藤村由綺佳と吉井春宵のツインビーPARADISE! - 10
背に腹は代えられぬ。
来るなと言っても寄ってくる、ゾンビ的な、イナゴ的な女子たち、
スターダムへ伸し上がるためのコネクションを鵜の目鷹の目で狙う、声優予備軍女子たちをどうにかするため、
二人の声優さんを「雇った」我らが主人公こと、高橋椋丞くん。
マイペースお姉さんに振り回されつつも、今度こそ、今度こそ安穏とした日常が戻ってくるのか?
その顛末は、約2000文字後……
翌日。
「四十秒で支度しな! 出来なかったら、ここで、発声練習するぞぉー!」
僕が贈った指輪の二人が、インターホンのカメラ越しに迫ってくる。
律儀にも契約発効の翌日から、僕の自宅前に声優参上。
二人揃ってモーニングコールならぬモーニング同伴出勤のお誘い!
「あめんぼあかいな……」
「うきもにこえびも……」
朝っぱらから声優の発声練習とか、近所迷惑にも程がある!
「取り敢えず入って下さい!」
「椋丞くーん、昨日の『少子化克服エンジェル ゆにばぁさりぃ』録ってる? あたし出てるの」
「はいはい。由綺佳さんリモコン、操作、分かります?」
外で騒がれるくらいなら部屋でオンエアチェックでもしてて貰った方がマシだ!
「ここで録画リストを選んで、再生はコレ……」
なんですか由綺佳さん、その『ウチのと違うから分かんね』って顔は?
もう全部、お前がやってくれと言わんばかりの、愛玩犬みたいな表情は?
だめですよ僕は登校の準備が!
ほらココ座って、みたいにソファを開けてても座りませんよ!
「いい加減、年下に甘えるのは止して……アアッー! 春宵さーん!」
「なつかしい~、これ私のキャラだよぅ」
勝手に僕のフィギュア陳列棚を弄くり回さないで下さい!
「演ってあげようか……生アフレコ?」
いやいやいや!
本人にそんなことやられたら、また脳がショートしてしまいます。
脳の回路が焼き切れて登校どころじゃなくなっちゃいます!
キキキキキキーッ!
派手なスキール音で校門の真ん前に止まる、赤のミニクーパー。
「とうちゃ~く♪」
何も、校門へ直付けしなくても!
もっと目立たない場所で降ろして下さい、由綺佳さん!
「いいのいいの。目立った方が」
「目立つのが仕事なの、偽装恋人は」
「でも!」
「朝からそんなにカリカリしてちゃ声帯に悪いよ? おっぱい揉む?」
とか訊く前から僕の掌を自分の胸に押し当ててますけど! 春宵さん????
「「いってらっしゃ~い」」
嵐だ。
校門前を声優暴風が駆け抜けてった……
遠ざかっていくBMWミニのテールに、登校中の生徒全員が呆気に取られてた。
「いい度胸だな、高橋椋丞?」
ウエスタン映画の保安官の笑みを浮かべ、生活指導教師が僕の肩を叩く。竹刀を鳴らしながら。
「姉です!」
「あ? 確か貴様の家族構成は……」
「従姉妹です!」
『【速報】エロ動画先生、遂に実写進出!』
朝のHR前には、新聞部の速報メールが全校生徒の携帯へ行き渡っていた。
『エロ動画先生、本当にエロの伝道師だった!』
ランチタイムともなれば、写真入りの号外が校内中に張り出され……
『朝から二人!? 性獣の面目躍如!』
『超高校級のセックスマスターは如何にして産まれたのか? オナ中女子の独占証言!』
『先日の偽女子学生大量発生事件も、エロ動画先生絡み? いよいよ学校側も問題視か?』
なに?
なにこれ?
僕、釈明会見でも開いた方が良いの?
売り文句通り、由綺佳さんと春宵さんの「効き目」は抜群。
あれくらい押しの強い「恋人」が傍に侍ってたら、虎視眈々ストーカーも二の足を踏む。
小道具(指輪)も思った以上に効いてるみたいだし。
だけど由綺佳さんと春宵さんはパートタイマー。
なにせ二人とも現役の声優さんだからね。
『鬼界カルデラ ガールズコレクション』のキャストみたい、誰もが知る超人気声優とはいえないにしても、コンスタントにお仕事が入る。そして仕事柄、不定期で突発的なことも多い。
なので二人揃って「出勤」されれば、僕は丸腰。
自助努力で執拗ストーカーを排さねばならぬ。
「それでも……やりようはある」
放課後。
制服を駅のロッカーへと放り込み、ユニクロで一番売れている服を着て繁華街へと繰り出す。
僕の容姿は万人並。都会の雑踏に紛れてしまえば、ワンオブ不特定多数として溶け込める。
木を隠すなら森の中作戦だ。
だから楽観視していた。
晩飯のメニューを思い描きながら呑気に街を闊歩した。
今晩は孤独のグルメだな、なんて久々の自由(一人)を満喫していたのに。
「うっ!」
――――突如、襲い来る不快感!
あわや嘔吐寸前の強烈嗚咽に、思わず膝が、アスファルトに落ちる。
「!!!!」
必死に意識を保ちつつ、周囲を伺っても……
足腰をガクガクさせて体調不良を訴える人など、一人もいない。
脂汗をダラダラ流しながら嘔吐を堪える人なぞ、終ぞ見当たらず。
僕だけだ。
この大都会の繁華街、夥しい人口密度の中で、
僕だけが無様にビルの壁へ縋り付き、高山病の呼吸で息を荒くしている。
(何? これは?)
概して、人は聴覚に鈍感だ。
いや、鈍感でも許される。
銃弾飛び交う戦場や、獣の襲撃に怯えるサバンナ、ジャングルみたいな環境ならまだしも、
泰平の日本なら、敢えて視覚以外の感覚器を鋭敏に構える「必要がない」。
でも僕だけは。
人よりも段違いに鋭敏な周波数特定力を持つ者(音叉の魔術師)には、
(拷問か!)
発狂しない程度の不快音が心を掻き毟ってくる!
耳を塞いでも骨を伝い、僕の琴線を無理矢理震わせてくる!
「ギャー!」とも「グァァ!」とも呼べぬ、名状しがたい【咆哮】が聴こえてくる!
【 僕 だ け に ! 】




