1-4-1
1-4-1 8月4日木曜日
ピポピポピー、けたたましく朝6時に目覚ましが鳴り、いつものように目が覚めるといつもと同じ2階の自分の部屋、同じベッドの上、同じパジャマだった。
今日も期待していたが、そんな上手い話は絶対にない。もちろんベッドには俺1人だった。そう、奇跡は2度起きることはない。宝くじの1等4億円は同じ人には2度は当たらないのだ。
「平助、起きたの、早く朝ごはんを食べなさい」いつものように母の声がして、続けて「ヒカリちゃんを起こしてね」ここも昨日と同じなのだが、
ヒカリと言う名を聞くと今日も生きていて良かったと感じられた。
隣の彼女の部屋をノックして今日も返事がないので「ヒカリちゃん、朝だよ」とゆっくりドアを開けるとやっぱり完全に熟睡している。
部屋に入ってかわいい寝顔でも見ながら起こしてあげたいが「ギァー」とか騒がれると母から変な誤解を免れないし、それで彼女に嫌われたらどうしよう。
でも、彼女は昨夜はあれから何時に寝たのだろうか?
もしかしたら、また何処かへ出かけたのだろうか?
いつもは何時に寝て何時に起きるのだろうか?
生活時間が俺と5、6時間ほどのズレがあるのだろうか?
結婚して一緒に生活するとこのズレは解消するのだろうか?
等々と疑問が頭をグルグル駆け始めた。いかん、俺の悪い癖だ。
気を取り戻して、1階に下りて「母さん、ヒカリちゃん今日も駄目みたいだよ」
「仕方ないわね、実家でもそうなのかしらね。今度電話して聴いておきましょう」
そして、いつものように母と2人では会話の無いままに朝ごはんを食べて母さんは仕事に出て行った。
ヒカリには黙っていたけど俺もプラネタリウムには行ったことがない。
まして高校に入ってから南以外の女の子と話すことさえ少ないのに、2人でアミューズメント施設なんか皆無だった。
それで、投影時間が何時から始まるのかスマホで調べると、夏休みはさすがに観客が多いらしく予約制になっていることを始めて知り、急いで午後の部の残り少なくなった空席に2名の予約を入れ料金などを確認した。
既に俺は午後からのヒカリとのデートのことで少し舞い上がっていたが、デートまでにはかなり時間があるので、昨夜の復習や練習でもしようかとタオルを首に巻いて昨日と同じように公園までジョギングでもと玄関を出るとちょうど朝の勉強会に向かう南にいつものように出くわした。
「おっ南、おはよう」と挨拶すると南は「おはよう」の挨拶もなしにスタスタと俺に駆け寄って来て、首筋あたりを確認し
「噛み跡はどう、あら、消えているわね、不思議ね」
「不思議ねって、だから、虫刺されって。昨日薬を塗ったから治ったんだろう」
「十字架はどうだった、それで倒したの、ちゃんと止めは刺したの」
まるでヒカリが吸血鬼で俺はそれを倒す神父にでも見えるのか恐ろしいことを訊いてくるが、そんな映画のような馬鹿なことは無視をして
「ヒカリちゃんがストラップありがとうって」
「おかしいはね、ストラップを触った手は火傷をしなかった?」
「全然、ニコニコしてたよ、でも、最悪って」
「あの娘はいったい何者なの、宇宙人? 次は聖水か銀の弾丸でもぶち込もうかしら」と物騒なことを呟いて歩いていったので、おいおい、十字架を触っただけで火傷する人って見たことないぞ、お前の方が何者かと南に訊きたくなった。
早朝から公園でどれくらい練習したのだろうかかなり汗をかいていた。
少し休憩をしようとベンチに座ると、校内一嫌な奴の宮本アラタがやって来た。
「次回大会へ向けての練習かい? 中村平助、聞いたよ葵ちゃんに、君も今年の大会に召喚されたって言うじゃないか、聞いても無意味だが、でぇ、何匹倒した?」
「小物2匹だ、凄いだろう、初参加でだぞ」
「もしかしたらスライム2匹かな、異世界の小学生でも倒せそうだな」
「それで、葵ちゃんってだれ?」
俺は、昨日ヒカリが話してくれたことはすっかり忘れてしまい、誰だろう俺の友達にそんな娘いるかなとキョトンとしていると
「あっ、ごめんごめん、今年の名前はヒカリちゃんかな。以前から葵ちゃんと呼んでいるからな、つい間違えた」とお前よりも俺の方が昔から彼女を知っていますよオーラを出してきた。
「それで、俺に何のようだ。いい加減に彼女へのストーカー行為は止めてくれないか。ヒカリちゃん困っていたぞ、お前、彼女に嫌われているのが分からないのか」と激しく罵ると
「ストーカー行為、何のことだ?
嫌われている僕が、誰に、校内一女生徒にもてる僕がか?
嘘を言うな平助、お前こそ葵ちゃんから手を引け。
彼女、お前が部屋を覗いたり、いやらしい写真を撮ると泣いていたぞ」と軽く掴み合いになったが、俺も「写真を撮る」はよく分かったが、後は何のことか分からなかった。
「そうそう、お前も勇者だったな、それでは勝負はこれでどうだ」とアラタは小さな剣を取り出し「ファイアーソード」と呼ぶとみるみる大きくなった。
「さあ、君も聖剣を出したまえ、見習い勇者君」と挑発されたので
以前ヒカリから宮本アラタには手を出してはいけないと言われたような気がしたが頭に血が上り、忠告を忘れてしまって
「ハイドロソード」とつい呼んでしまった。
「やはりハイドロソードか、懐かしいな、去年僕もその剣だったよ、でも3ヶ月で卒業したけどね。それではお手並み拝見」とファイアーソードを手にして向かってきた。
俺は、初めての聖剣対聖剣にも手が震えることなく、アラタが最初に振り下ろしたファイアーソードをハイドロソードで受け止めようと剣を出した瞬間、
「カキーン」の音と共にその衝撃で俺の手からハイドロソードは飛んで行ってしまった。
「馬鹿な、剣で受け止めただけなのに、手に力が入らない」一瞬で俺とアラタの力の差がはっきり分かった。
「まだまだ甘いな。力の差がある場合、剣は盾で防がないと、まだ、まだのようだ」とさらにファイアーソードで切りかかってきた。
このままでやられると思い、咄嗟に走り出し、逃げながら「ジュラルミント」と盾を呼び出し、アラタの次々と襲い掛かる剣の攻撃をどうにか盾で防ぎ、逃げ切ることができたかに思えた。
「どうやら盾は使えるようだな。ではこれならどうかな。ファイーヤーボーム」と叫ぶと聖剣の先から火の玉が出て、それを俺の方に投げてくる。
盾で火の玉を防ごうとしたが火の玉の勢いで盾も飛ばされて、遂に手ぶらの無防備になった。
「駄目だ、駄目だ、まともに受けてしまっては、力を逃がすようにすーっと交わさないとそうなるのだよ」
そう言うとアラタが俺につめより、かっこよく「THE END」と剣を振り下ろしたその時、一瞬早く剣の前に飛び込んだヒカリが俺をかばってアラタに切られ、俺の上にバッタリと倒れた。
俺は動かない彼女をギュウと抱きしめて「ヒカリー」と恥ずかしさなど微塵も感じずに泣きながら叫んだ。
愛する人を失いどん底に落とされた俺は泣きながら彼女の名を叫ぶしかできなかった。
そうだ、彼女の忠告を聞かずに実力も無いくせにアラタに立ち向かった俺が馬鹿だった。これは、その報いなのだ。
こんな悲しいことはもういやだ、強くなりたい、強く、もっと強くなるんだと誓った。
すると、動かないはずの抱きしめているヒカリの体がモゾモゾと動き出した。
「あぁ痛い痛い、大丈夫よ。あの聖剣も参加賞のおもちゃだから人は切れないようになっているのよ。あら、平ちゃんには言わなかったかしら、この話」と頭を摩りながら、泣きじゃくる俺を見てキョトンとして
「それで、あんた、何で泣いているの」
体から魂が抜けそうになっていた俺は泣いている姿を彼女に見られるのはマズイと
「昔飼っていた子犬が死んだことを急に思い出してね、これじゃ駄目かな」
「それじゃ30点、子猫なら50点だったのに」と冗談を言って笑っていたので
「じゃーあの火の玉は?」
「あれは、綿菓子みたいなものよ」と横に落ちていたファイアーボムをギュウと握りつぶしてしまった。
「それで、いつまで私を抱きしめているのよ、泣き虫勇者様」と注意をされたが
「もう少しいいかな、おれはいつまででもいいよ」とマジ顔で答えると
「この変態、どスケベ」と罵られたが、それでも止めなかったのでの1発頭を殴られた。こちらの方がアラタの攻撃よりも痛かった。でも、ヒカリが無事でよかったと思った。
俺とヒカリのいちゃつきを一部始終見ていたアラタは、
「おぉ、熱い熱い、硬派で名が通る中村平助が女の子に殴られ、泣きべそかいているなんて、学園の大ニュースだな。これは皆に教えてあげないと、これから楽しくなるなぁ」自分がやったことは謝りもせずに、俺とヒカリを冷やかしながら帰って行った。
「おいこら、順番が逆だろうが、泣いてから、殴られただ」と俺は強く否定したが
「でぇ、学校では平ちゃんは硬派なの」と彼女が俺の顔を覗き込み訊くので、
「まぁ、その件はCMの後で」とその場を濁そうとしたが
「CMを挟まずに白状するのよ」とまた1発頭を殴られたが、今度は全然痛くはなかった。
その後、彼女が「ここが痛い、たんこぶできた。もうお嫁にいけない」とか、俺が「ほら、摩ってやるから」とか、いちゃつきながら2人で仲良く家に帰る途中、アラタのストーカーの件を彼女に訊いたが
「そんなこと、平ちゃんに言ったかな。平ちゃんの誤解よ」とかわいい顔で答えるので、既に彼女の魅力に完全に嵌っている俺は
「あぁ、俺の聞き違い、誤解だな。ごめん、ごめん」と一言も反論もせずに謝った。