藤村由綺佳と吉井春宵のツインビーPARADISE! - 4
そりゃ可憐な新人声優ちゃんに「おねがい」されちゃったら、心がグラつく。
当然の話だ。
でも僕は音叉の魔術師なので、声優さんは高みの存在、尊ぶべきマイハイネスなのだ。
そんな彼女たちを指揮するなどというのは、不敬の極み。
僕は僕らしく、遠くから見守るのが筋……
なんだけれども……
なんだけれども……
葛藤する高橋椋丞、答は如何に?
しかし時は――――無情にも過ぎゆく。
訪れるべき幸運を必死に祈り続けた新人声優(錦松雪姫)だったが……
(神様……!)
彼女の願いは叶いそうもない、と時計を窺う役者たちの表情も次第に曇る。
もはや、残り時間はデッドライン。
拘束時間を鑑みれば、売れっ子役者たちには時間切れが迫る。
ここまでか。
金魚鉢(録音ブース)にも諦めムードが漂い始める。
一方、調整室では、宮居が製作に関わる各社の担当者との根回しを済ませていた。
【新体制による収録】に全員がゴーサインを出したのだ。
宮居が現場統括を任されたのは、若く性的魅力に長けていたからだけではない。
現実主義者として判断を間違わない女だからだ。
「学生一人すら呼んでこれない奴」と嘲笑されようが、自分の面子より職務の本分を優先する。
失敗を深追いせず、最大の成果見込みを採る。
だからこそ彼女が立場(現場統括)を担う。
『では二話の収録を始めますが……高橋監督がいらっしゃらないので……』
宮居(現場統括)のトークバックはモラトリアム終了のお知らせ。
プロとして【常識的な対応を採れ】よ、という現場統括(宮居)からの通告だ。
実際問題として役者風情にトップダウンを覆す力などない。
クライアントの決定には、唯々諾々と従うよりないのだ。
「がんばろ、錦松ちゃん」
武田香弥菜の優しいハグに雪姫は応えられなかった。
叶わぬ願いに涙が止まらなかった。
誰も悪くないのに思い通りにならないこと――そんな理不尽は腐るほど存在する。
彼女(雪姫)も分かってる。
だけどそれでも……涙が止まらない。
誰もがハッピーになれる最適解を知っているのに、ままならない現実に雪姫は泣いた。
泣いちゃいけない立場なのだと、分かってるのにどうしても。
『――泣いたらダメだ錦松さん、変わっちゃうよ、声』
「えっ?」
そのトークバックは製作委員会関係者の声ではなかった。
どうしても、と焦がれた彼の声だった。
『高橋です。遅れちゃって申し訳ないです。マッハで行きましょうマッハで、テスト&本番!』
「来たか修理屋!」
遅れてきた勇者に、金魚鉢の沈滞もV字回復!
「今日は負けないわよ!」
「むしろ、お前を殺す!」
待ってましたとばかりに沸騰した。
第二回も七転八倒、ハチャメチャな収録が何とか完了。
「監督、ありがとうございます……」
感極まった錦松さんが僕の胸に飛び込んできた。
ケツカッチンの先輩たちが全員退出していった後で。溌剌としたアフレコの汗も拭わぬまま。
「……どうして来てくれたんですか?」
直球の質問に答えが詰まる。
「絶対やらないって言ってたのに……」
「それは……音叉が……行くべきだって……」
錦松さん、首を傾げ、
それはつまり、音叉とは占い師の水晶玉みたいなものなんでしょうか?
神様とか精霊のお告げで、御神託を享けるホーリーアイテムですか?
……的な視線で、僕の音叉を窺ってくる。
まぁ、それでもいいよ。むしろその程度の認識で結構。
僕の音叉が感情を読む特別なシロモノだなんて知らなくても。
『律儀で健気で純粋な新人声優がスタジオで泣いている』
音叉越しに伝わってくる君の姿を、悲嘆に暮れる女の子を、
黙って見過ごすことなど出来なかった……なんて知らなくていい。
(錦松さん……)
君は、繊細すぎる。
生き馬の目を抜く業界で生き抜くには、先輩方のような豪胆さがないと、やってけない。
役者(水商売)なんてそんなもんだ。
だからもう少しだけ、彼女の背中を押してあげよう。せめてこのシリーズ(鬼界カルデラ ガールズコレクション)が終わるまでは。
大したことも出来ないかもしれないけど……彼女(錦松さん)が望むのならば。
産まれたての雛が巣立つまで、彼女を支える。
彼女の細い肩を撫でながら――僕は心に決めた。
「描き直し! どう考えても描き直し!」
「ムキィィィーッ!」
「オラ、キレちまったぜ……ちょっとアフレコのスタジオに特攻んでくるわ……」
結果、二話目も音声都合で、シーンの大幅変更が続出する事態となり。
作業が差し戻された作画スタジオでは、阿鼻叫喚の怨嗟が飛び交っているらしい。
らしい。
そんなことは僕もキャストも、知る由はない。
日に日に、やつれていく宮居さん(現場責任者)の様子で察するしか。
『では鬼界カルデラ ガールズコレクション第三回収録、張り切って行ってみましょうー!』
そんな現場統括(宮居)の心労とは反比例して、
「BDの予約絶好調! ネットの評判も鰻登り!」
「ゲームでも覇権、アニメでも覇権!」
「海外の配信サイトからも問い合わせが殺到!」
「二期、準備させときますか? ライブとか舞台化も視野に入れて……」
我が世の春を謳歌する、製作委員会。
「カッカッカッ!」
謀議の密室では【製作委員会 幹部】たちの高笑いが止まず。
「あの修理屋、思わぬ掘り出し物よ」
「さながらアニメ界のレインメーカーだな!」
「アインシュタインも元は特許局の役人よ。ひょんなところに才能は埋もれているものさ」
その才能を資本家が食い物にするのは当然の権利だ、とでも言わんばかりに。
傲慢が跋扈する【幹部】の集い、持てる者の慢心を咎める者など誰もいない。
矢鱈と金の臭いに鼻が利く紳士淑女が、欲望の社交場でほくそ笑む。
「でも彼(修理屋クン)……これからが大変よ?」
「そうかい?」
「金のなる木って何の木だか知ってる?」
「メタファーじゃないのか?」
「ええ――――ラフレシアよ」




