伊勢原雛子の瑠璃色アクアリウム - 3
『大切なお知らせ』。
そう、全世界の声優ファンが大嫌いな言葉、二大巨塔、「大切なお知らせ」と「一般人の方」。
そのフレーズを目にした瞬間、彼らは死ぬ。
それくらい忌み嫌われる言葉だから、本物の声優さんはSNSとかで安易に使わない方がいい。
冗談でも。
洒落になってないから、それ。(※真顔)
などという、スレスレワードで煽る、藤村由綺佳。
彼女は一体、何を考えているのか?
ところで……この写真、撮ってくれてるの……誰だと思う?
プライベートの旅行で~、私の写真を~撮ってくれる人……
ここでみんなに、『大切なお知らせ』……
実は、この人でした!
「私と由綺佳、養成所同期の腐れ縁~(byはるるん)」
神出鬼没の春宵さんは、【嘘の答え】を自撮りする。ノリノリで由綺佳さんとハグしながら。
プロだ。この人たちはアリバイ工作のプロだった。
これがアイドル声優の嗜みか!
「危なかった……」
一歩間違えば、現代のジャンヌ・ダルクとして焼かれるところだったぞ、由綺佳さんのファンたちから。個人情報が漏れた【お相手の一般人】として私刑に処されるところだった……あぶねぇ……
「誰か気づくかと思ったら……惜しかったね」
自分のインスタ投稿にブラ下がったレスを確認しつつ、呑気にあなた!
「由綺佳さぁぁぁん?」
この口か?
あっけらかんと無責任なイタズラをやらかす声優の口は、この口か?
もう二度とそんな減らず口が利けないように伸ばしてやる! びろ~んって! びろ~んって!
「これで、この女のデッカい尻を叩くのはどうか?」
出雲大社の木札を掲げて何てことほざいてるんですか春宵さん?
罰当たりにも程がありますよ? キッツい神罰が降りますよ?
「てか何故、出雲に春宵さんが?」
「鬼界カルデラの収録に参加してる子から「今日バラシ」ってLINE入ったから、朝」
「はぁ……」
「だったら現地で合流しちゃおー、って由綺佳と連絡を取り合って」
「春宵昨日、佐賀のイベント出てたの」
そっから駆けつけてきたんですか? こんなとこまで?
声優村の狭さと春宵さんのストーキングバイタリティにビックリですよ……
とはいえ、来てしまったものは仕方ない。
合流した春宵さんも一緒に、二拝四拍手一拝で神に願いを。
かの有名な巨大注連縄の下で、ぱんぱんぱんぱん。
サンキュー神。
僕に休みをくれて。
【特別な夜】に巡り合わせてくれて。
今宵、僕の『 願 い 』が叶ったら、改めて、たんまりと賽銭を奉じたい所存。
(――何卒宜しくお願い致します)
今から数時間後、僕には今夜が本番なので!
ナムナム……
「ねぇ椋丞くん、出雲大社って縁結びの神よね?」
「俗に言われるところでは」
「なら、あたしたち向きじゃない?」
言われてみれば……由綺佳さんと春宵さんの職業的には相応しい神様かも?
「ご縁がありますように……」
「モブじゃなくてメインの役と縁がありますように……」
「歌唱印税やイベントのギャラも漏れなく付いてくる仕事が来ますように……」
「どうか一つ!」
「よろしくお願いしますー!」
僕の左右隣で手を合わせる由綺佳さんと春宵さんは、真剣そのもの。
御神体まで届くんじゃないの? と思えるほど鬼気迫る念の入れよう……
そんだけ大変なんだろうか?
一応、名が売れている声優さんでも、業界の椅子取りゲームは?
「取り敢えずアイドルマエストロのアニメに出して下さい! おねがいオオクニヌシ!」
更には由綺佳さん、有りっ丈の小銭を賽銭箱へ投げつけた。大相撲力士の塩撒きよろしく。
「もうライブだけのヴィジュアル要員とか言わせないわ! アニメ二期こそ!」
「自分よりも椋丞くんに監督に就いて貰う方が、神様の実現難易度が低くない?」
「あ……そっか?」
「春宵さん……そういうのは音響じゃなくて、文芸班かプロデューサーへお願いします」
職域があります、アニメ制作には。
「そういうのを壊しちゃうから、ボーダーブレイクRyo-SUKEなんでしょ?」
「鬼界カルデラの収録がバラシになったの、椋丞くんが不規則収録で作画を困らせたからよね?」
そうでした。
僕のせいでした、制作に予定外の負担を背負わせてるのは。
でも他所様に遠慮してる場合じゃない。
ワンクールは短い。
最終回までに錦松さんを人気声優へ祀り上げる――――それが僕(魔術師)の務めなのだ。
掛けた迷惑の報いは、まとめて僕が引き受けましょう。
「でも神様、できれば(作画や制作進行の人に)刺されませんように……」
「やだ……「刺されませんように」だって……」
物騒な願いごとを順番待ちしてたカップルに聞かれてしまった。
「刺されても仕方ないよ……」
呆れ気味でカップルの彼氏が僕を寸評する。
仕方ないか。
こんなにも美しい二人に、両側から「当ててんのよ」されてれば。
そんな煩悩溢れるパワースポット参拝、
散々、由綺佳さんと春宵さんに振り回された挙げ句、ようやく宿へチェックイン。
旅情あふれる和風旅館で、日本海の海の幸に舌鼓。
夕食後、
「椋丞くん、お風呂行かないの?」
「ここの大浴場、スゴいらしいよ?」
お風呂セットを携えた由綺佳さんと春宵さん、僕もおいでよ? と誘ってくるが、
「僕は荷物番してます。ごゆっくりどうぞ」
「とか言って、覗く気ね!」
「こんな立派な宿に覗きスポットとか、あるワケないでしょ……」
由綺佳さん、アニメじゃないんだから。青少年向けライトエロアニメの見過ぎ……出過ぎです。
「じゃあ代わりにお姉さんたちの荷物を漁る気ね!」
「策士ね!」
「しませんよ!」
「あ、じゃあ、ここで脱いでいった方がいい?」
とか言ってスカートたくし上げないで下さい春宵さん!
「脱衣所ですよ! 服は脱衣所で!」
ぽち……ぽち……
騒々しい二人が出払って、一人残された部屋。
折角なので浴衣に着替えて明かりを消し、昼間、撮りまくった写真をPCで吟味してみると……
「ううむ……」
違う。
被写体としての「質」が違う。
同じスマホのカメラ、レンズで撮ってるのに写りが異質だ。
特にレタッチで強調処理してないのに、周りから浮いている。
素人撮影(僕)ですら、こんだけ違って見えるのは、被写体のせいという他ない。
改めて、彼女(藤村由綺佳)と彼女(吉井春宵)は、人(不特定多数)に愛でられるために生まれてきた人種なんだと思い知らされる。
一枚一枚、画面をスワイプするたび惹き込まれてしまう。
その可憐さに心奪われる。
大人の成熟と幼年期の無垢さ(ネオテニー)を併せ持つ特異な彼女たち。
「声優」って何のお仕事だっけ?
概念がゲシュタルト崩壊してしまいそうだ。
それほどまでに彼女は美し……
「惚れちゃった?」




