な大人の事情で踏みにじっていい世界じゃない」
「…………」
「侵してはならない聖域なのよ」
「…………」
「あの、掛け替えのない世界を紡いでいく、そのお手伝いしたくて業界を志望したのに……唯々諾々と組織の論理に染まって……こんな窮地に追い込まれるまで忘れていたなんて……」
「…………」
「ましてGHPは私がゼロから関わった……大切な宝物なのに」
「宮居さん……」
そういうことならば!
「任せて下さい!」
のほほ~んと膝枕休憩している場合じゃない!
宮居さんは本当にゲームを愛している人なんだ、
ユーザーを悲しませたくない、と心を砕ける人だ、
こんな人に恥をかかせちゃいけないよ!
今こそ立つ時だ高橋椋丞(音叉の魔術師)!
振り絞れ、力を!
悪戦苦闘の数時間後……
「できたー!」
夜も白々と明け始めた頃――
「これが『種村未沙型琴線音叉 ミサミサ・サーチライト』!!!!」
なんとか、なんとか、徹夜の突貫作業が実を結び、完成まで漕ぎ着けた!
「ありがとう! ありがとう高橋くん!」
満面の笑みを浮かべた宮居さんが僕を抱きしめてくれた、けど……
「これで最適の代役を探し当てられるはず……」
もはや限界だ。
そこで僕の意識は事切れた。
でも大丈夫。
僕がいなくたって、『音叉』がそこにある。
音叉は絶対、嘘つかない。
音叉が僕らを正しき方へ導いてくれる。
はず……
だから、少し眠らせて……
が。
そうは問屋が卸してくれなかった。




