君に届け、錦松雪姫のスウィートイグニッション - 3
そんなこんなで酷い扱い(?)の我らが主人公、高橋椋丞。
しかし、良いのだ。
学校が人生の全てではない。
自分の居場所は自分で決める、放課後が僕らのメインステージ!
てなワケで、いよいよ「何か」に巻き込まれる五秒前?
それが何かは、君の目で確かめよう。
高橋椋丞くん、放課後フォーム。
どっかで見たことがあるようなロゴは、気にするな!
終業の鐘と同時に颯爽下校!
部活に浪費するリソースも帰宅部のモラトリアムも、僕には無縁だ。
駅のトイレへ駆け込んでクラークケント並みの早着替え。PCショップ「スリートップ」のロゴ入り作業服がユニフォーム。
向かった先は雑居ビルのスモールオフィス。ズボラなフリーランスは魔窟の趣。
「早く直して! 納期迫ってんのよ!」
「料金は取っ払いになりますけど…………いいですか?」
「んなのどうでもいいから早く直して! 修理屋なんでしょ?」
はいはい。
そんなヒステリックに促さなくたって大丈夫。仕事はキッチリ致します。
どんな現場でも、どんなお客でも手を抜かない、それが修理屋・高橋椋丞のモットーなので。
如何様な厄介客も高橋椋丞(この僕)にお任せ。
引き受けますとも最後まで。
「またの御用命、お待ちしておりまーす」
いつも通り、音叉を用いて異常共鳴を探知、故障部品を取り替えて、対処完了。
千差万別な個人客の環境でも、僕(音叉の使い手)なら朝飯前なのだ。毎度毎度、音叉様々だ。
なにしろ、この世は紐で出来ている。紐で出来ているなら音叉に訊けばいい。
固有振動の不整脈が「故障箇所」を知らせてくれる。
「ふぅ……」
そそくさと現場を離れて、都会の喧騒で一息。
帰宅ラッシュも盛りの時間、忙しく行き交う人並みを眺めながらペットボトルを煽る。
「面倒くさい客だった……」
文句が多い割に、払いは僅か。ねぎらいの一言もない。お茶すら出てこない。
ま、そういう客ばっかりなんだけど、社長から僕へ回されてくるのは。ショップには「美味しくない」顧客のオンパレード。
そんなのを何件も回れば肩も凝る。重~い溜め息も出るし、眉間に皺も寄るさ。
(でも……)
この状況、僕にとっては好都合なのだ。
「本日もノルマ達成、っと……」
取っ払いで頂いたお給金を(私物の)豚の貯金箱へ投入。
冷静に考えてみれば――
月曜朝の【サバト】も、厄介客相手の出張修理も、割に合わない。
まるで「労多くして功少なし」の見本のようだ。常識的に捉えるならば。
パスコード解読集会のお代は一人百二十円。技術料の報酬と考えれば、破格に安い。
なのに――――僕は喜んで請ける。
それは何故か?
「まったく、修理屋ほど素敵な商売はない!」
美味しいからだ。
仕事終わりに染み渡る炭酸飲料くらいの『甘い汁』だからだ。
――その旨味とは、
単純な金銭効率では得られない『特典』が入手出来るから。
『煩悩まみれの欲求を叶える』ことや、
『誰も引き受けたがらない厄介事を引き請ける』ことで得られるものがある。
その「クエスト」が厄介であればあるほどに、見えないステータスの上昇に寄与するのだ。
それは『徳』。
善なる行為で積まれていく、不可視のステータス。
積まれるはずなのだ!
たぶん!
おそらく!
お釈迦様級の聖人なら、あの世界一高い電波塔くらいは積み上がっていたはずだ!
…………なんだよ?
信じてないのか?
自分の目で確認できないものを信じるとか、馬鹿げているとでも言いたいのか?
「フッ……」
君の身体は何で出来ているんだ?
細胞を形作る素粒子は見えているのか?
あるいは宇宙の七割を占めると計算されるダークマターは? 質量を生むヒッグス粒子は?
見えないだろ? 観測できないだろ? 君の目では。
それでもそれは「在る」と世界中の天文学者や物理学者が認めているんだ。
「己の目に見えるものだけが全てじゃないんだよ!」
そうだ、目視出来なくとも、傍証は歴史から導き出せる。
古今東西人類史上、ありとあらゆる宗教指導者は「善行なさい」と民草を導いた。
凡人より神に近い方々には、おそらく知覚出来ていたんだと思う。
俗人には覚れない『ステータスゲージ』が。
不可視の『善行ポイント』が人知れず裏で積み立てられていて、それが後々の運命を左右する。
死後の行き先を決める判定材料として。
だから「出来るだけ佳い行いをしておけ」とアドバイスをくれたんだ。
そう僕は信じている。
でも、何の目安もないんじゃモチベーションも続かないので、
「ククク……もうパンパンじゃねーか……」
コツコツコツコツ積み立ててきた豚の貯金箱、コインが逆流するほど貯まった貯金箱。
公式計時とは別に、マラソン選手が自分で測る腕時計、アレみたいなもの。
見えない『徳』を可視化する目安のアイテムだ。
「遂に…………解き放つ時が来た! コイツをなぁ!」
頼むよ、神様!
(僕の『徳』ポイント――ここで使わせてもらいます!)
天寿を全うした後に、天国の入国審査ゲート前まで温存しとくつもりはない!
「特別な夜に!」
このギチギチに詰まった貯金箱を!
銀河帝国軍の出陣セレモニーみたいに、粉々に粉砕して!
パーッと使いまくる 大 ☆ 散 ☆ 財 ☆ ナ イ ト ! イズ 今日!
「帰ろう!」
このまま公共の往来に佇んでいたら、職質→拘束の危険性が増すばかり。
だらしないほど僕の頬は、ニマニマと緩みっぱなし。
とても人様にはお見せできないほどの、愉悦に耽溺した男子なのだ。
期待感がフットーしそうだよ!
今宵、【 解放の夜 】を待ちきれなくて!
我慢に我慢を重ね、積み立ててきた貯金を崩すセルフ・カタストロフ・ナイト!
もういくつ寝なくても今晩なのだ!
一日千秋のときめきトゥナイト! イズ 今夜!
アイ・ガッタ・チャンス、アイ・ガッタ・チャンス、トゥナイ!
浮かれ気分のダンシンインザストリートで改札を抜ければ、
『快速電車が参りまぅす。危ないでぃすから白線の内側へ下がって、お待ち下すぃー』
様式美の駅員アナウンスを露払いにして、ホームへ滑り込んでくる銀色の車体。
これに乗ってしまえば最寄駅まで乗換なし!
小一時間でオートマティックにテイク・ミー・ホー……………………ピロン!
「……あ?」
震えたスマホの通知画面には……【至急 依頼】なる着信が。
「社長ォォ……」
確認するまでもなく、社長からの「そこを何とか!」メールだった。
普段から社長、高校生である僕の事情を慮った仕事を流してくれるものの……ちょいちょい、こういう【泣きのメール】を挟んでくるのが、本当に困りもの。
「経営者は…………経営者は人の心が分からぬ!」
この、帰る気満々マインドを、どうしてくれる?
『特別な夜』を控えて、ノリノリで店じまいを決め込もうとしてたのに。
(な……投げてしまおうか……)
このまま携帯を線路へ投げ捨てれば…………僕は「見なかった」と言い張れる。
どうせバックアップは取ってある。新品を買えばボタン一つで復旧だ。
気づかなかった、と知らんぷりを決め込んでしまおうか?