第三章 プロローグ - 新人声優ちゃん、悶々とする
**** 錦松雪姫の場合 ****
―― やめて! 盗らないで! ――
―― 私の大事なもの、盗らないで! ――
―― どうして、いつもいつも、私の大切なものばかり! ――
―― やめて! 盗らないで! ――
「……はっ!」
――早鐘の心臓で目が覚めた。
(また【あの夢】……)
ここ最近、見なくなっていたのに……
どんな夢だって夢ならば、自分の願いで替えてしまえる。
ハッピーエンドへの改変が可能なはず。
だって夢は夢、なのだから。
なのに、
いつまで経っても変わらない ――【特別な悪夢】。
そんな「憑き物」に、ずっと私は悩まされてきた。小さい頃からずっと。
「でも!」
布団を跳ね除けて――颯爽ウェイクアップ!
「所詮、夢は夢!」
夢は現実を侵食することなど出来ない。
この現実世界ならば、大切なものは自分で守れるもの!
私、錦松雪姫。駆け出しの新人声優!
超メジャーなソシャゲ『鬼界カルデラ ガールズコレクション』のアニメ化に際し、オリジナルキャラとして主役に抜擢された声優……
……とも言えない、まだ。
私の身分はジュニアだから。事務所預かりの、いわば「声優候補生」。
正所属を勝ち取ためには、自分が「稼げる子」だと証明しなきゃいけない。
実績を認められてこそ、私は声優に『 なれる 』。
慢心は敵、油断は罠。
だから今を!
「がんばるんば!」
壁に貼った「鬼界カルデラ」の番組告知ポスターに向けて、敬礼!
――――なにしろ今日は木曜日。夜には収録が待っている。
(監督……)
ポスターのクレジット欄、音響監督の項にテープでカバーアップされた「高橋椋丞」の名。
「今日も雪は頑張ります!」
童貞を殺す服(清潔感と無垢さに特化した、ガーリーコーディネイト)に、メイクやコロン、オーラルケアにネイルの手入れまで抜かりなし!
気合のツインテール、覚悟のリボン、リップの純真。
アイドル声優の『戦闘スタイル』は準備万端!
脚本も穴が空くほど読み込んだし、どんな解釈にも対応できるように予習もバッチリ。
あとは収録スタジオで!
五感を研ぎ澄まし、監督のディレクションに応えるだけ!
雪――貴方が望む女になります!
ぴりりりりり……ぴりりりりりりりりり……
「えっ? 今日はバラシですか?」
思いがけない電話連絡は、収録中止のお知らせ。
マネージャーではなく宮居さん(現場)から伝達されるって、よっぽど緊急だったのか。
『ゴメンね、当日連絡になっちゃって』
制作の方で何が遭ったか知らないけど……私たち、役者は、
「大丈夫です」
と受けるしかない。
「えぇぇー……」
でも、どうしてくれる、この熱情。
必勝の勝負下着で引き締めた、この身体。
どうしてくれる。
「会いたいな……」
一日千秋で待ち続けた日が――寸前でお預けなんて。
暖まってしまった心と体、持て余す。
「監督……」
長い。
長いよ、一週間。
早く来い来い木曜日……




