藤村由綺佳と吉井春宵のツインビーPARADISE! - 9
もうね!
大きいんです!
声が!
「私が、君の恋人のフリをしてあげる」という“密談”が密談になってない。
防音完備のカラオケルームなのに、外にダダ漏れですよ!
我らが主人公、高橋椋丞くんの前に現れた現代の「おしかけ女房」、藤村由綺佳さんと吉井春宵さん。
僕より年上の彼女たちなのに……なんかヌケてませんか?
年甲斐もなく浮かれポンチな彼女と彼女、
どうしたらいいんです?
こんな人たち?
「でもね、高橋くん!」
「「やっぱり必要だと思うのよ、恋人役は!」」
それは否定できない…………
もし対策を採らなければ、あのストーキング女子たちが僕の生活を蝕んで、バイトや授業もままならなくなる。
当然、僕の【大目標】も達成困難に…………それは困る!
目標を失った人生とか、生きている意味がない!
――転ばぬ先の杖は必要だ。
必要だけど…………二本も要るか?
「ここで視聴者の皆様に耳寄りなお知らせが!」
「今、ここでご契約頂けますと……なんと偽装恋人が、もうひとり!」
テレビショッピングのオマケ商法じゃないんですから……
「恋人なんて一人で充分でしょ?」
「そう?」
「かしら?」
部屋の明かりを消し、玩具っぽいミラーボールをオンにして……
押し売り声優´S、カラオケルームのミニミニステージでマイクを握る。
そして「持ち歌」を披露し始めるのです。イベント用の振り付けまで披露しつつ。
(ひょえぇ……声優さんって……)
紐の巫女には、年齢など関係なかった。
アイドル基準なら些か薹が立ってるお年頃かもしれないけれど……
ステージで唄い踊る藤村さんと吉井さんは、偶像の神々しさと少女性の妖しい美に包まれてる。
愛されるに相応しい、愛おしさに溢れているじゃないか!
この二人(ガラスの二十代)は!
(素敵だ……)
分かるぞ分かる。
ヲタク諸氏が熱狂するのも理解できるぞ。
健気さや懸命さが美しいのはティーンだけじゃない。
年齢よりも大切なものを表現できるのも声の役者さんの達人度なんだ!
フィルム(アニメーション)の中だけでなく、その外(2.5次元)でも!
「ライブハウス武道館へようこそー!」
「ようこそー!」
曲終わり、なんだかよく分かんないセルフ合いの手でヒートアップする藤村&吉井組。
「次の曲、いってみよー!」
汗だくの藤村さんが叫べば、相方がリモコンで入力する。
「――その曲は!!!!」
チープなイントロで画面へ映し出されたのは……
鳴り物入りでプロモーションされたのに、最終回後は誰も口にしなくなった曰く付きの作品!
「ミネソタ☆ガーンズ!」
あのダブルヒロインって、この二人だったのか!
「逮捕されたいかー!」
低くハスキーな春宵さんと高音が滑らかに響いていく由綺佳さんは、至高の味わい。
主役二人のマッチングは絶品だった。音響面は名作に劣らぬポテンシャルを秘めてたのに!
――許すまじ作画崩壊!
全ての悲しみは、そこにある。
ネタ化して散ってった幾多の作品たちも、あと幾許かの作画予算が降りていれば……
「まだまだいくよぉー!」
うへぁ!
今度は迷い猫オン・ザ・ラン!
続いて、アニメの語り人!
イベントチケット付きのBDだけが好成績で、猛烈に右肩下がりしていった悲しみの作品。
覇権アニメとオンエアが重なる不運で、話題にすら上らなかった作品。
権利関係(大人の事情)で普通は披露できない、豪華極まるキャラソンメドレーが狭すぎるカラオケルームで狂い咲く。
贅沢な!
なんて贅沢な!
(もう止めて……もう勘弁して……)
お金を出しても見られない『本物』の乱れ打ちで、ぼくはしぬ。
由綺佳さんと春宵さんの音波攻撃に僕はKO。
「あ……」
なんとも柔らかい感触を後頭部に感じながら目を覚ます。
見上げた視界には見知らぬ天井…………が、見えない。
天井を遮る、四つの物体。
インディペンデンス・デイの宇宙船みたいな影が左右両側から二つづつ、影を落とす。
(胸か)
おっぱいか。
下から見ると、こんなにも勇壮な立体の主張をしてくるのか……
(と、いうことは?)
僕の後頭部に四本の腿。
確かに、こうすれば平等の膝枕になるけど……なんともアクロバティックな体勢。
「久しぶりの割には踊れてたじゃん?」
僕を介抱しながら、藤村さんと吉井さんはクールダウントーク。
「体は覚えてるもんね」
「あの頃は必死だったしね……どんな仕事でも、貰ったチャンスを逃すまいって」
「若かったわ」
今でも充分お若いですけど、藤村さんも吉井さんも。年齢は存じ上げませんが若く見えます。
(でも……)
皆、駆け出しの頃はそんなものなんだな……
絶対に失敗するものか! 気張って、怖気づいて、それでも虚勢を張って。
一つ一つ、積み上げていくことで、キャリアが自信になる。
それまでは誰だって雛鳥なんだ。
怖がりで、心配性で、空元気ばかりの。
(錦松さん……)
だから誰かが支えてあげなくちゃいけないよ。
最初の一歩だけ、まずは背中を押してあげる誰かが必要なんだ。
君には資格がある、優雅に空を舞うに足る力があるのだ、と力を添えてやる。
(そのためにも!)
まず僕自身が健在で在らねば。
いつ襲われるか分からないような環境では、錦松さんの手助けどころじゃない。
「高橋くん……決心はついた?」
「はい! お願いします!」
たわわなツインピークス(×2)越しに僕は応えた。
「ならば『印』が要るね」
思い立ったが吉日! とばかりにカラオケルームを後にする、僕ら三人。街へ繰り出す。
「RPGの勇者も、王様と話が着いたら次は道具屋でしょ、ダーリン♪」
「道具屋?」
「ホビー系アニメなら、趣味の先輩と専門店へ、の流れ」
でも……藤村さんと吉井さん(二人)に僕が依頼するのは(偽装の)恋のお相手だ。
恋愛に専門店なんて存在するの?
「とうちゃく!」
と藤村さんが指し示したのは、僕にとって甚だ縁遠いお店だった。
(初めて入るぞ、こんな店…………)
どこもかしこもキラキラのショーケース。眩いばかりの宝飾品が陳列されている。
「なるべく目立つやつ選んで、お揃いだと一目で分かる」
「色違いにしましょ、三つ買うんだから」
なるほど、『印』ね。お手つきサインを着けるのか。
しかし……
「まさか人生初のリングが三竦みになるとは……」
思いもしなかったよ……そんなの。
「えっ? 初めて?」
「椋丞くん、初体験なの?」
「そりゃそうですよ」
特定の彼女とつきあうどころか、女子に告白すらしたこともないんですから。
「だったらダメよ」
「ダメ?」
「初めてのリングは『彼女に』プレゼントしなきゃ」
「私たち、そこまで外道じゃないよ?」
さーさー遠慮することなく買い給え、と僕へ勧めてくる藤村さんと吉井さん(声優二名)。
「と、仰られましても……」
自慢じゃないけど、僕には恋人などおりません。
「好きな子、いないの椋丞くん? 現役高校生なのに?」
ふと脳裏をよぎる彼女。
無垢の涙で僕を絆してきた紐の巫女(錦松雪姫)の姿が――
いやいや!
彼女は巫女。崇め奉るべき、聖なる存在。音叉の魔術師が声優をそんな目で見てはいけない。
「いるな? いるんだな? お姉さんは騙せないぞ」
「さぁ、吐き給え椋丞くん! 正直に言ってみそ?」
「いや、その……どうせ渡せないんで……」
巫女を娶れるのは神様だけなのだ。俗人は巫女を祀ることしか許されない。
「渡せないってことは……もしや?」
「「彼氏持ちの女か?」」
どうしてそうなるかな……恋愛脳独特の思考で曲解してくる吉井さんと藤村さん。
「悲しい恋してるのね椋丞くん!」
「かわいそうー! お姉さんが慰めてあげる!」
ああもう! いくら偽装恋人だからって、所構わずハグしてくるのは止めて下さい二人とも!
取り敢えず、僕はリングを(自分の分を含めて)四つ買った。というか買わされた。
音響監督のギャラも豚の貯金箱の蓄えも、宝飾店への払いに消えてしまった。
「う~ん……」
藤村さんと吉井さんへ一つづつ渡して、一つは自分が着用。すると残りが一つ……
「どうすんだ、これ……」
渡すアテもない『はじめての恋人』用の指輪とか。
浮きまくりだ。僕の人生でも、最上級のペンディング案件だよ。
持て余す……色んな意味で持て余す。




