藤村由綺佳と吉井春宵のツインビーPARADISE! - 8
我らが主人公、高橋椋丞くんに到来した突然モテモテ神聖王国。
それは、彼との性的コネクションを確立せんがための、声優の卵ちゃんたちの不純なアプローチだった。
「【 あの夜 】から世界は変わったんだ、って」
藤村由綺佳(ニセJK)の言葉に、椋丞は自覚を求められる。
既に正体バレバレの彼には、学校すらも安全地帯には成りえず……
じゃ、どうすんのよ?
そこで由綺佳から提案された偽装恋人による女避け作戦だったが……
一見、万全に見えた策も、何故か一発で見抜かれてしまい!
どうして?
僕が大根役者だから?
再開発ビルの下層階。カラオケチェーンの一室へと場所を改め、仕切り直し。
「はじめまして高橋くん。プロスペクト所属、吉井春宵です」
二十代の瑞々しさと三十代の抱擁感を併せ持つ、年齢不詳のお姉さんが自己紹介してくれた。
こっちの所属先も知っている。
新興ながら、何人かの売れっ子を輩出する中堅事務所だよ。
藤村さんの言う「商売敵」って、まさに読んで字の如く?
いやいや、待って待って。
(ほんとこの人たち、声優さんなの?)
正直、めちゃめちゃ綺麗な方ですけど? 二人とも?
声優さんって…………言っちゃ悪いけど、もっとこうチンチクリンな人が演るお仕事なのでは?
「ごめんねマイナーで。知らないよね?」
「それはいいんですけど……耳元で喋るの止めてもらえますか?」
声は正直だ。
訓練を経た人と経てない人――その差は如実に現れる。
藤村さんや吉井さんくらいの美人なら敢えてボイストレーニングする人なんていない。
そんな努力を払わなくても万人に愛される。
だから美人に限って声はガラガラ、喋りはボソボソ、酷い発声でゲンナリさせられる人ばかり。
周囲から僕が変人扱いされる、その一因でもある。
どんなに美形でも、喋りのだらしない女性はノーセンキュー、興味ゼロ。
だけどこの美人――――本物だ!
吉井春宵と名乗る彼女は、ビリビリと僕の琴線を震わせてくる。
自分の「紐」を如何に美しく響かせられるのか、その腐心が刺さってくる音だ。
紐の巫女にしか出せない妙なる調べが、僕の耳をゼロ距離で掻き回してくる!
「性感帯?」
「違います!」
貴女のような極上紐は、音叉の魔術師 [ strings polygrapher ] にとって劇薬なんです。
猫へマタタビを無限に与え続けるようなもの。
極上の快楽でも、与え過ぎたらテクノブレイク。ホルモンの過剰分泌でおかしくなる。
「うるさいのよ春宵、あんた声が」
いや、どっちもです。
左右両方バイノーラルにうるさいです……吉井さんも藤村さんも。
てか僕を挟んで右左に美女二人。同じソファに座る必然性が理解できません!
いくら狭いカラオケルームったって!
「ごめんねミスター高橋く~ん、私たち普通に喋れなくて」
さっきも凍りついてましたもんね、展望フロアが。
カップルを断罪する吉井さんの声が隅々まで響き渡り、全員が「何事か?」と背筋を正すほど。
それを可能にするのは、ナチュラルな腹式呼吸、鍛えた肺活量、決め台詞の瞬間爆発力……
声(商売道具)の基礎的ボリュームが段違い、凡人とはレベルが違う。
「声がうるさい、って苦情で引っ越しを余儀なくされた件、何回あったかしらねぇ?」
冷めた目で吉井さんを睨みつつ、思わせぶりに肩を竦める藤村さん。
「今は平気。気をつけてるから」
「春宵、あなた先月も引っ越したって聞いたわよ?」
図星の顔の吉井さん。ローティーンの女の子みたい目が泳いでる。
「どうせ連れ込んだ男と夜の発声練習してたんでしょ……」
「下衆な邪推しないでくれる由綺佳!」
僕の頭越しに喧嘩するのも止めてもらえます?
「あのぅ……吉井さんと藤村さんって、お知り合いなんですか?」
「腐れ縁よ」
「養成所時代からの」
納得。納得のトムとジェリーです。
「ところで高橋椋丞く~ん?」
「はい?」
「由綺佳より私の方が適任よ。あなたの警護(恋人役)は」
「え?」
「私、吉井春宵こそ『女避けに最適な彼女』だから」
(これが役者魂ですか!?)
親友を前にしても怯まず自分を売り込んでくる自己顕示欲!
このくらいの厚かましくないと、役者なんてやってけませんか?
「まぁまぁ、そう言えなくもないわね……」
「へ?」
あっさり引き下がるんですか? 藤村さん?
「なにしろ、収録スタジオで「石を投げれば元カレに当たる」と豪語された女だし……」
「あんただって人のこと言えないでしょ、由綺佳!」
み、醜い……
ルックスだけならモデル級の二人なのに、罵倒内容が低俗極まる……ギャップ美女×2。
しかもほぼ地声もアニメ声なので、なんというか倒錯感すごい。
絵(視覚)と音(聴覚)と話題(倫理)が不釣合い。初体験の不思議感覚……
「こんながさつな女(由綺佳)より大和撫子がいいよね? ヲタクは好きだよね?」
「いや! 男の子は腹に一物抱えてそうな女(春宵)じゃ落ち着かないよね?」
「なんですって!」
「やんのかこらぁ!」
バンッ!
「お客様???? 何か、ございましたか?」
「い………いえ、練習です練習、アフレコの……アハハハ……」
防音完備のカラオケルームなのに、店員に押し入られてしまった……声のせいで。
「もうほんと、勘弁して下さい」
これじゃ密談になってませんよ、声優さん(自分たち)の声の大きさを弁えて貰わないと……
「ごめん」
「なさい」
年下の僕に説教されるお姉さんたち……正座で反省の意を表す。
(むむむ……)
か、可愛いです。
無遠慮アグレッシヴな押しかけ女房のくせに、素直に反省して悄気げかえってる姿が、なんとも愛らしい。
男心を鷲掴む小悪魔性……これも声優さんがヲタクを魅了する要因なんだろうか?




