表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/53

君に届け、錦松雪姫のスウィートイグニッション - 11

果たして、僕(高橋椋丞)の反撃は、功を奏したのか?

百戦錬磨のプロへ、つうこんのいちげきを食らわすことができたのか?


いよいよ佳境です。

 僕は煽る。

 心を鬼にして煽っていく。言葉の追撃で彼女(武田さん)を追い込んでやる。

 この場でエンターテイナーに資するのは無名の新人声優だけだ、とでも言わんばかりに。

「出来てます? 本当に出来てますか?」

 我ながらゲスな煽りだと思うが、これも彼女(錦松雪姫ちゃん)のため。僕は悪にでもなる。

 わきまえてるさ。僕は、僕の役どころを!

「はぁ?」

 売られた喧嘩は受けて立つ。

「あったまきた!」

 遂に!

 遂に武田香弥菜トップのプライドに火の着くイグニッションがした。

「よく聴いてなさい、素人監督! プロの実力、思い知らせてやるわ!」

 こうなればしめたもの。

『自分のことを偉い人間だと思い込むようになったら終わりよ!』

 喧嘩腰の武田香弥菜、先程とは見違える勢いで声が! 腹の底から声が出る!

(違う!)

 音圧が違う!

 迫力が違う!

 たたずまいが違う!

 マイク前に陣取ったのは、手際よくスケジュールを消化することを最優先する、売れっ子声優なんかじゃない!

 声の仕事という「職人芸の世界」でトップを張る、という強烈な自負心の権化ごんげだ!

『特に理由のない暴力に襲われればいいのよ! そういう奴は!』

 プライドの高さは、負けず嫌いの証。

 どんな世界でも、トップ級は「自分が一番」、おごりの塊。

 金持ち同士は喧嘩しないが、アーティストは自己顕示しないと気が済まない。

 なので必然、武田香弥菜以外の演者も、我も我もと能力を誇りだす、ひけらかす、認知を求む。

『酷い! 私の玩具、どうして捨てちゃったのよ?』

『素敵な女性との出会いに興味ない? 今なら修正なしのお見合い写真進呈!』

『ね、どうしてあたし怒ってるか? ……分かるよね?』

 金沢さん、早瀬さん、江坂さんが示し合わせたかのようにギアを上げる。

 小さな着火イグニッションが誘爆を連鎖していく。


「「「「…………」」」」

 一変したブースの空気に、調整室の面々も呆気に取られている。

 「手加減なしの本物」は素人だって分かるんだよ。本物って、そういうもんだ。

 気の抜けた無駄話も忘れて、製作委員会勢も録音ブースに釘付けだ。

 あんたたちがネームバリューで適当に集めた人材は宝の山、

 ちゃんと尻を叩ければ、これくらいはやってくれる超一流の「紐の巫女」たちなんだぞ!


 ――って、キメ顔で一席ぶってやりたいところだけど、

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”」

 今や僕の音叉も、最強設定のマッサージチェア状態。

 錦松さんの孤軍奮闘から一転、マイク四本全てから極上の響きが音叉を刺激してくる。

 共鳴に次ぐ共鳴で、気を抜けば腿からスポーンと飛んでってしまいそうだ。

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”」

 傍から見ると、謎の痙攣に耐えるヤバい人にしか見えないかもしれないけど……

 それでも僕は座っていられるだけマシ。

「(あ”あ”あ”あ”あ”あ”)」

 女性声優さんたちは、音叉の振動に耐えながらマイク前に立たねばならないのだから。

 何とか振動を抑えようと、自分の胸を抱きしめる彼女たち。

 刺激に耐えながら蹌踉めく姿は、生理現象を我慢しているようにも見えなくもない。

 隔離された部屋(録音ブース)でなかったら、羞恥に逃げ出したくなる格好かも。

 頬は紅潮し、額には汗を浮かべて、悶え苦しむさま。

 とても、ファンの皆様には見せられない。

 これを仕組んだ奴とか、ゴッソリと『徳』ポイントを失っている気がしないでもないが……終わったら記憶から抹消するんで見逃してもらえませんか、ねぇ神様?

『いまどき、そんな分かりやすい悪役とか、いないわよ!』

 そんな姿を晒しても、なお、私が一番上手いの! とでも言わんばかりのパフォーマンス合戦。

 聴く人の意識を巻き込むグルーヴが、ハードディスクに記憶されていく。

『負けヒロインって何よ? 滑り台って何よ?』

 プロだ、この声優さん(ヒト)たちは紛れもなくプロだ。

「(あ”あ”あ”あ”あ”あ”)」

 ――絶対にノイズを立ててはいけないアフレコスタジオ24時――

 どんな理由であっても、ノイズはNG。収録中は無音でなくてはいけない。

 それが業界、鉄の掟である。養成所の一時間目から叩き込まれたイロハのイだ。

「(あ”あ”あ”あ”あ”あ”)」

 なのに自分の演技が引き鉄となって、新たな痺れを誘引する――自縄自縛のくすぐり地獄。

『あたし…………あたしは、火力全振りで行きます!』

 それでも負けず嫌い女子たちは演技を止めない。

 入れ代わり立ち代わりマイク前、見違える勢いで役者たちが動いていく。

 ほぼほぼ即興に近い収録でも、コンフリクトすることなく機能する様、見惚れてしまいそう。

 これが百戦錬磨の実力。トップ声優さんたちの呼吸は伊達じゃない!


 が――――

 快調にマイクワークが続いていくかに思えた、その時、

「えっ?」

 突然口パクがズレた!

 合わせるべき映像には印が、ボーダーで「ここで台詞」の合図が記してあるのに……

「小松咲さん!?」

 音叉の痺れで足腰がヘロヘロの小松咲さん、マイクへ辿り着けず、

(しまったぁぁぁ!)

 ここに来て僕の音叉が足を引っ張ってしまった! 文字通り、脚を!


 息を呑む、調整室。金魚鉢アフレコブースの役者陣にも緊張が走る。

「!!!!」

 普通なら一旦止めて、やり直すべきNGテイクのはずだ。

「こりゃあかん……」

 調整室の面々は一様に、顔をしかめて首を振る。


「…………ッ!」

 だけど……それでも彼女(小松咲さん)は必死に立ち上がり、

『セクハラなんかに……負けたりしない!』

「おお……」

 関係者からも声が上がるほど、迫真の演技で彼女(小松咲さん)は演り切った。

 愛しさと切なさと心強さを秘めた、彼女キャラクターの台詞を。

(ならば!)

 僕も応えなくてはいけない。

「続けて下さい! ボーダーなんて無視していい!」

 トークバックで役者陣へアナウンスする!

(止められねぇよ!)

 杓子定規のリテイクなど無粋の極み! 一期一会の奇跡、ドブに捨ててたまるか!

「監督! それ困ります!」

 あからさまな職権乱用を見かねた宮居さん、僕を制止しようと実力行使に訴えてきた!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ