君に届け、錦松雪姫のスウィートイグニッション - 10
僕(高橋椋丞)が放つ反撃の一手!
「たったひとつの冴えたやりかた」なんてお決まりの中二ワードを気取ってみたけれど、
本当に効くの? それ?
相手は百戦錬磨の人気声優さん。
一筋縄ではいかない相手じゃないの?
細工は流々、あとは仕上げを御覧じろ!
ブルルルッ!
『援助交際してそうなキャラとか、風評被害は止めて下さい!』
「「「「…………」」」」
(――始まるぞ――――待ったなしだ!)
演者たちも気づき始めている。テストとは違う緩慢な、それでいて無視できない違和感に。
「「「「…………」」」」
原因は内側から。
ジリジリジリジリ……集中を阻害する【疼き】が体の奥から湧いてくる。間断なく、何度も。
「くっ!」
たまらず演者たちは、自らの身体を抱いて疼きを抑え込もうと図るも、
(無駄ですよ!)
『セクハラですプロデューサー!』
錦松雪姫(新人声優)の声が先輩たちへと冷水をぶっかける!
「「「「(ひゃっ!)」」」」
浴びせつけられた刺激は、相当の場数を踏んできた声優たちですら、危うく不規則発言を漏らしそうになるほどで。
職業的本能でノイズ(悲鳴)を抑えるものの……やがて、身悶えながら膝を屈していく。
バタバタ貧血を連鎖する朝礼女子みたいに。
アフレコブースに突如訪れた【異変】。
「何が起こってるんだ?」
さすがの製作委員会勢も取り乱し、右往左往し始めた。
「宮居さん…………これ止めなくていいの?」
「で、でも本番中ですし……」
(いいぞ! そのまま!)
戸惑う関係者各位を横目に、僕は錦松さんへ追撃のハンドサインを送る。
『訴えますよ! 弁護士を呼んで!』
(それそれそれ! それでいいんだ錦松さん! 容赦するな!)
演技の熱で楔を打ち込め!
傲慢に――傍若無人に――先輩たちを踏みつけていけ!
賢しらげな顔で演技を舐めてる年長者へ、思い知らせてやれ!
無知蒙昧な関係者へ目に物見せろ!
『欠員の穴を埋めるのは上司の責任です!』
効いてる効いてる!
『私…………アイドル辞めます!』
錦松さん絶好調、極上の音波が双方の部屋(金魚鉢と調整室)へと響き渡る。
(ググググッド・バイブレーションンンンン!)
それを受け止める僕の音叉は暴発寸前、
『本当の正義と人間の本質、そして感動を残すのがアイドルの使命じゃないですか!』
自信満々で演じきる錦松さん、会心のクリティカルが全ての音叉を激しく震わせる!
やっぱり錦松雪姫(彼女)は大器だ。 [ strings polygrapher ](僕)の耳に誤りはない。
「やってくれたわね……」
ほとんどの主要キャストが膝を屈する中――
息も絶え絶えの武田香弥菜、人目も憚らず自分の胸元へ手を突っ込み、
「こんなもの!」
引っ張り出す――――ネックレス。
それは先程、僕が主要キャスト全員に着用を願った【呪具】だ。
ネックストラップの先に、シンプルなU字金属片を括り付けただけの即席ネックレス。
そう。その「金属」こそがキモなのだ。
特定の周波数にだけ激しく、過敏に反応するよう設定した――音叉が正体だ。
一見ただの素朴なアクセサリにしか見えない、僕の秘密兵器。
だが実際は、 [ strings polygrapher ] (僕)の特製チューニングが施してある。
「意味――――分かりますよね? 武田香弥菜さん」
激情のままにペンダントトップを引き千切ろうとした彼女(武田香弥菜)へ僕は問いを投げる。
トークバックで音叉の「 意 味 」を問いかける。
「……………」
ガラス越しに僕を睨んでくる武田香弥菜――――彼女(トップ声優)の瞳は雄弁だった。
「……………」
唇は動かなくとも『 分かる 』と。
音叉に設定された周波数は【 何 】を震わせるのか?
それは【 快 】だ。
つまりエンターテイナーが最も奏でるべき音。
お客を喜ばせる、気持ちよく聴かせる周波数に設定してある。
特に、彼女らの上得意であるヲタク向けの、ピンポイントな高さで。
武田香弥菜の不愉快は図星だからだ。
妙なバイブを服の中に仕込まれたからじゃない。
なぜベストを尽くさないのか? という外野からの不躾なツッコミに感じる罪悪感。
それが彼女(武田香弥菜)を苛んでる。
『私だって本当はリミッターを外したい、思うがままに全力で演技したい――――だけど、後先考えたら、適当に流すのも賢明な判断よ。プロとして理性的な選択だし』
という罪悪感に向け、高橋椋丞(僕)渾身の必中攻撃は放たれた。
「『ディレクターなど居なくたって、私たちは演ってみせる』でしたね?」




