藤村由綺佳と吉井春宵のツインビーPARADISE! - 11
放課後は、木を隠すなら森の中作戦!
そう、僕は別に、すれ違った人が全員振り返る、タレントさんみたいな容姿の男子じゃない。
在り来たりの格好で、雑踏へ紛れれば、モブキャラオブオブキャラとして、日本人の同質性の中に埋没する。
偏執的なストーカーだって、簡単に撒いていける。
……はずだった。
だけど、そんな中でも僕の耳は、
音叉の魔術師の耳と琴線は捉えてしまう。
街の騒音に紛れた、【異質な絶叫】を。
安穏とした街の中で、ただ一人、藻掻き苦しむ我らが主人公、高橋椋丞。
だけどこのまま!
甘んじて野垂れ死ぬ主人公じゃない!
(畜生!)
「二刀流!!!!」
鞄から取り出したL字のグリップに二丁音叉! 左右に携えれば、音叉の魔術師、索敵モード!
「こっちか」
掌越しに伝わる震えを手繰り、僕は街を駆けた。
常人には聴こえない可聴範囲域ギリギリで、【僕だけ】を狙ったみたいな音源を垂れ流す。
誰が? 何のつもりでこんなこと?
どうして【そんなもの】が繁華街に響き渡っているのか?
こんな恣意的な音波を何故?
「ここか……」
繁華街から少し離れた坂の途中。二本の音叉は揃って、その建物を指し示した。
見上げれば天を突く高層ビル。下層を商業テナントやオフィスが占め、上層はマンションとして利用されている複合型施設。
(こんなところから?)
阿鼻叫喚の慟哭が生まれている……?
(とはいえ……)
今更、引き返すなんて出来ないぞ。
だって僕は聴いてしまっているのだから。
【怨嗟でのたうち回る、苦悶の声】を。尋常ならざる【悲鳴】の周波数を、それも複数の!
(もし、もしもこの【音】が……本当に凶悪事件(想像通り)の現場なら……)
通報しなくては!
ヒーローの真似事など無理でも――見て見ぬふりなど許されない!
裏口へ周って、目標(高層ビル)への侵入を試みる。
「…………」
通用口には施錠などされておらず、拍子抜けするほど簡単に中へ踏み込めた。
慎重に辺りを覗いながらバックヤードを進むも……人の気配は皆無で。
薄っすらと、街の環境音が漏れ聞こえてくるだけ。
華やかなテナントとは対照的に、裏側は静寂に占められている。
普通の人の耳なら、そう感じるはず。
だけど僕は音叉の魔術師 [ strings polygrapher ] なので――――
「うっ!」
心臓が止まるかと思った。
ひときわ強烈な【 悲鳴 】の周波数が僕の琴線を、ガツン! と震わす。
「早く……早く止めなくちゃ……」
音叉の魔術師の鋭敏な感覚器には、致死性を帯びた毒波と言ってもいい。
こんなの浴び続けたら、心臓がいくつあっても足りない!
「ここか……」
工事現場のハンドブレーカー並みに暴れる音叉――原因は、この扉の向こう側。
曰く有りげなスチール扉の先に何があるのか?
人の感情を逆撫でする、狂気の叫び。ズキンズキンと偏頭痛みたいに障ってくる……
その正体が、この扉の奥にある。
「よし……」
僕は意を決して、レバータイプのドアノブを回した。
「えっ?」
巨大な空間がポッカリと――――地下を抉ってた。
僕は観客。
武道館なら三階席からアリーナを、国技館なら椅子席から土俵を見下ろすような位置に、その扉は繋がっていた。
「これは……」
だけど違う。
階下に広がるのはロックコンサートの舞台でも、大相撲の土俵でもなく、
「……なんだこれ?」
パーテーションに区切られた半個室で、机と向き合う人々。それが何区画もズラリと。
漫画喫茶を上から見下ろしたような景色、とでも言うべきか?
かといって、漫画喫茶でもない。
ドリンクバーのストローを咥えながら安楽な椅子に踏ん反り返っている人など、一人もいない。
各人、悲壮な表情で鉛筆を握って……受験生用の学習スペース?
違うな。
年齢層が上へ寄っている。現役生のピチピチ感など皆無。
いい歳した大人の集合だよ。数十人単位の大人たちが、中には頭髪の寂しくなった人まで。
では何だ?
真っ当な社会人なら、まだ大半がスーツ姿で勤労に勤しんでいる時間だぞ?
この地下階の人たちは、カジュアルな服装で……皆、青色吐息。マンガ表現なら、額に縦筋を描き込まれそうな表情で己の机に向かっている。
「何だ? 何の集団だ? これ?」
耐え難き怨嗟の音、その発生源は彼らであることは間違いないが……なんだこの光景は?
「ようこそ、高橋椋丞くん」
不意に呼ばれた自分の名に、視線を上げれば、
階下を見下ろす【見学通路】の先に――怪しげなライオンマスクの紳士が立っていた。
(どうして!?!?)
どうして奴は僕の名を知っている?
僕は招かれた客ではないのに?
「私は製作委員会の者」
「あ……あの……えっと…………その……」
普段なら、一見さん相手にも流暢なトークを繰り広げる腕利き修理屋なのに、自分でもキモいくらいのキョドり対応。
だって仕方ないじゃないか!
こんな状況に追い込まれれば誰だって!
「驚いたかね?」
表情が読めないライオンマスク、老獪な賢者の口ぶりで尋ねてくる。
【 不快 】の音源(下層階)を指しながら。
「なんなんですか、これ?」
「おや? ヲタクなら、むしろ見覚えある光景じゃないか?」
僕を馬鹿にしているのか皮肉っているのか、マスク越しじゃ読み取れない。
「よく見てみなさい、ミスター高橋」
怪紳士を警戒しながら「謎の漫画喫茶区割り」を再び観察すれば……
(あれっ?)
机に向かう下層の人たちは「普通じゃない」動きをしていた。
普通のデスクワークでは見られない、特徴的な……彼らは光る机の上で紙をクルクル回して、線を引いている。
「絵を描いてる?」
時折、紙を何枚か重ねて、ペラペラ差分けを確認する行為――見覚えがある。
あっちの席は、取り込んだ原画に着色する人、
その向こうは3D、反対側は背景担当……
「……アニメスタジオ?」
掘り下げられた地下にアニメ制作工程の機器と人材が集められてる?
「にしたって……」
どうしてこんな構造に?
「これじゃ、まるで人間動物園じゃないか……」
【天井がない地下室】とか、作業してる人だって落ち着かないでしょ?
他の用途向けに作られたフロアを居抜きしたんだろうか?
「惜しいなミスター高橋」
「惜しい?」
「見られている……ではなく【監視されている】の方が正しい」
僕の傍まで歩み寄ってきた怪紳士、不穏なワードを口走る。
「ミスター高橋(君)もヲタクなら知っているだろう?」
「何を……ですか?」
「世界は――――売れないアニメで満たされている」
何を言い出すんだ?
この怪仮面、突然何を?




