伊勢原雛子の瑠璃色アクアリウム - 6
またしても製作委員会緊急事態! で駆り出される椋丞。
そんな契約してませんよ、の案件でも呼び出される。
これが使われる側のツラみですか?
宮仕えの悲劇ですか?
いえいえ、
あくまで僕はフリーランス、
嫌な仕事は断ります!
断れる立場なのだけれども……
宮居さんは、僕を確保するのに、卑怯な手など用いなかった。
彼女は……信頼できる人なのかもしれない。
そう判断した椋丞(プライベート旅行中)は、彼女(宮居)の頼みに応えることにしたのだが……
空港では、プライベートジェットが僕らを待ち構えていた。
高級感あふれる革シートの席に着くと、
「現時点での資料よ」
資料には同業他社の対応がまとめられていて……どれも、代役の欄は「未定」ばかり。
「やっぱりか……」
種村未沙は独特の声質で、簡単に替えが効かない役者――それが業界の共通認識だと分かる。
「この会社は全く毛色の違う役者を当てる予定みたい」
「あからさまな物真似演技でも客は萎えるし……それはそれで賢明な判断です」
「でも……」
「ゼロから御破算方式は、GHPでは採れない」
なにせGHPセールスランキング常連の、ユーザーに認知が行き渡ったゲームだから。
「種村未沙=ナスビちゃんでイメージは固まってる」
ユーザーの中に明確な【 像 】が存在する。
それは一種の契約なのだ。
ユーザーの信頼に対し、運営が裏切ってはならない証なのだ。
運営が期待に応えられなかった時、驚くほど呆気なくユーザーは去っていく。
ネガ感情は今の時代、SNSで一夜にして拡散する。
下手な対応はゲームの死期を速める愚行と成り果てる。
「製作委員会(弊社)としても、大幅なキャラ変更は容認できない」
もし著しい変更ともなれば、既に仕上がっている(順次アップデート予定の)新規コンテンツも作り直し。膨大な手間と経費が見込まれてしまう。
「だからこそ僕が招聘された」
「ええ。シリアスでセンシティヴな問題なればこそ――優秀な専門家の判断が要るの」
ユーザーとの信頼を繋ぎ留めたまま、
ユーザーの夢心地を壊さないように、
ユーザーにに大人の事情を悟らせず、
――上質の影武者で場を繋ぐ。
「難しいですね……」
「ごめんなさい高橋くん、突然こんな仕事……」
「大丈夫ですよ、宮居さん」
なにせ、渡された資料にはリストが添付されていたから。
対策会議には、名だたる業界の専門家たちが列席する予定のようだ。
こんな人たちが加わってくれるなら僕は左団扇。思ったりよりも、ずっと楽な仕事になりそう。
「――全員、逃げられた?」
羽田から会議室へ到着した僕と宮居さんを待っていたのは、耳を疑う事態だった。
「一人も、ですか……?」
そりゃそうか。
難航するのが目に見えている、種村未沙の代役選び。
敢えて火中の栗を拾いに行く奴は、相当の物好きかもしれない。
リスキーな割にメリットが乏しい案件――そう判断されても仕方ない、常識的に考えれば。
「にしたって……」
会議室に残ったのは僕一人。
あとは、音響(専門分野)に関しては素人同然の、製作委員会幹部だけ。
A4ビッシリにリストアップされてた重鎮の皆さんは影も形もなく、
大会議室の椅子取りゲームは僕の圧勝だ。
(それほどまでに種村未沙は唯一無二……ということか)
改めて問題解決の難儀さを痛感させられる。
「こうなれば彼――高橋くんに一任するしかない……」
苦渋の鳩首会議を終えた幹部から、ほぼ白旗に近い全権委任宣言が漏れると、
「お、お待ち下さい!」
即座に宮居さん、席を立ち、
「それはつまり、責任を全て彼に負わせるということですか!」
烈火の如く「上司」に食って掛かる!
未だ嘗てないほどの、覚悟を秘めた貌で。
「宮居! 事態は急を要するぞ!」
「刻一刻と状況は悪化している!」
「もしもGHPが「突然死」や「急頓挫」を迎えたなら……全ての関係者に不幸が伝播する!」
次々に幹部から反論の十字砲火を浴びても、
「それでも! あまりに理不尽です! 彼一人に丸投げなんて!」
宮居さんは怯まない。
反旗を翻し、居並ぶ幹部へ異を唱える。
泥縄式に貧乏籤を引かされそうな僕のために。
「宮居さん」
彼女の肩を叩き、「ありがとうございます」と感謝を込めて頷く。
良かった。
僕の判断は間違っていなかった。
宮居さんは信頼できる人だ。僕の背中を預けられる人だ。
「この仕事、僕が請けます」
ならば応えないと。
「僕が、種村未沙の後釜を探し当ててみせます!」
やってやる!
宮居さん(彼女)の心意気に、僕が応える番だ。
製作委員会ビルを後にした僕は、早速学校へと戻り――文化部部室棟最奥、僕の工房へ。
作りかけの『対旋律音叉』を除けて、
再度ゼロからの音叉制作に着手する。
カン! カン! カン! カン!
打っては試し、打っては試し、
タダの鉄塊から『種村未沙が醸す快楽の音』だけに響く反応器を生成する。
「音叉の魔術師にお任せあれ!」
と…………言うは易し行うは難し。
「……なんて、簡単に完成したら世話ないよね」
高橋家(音叉の魔術師)の後継者として、爺ちゃんから仕込まれた音叉制作の極意――それを以てしても種村未沙は厄介だ。
おそらく、調律の難しさは一、二を争うだろう。これまで僕が作ってきた中でも。
容易に仕上がるとは、とても思えない。
(だけど……)
あんだけ啖呵を切った手前、「出来ませんでした」で済むものか。
どうにか完成に漕ぎ着けないと……宮居さんの顔が立たない。
僕の評価なんてどうでもいい。
こんな僕のために身を挺してくれた彼女に誓って――遅滞は許されない。
(――応えなきゃ!)
カン! カン! カン! カン! カン! カン! カン! カン!
槌を揮って鋼を鍛える。
今じゃ刀鍛冶も機械化の時代らしいけど、高橋家の音叉はそうもいかない。
燃え盛る炉と対峙しつつ、特殊な周波数に対応する「琴線」を作り上げていく。
爺ちゃんから学んだ、秘伝の工程。
汗と技術の結晶を――その眼で然と御覧じろ!
ばたん。
ダメだった。
人間――寝ないとダメ。
振り返れば僕は不眠不休。
収録日合わせの徹夜作業で『対旋律音叉』(対毒電波用対消滅音叉)の制作を続けた末に、そのまま出雲へ声優さんと隠密旅行、騒がしい三人旅で休む暇もない中、果てはプライベートジェットで東京へトンボ返り……で、別の音叉をスクラッチで制作とか……
いくらなんでも無理がある。
だ、だけど……休んでなどいられない。
これは製作委員会相手に僕がツッパる戦いじゃない。
僕を支えてくれる彼女、宮居さんのために…………負けられない…………戦いが……そこに……




