第三章 伊勢原雛子の瑠璃色アクアリウム - 1
今回の前口上は、新章スタートということで、ちと長め。
なので、前のエピソードにまとめておきました。
**** 一方その頃、魔術師の工房では ****
「バラシですか?」
『作画スタジオが修正作業でパンクしたの。誰かさんが、脚本やコンテから逸脱しまくるお蔭で』
「すいません……」
現場統括の宮居さんからすれば、僕(代理音響監督)のディレクションは災難に等しい。
電話越しに臨場感たっぷりと、戦場と化した制作現場の音が聞こえてくる。
『まぁ、必要があるのなら、仕方ないことだけど……』
「……えっ?」
――てっきり僕は、
『もうね、無駄に仕事増やすの止めてくれる?』
ガチャン!
的な非難轟々の態度で、電話をガチャ切りされてしまうと覚悟していたのに。
『鬼の宮居』からキツく釘を差されてしまうものだとばかり……
ところが実際の宮居さんは、
『修正版のコンテと映像も送るから、問題があれば早めに言ってね』
とか言ってくれるし……
なんだ?
どうしたんだ?
「宮居さん何か悪いものでも食べました?」
あるいは何か悪い霊にでも取り憑かれてしまったとか? 悪霊に反応する音叉とか必要ですか?
『別に?』
以前の宮居さんならば、どんな手段を使ってでも、僕をスケジュールの下僕にしようとした。
現場統括として、規律違反は問答無用で排除しようとする人だったのに。
生ける【 段取りの支配者 】だったのに。
それが今は…………最近の彼女は人が変わったかのように……ユルくなってる。
(まさか……)
製作委員会の方針が変わった?
北風と太陽で言うところの、やんわり懐柔策の方へ舵を切った?
(いや……)
油断しちゃダメだ。
見ただろ、あの合法的奴隷労働の実態を! 製作委員会ビル地下の強制奴隷区を!
あれが奴らのやり口だ。
ウッカリ取り込まれてしまったら、後々まで負債を引き摺りかねない。
「なんでもないならいいんです、はい!」
『高橋くんもちゃんと体調管理しないと。役者もエンジニアも身体が資本なんだから』
「お気遣い、痛み入ります」
ガチャ。
「ふう……」
疲れる。
言葉の裏を読み合う心理戦は精神力を奪う。
相手(宮居さん)は製作委員会の尖兵なんだ。それも相当優秀な企業戦士。
たとえ口約束でも、変な言質を取られるワケにはいかない。
――とはいえ。
「拙者、命拾いしたでござる!」
僕を操り人形とするべく、製作委員会が仕掛けてきた【毒電波】攻撃。
一般人には聴こえない周波数で、音叉の魔術師だけを悶絶させる音響兵器。
その対策も不十分のまま『敵』の懐(収録)へ飛び込むのは、どう考えても無謀だった。
毎週月曜早朝、男子高校生だらけの「サバト」が執り行われる、部室棟予備教室。
校内Wi-Fi網の検閲突破を謀る地下生徒結社『コード・リムーバー』、彼らが提供してくれた空き部屋は、普段は僕の工房となっていた。
鉄を鍛造するための炉と煙突。愛用の金敷を据え付け、いかなる「注文」にも応えられる体制が整えられている。
その工房で僕は、昨日から不眠不休の態勢で『対旋律音叉』なる新作音叉をゼロから作り始めたのだが……
地金剥き出しの金属片は、まだ実用には程遠い。
完成まで、あと二、三日は掛かるに違いない。
高橋家秘伝の音叉製造法は、手間と時間が玉に瑕。人力の鍛造と繊細な微調整が必要となる。
だから、この収録延期(猶予)は天啓!
「来週までなら、充分に仕上がる!」
『対旋律音叉』が完成すれば【毒電波】など恐るるに足らず!
製作委員会の奴隷契約勧誘などに怯える必要もなく、僕は、僕の本懐に集中出来る!
僕の本懐――
極上の紐巫女を光り輝く舞台へ導くこと。
遍く崇拝される巫女の座へ、錦松雪姫という逸材を推し上げられるなら――
古より続く魔術師の血筋として、それに勝る悦びはない。
ない、のだが……
「……ないんだよな」
収録が流れてしまったら、僕に出来ることはない。
僕は雇われ音響監督として収録を仕切るだけのエンジニア。
現場を離れれば、タダの高校生だもの。
「ここにきて、スケジュールの消失……突然の……」
収録日だったからバイトも入れてないし。
突貫作業で『対旋律音叉』を仕上げる必要もなくなった。
僕はフリーだ。完璧に何もない――今日に限っては。
改めて携帯で確認すると、
「四月十五日……」
収録と重なることが事前に分かってたので、始めっから諦めていたのだが……
実は、今晩も【特別な夜】が開催される日なのだ!
強引に音響監督に任じられ、不参加を余儀なくされた「あの日」以来のスペシャルデー!
収録キャンセルで生まれた「空白の日」が再び「特別な夜」と交錯する。
「運命か!」
あまりにも出来すぎた偶然は、僕のために用意された必然か?
もしかして、効いたのか?
せっせと溜め込んできた【徳】ポイントが効いたのか?
運命を管理する神様が、最高のタイミングで使ってくれたのか?
だったらサンキュー!
サンキュー神!
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
手元から発火する勢いで高速タッピング!
衝動の赴くがままスマホを操作して、チケット(足)と宿を確保する!
「思い立ったが吉日」とは、こんな時のためにある言葉だ!
「……はっ?」
今、背後に、くのいちの気配……
長押と天井の間で、スパイダーマン的に張り付く曲者の気配がした、ような……?
でも……何度振り返ってみても、対魔忍的な現代忍者など影も形もない。
「まさか……そんなの、いるわけないよね?」
……と、いうワケで大変お待たせしてしまって申し訳ない!
第三章、制作難航の末にリリース開始です。
多少なりとも、皆様の娯楽になって貰えたら、この上なく幸せ……
ちょっとでも感想でも頂けたら、天にも昇る心地……
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ひとこと頂けると、本当に有り難い……




