「男女比維持法」についての補足説明
男女比の著しい偏りというこの未曾有の非常事態に対処するため、婚姻に関するシステムを大幅に変更する。この法律は日本国の維持のために必要なものであり、国民全員が協力しなければならない――そんな声によって制定されたのが「男女比維持法」とその関連法案だった。
この法案群のもっとも特徴的な点は、「高校教育を義務化し、将来的な婚姻を促進する場とする」というものだった。
具体的には、
・男子も女子もは婚約相手を探すことを高校生活の第一の目的とする。
・一つの高校の生徒数は男子10人、女子は500人前後とする。
・男子は1学期ごとに学校を変更する。ただし、本人の意向により変更しないこともできる。
・1学期の間にすべての男子と女子が接点を持てるよう、出会いのためのイベント――通称『パーティー』を学校が主体となって開催することを義務化する。
・男女は婚約が決まった時点で、それぞれ「婚約届」を提出する。高校3年の12月末までに7枚以上提出しなかった男子、また22歳の誕生日までに提出できなかった女子は、「婚姻庁」によるお見合いへの参加が義務となる。
これらが法案の高校改革の大きな柱である。
女子たちは大学卒業まで猶予があるとはいえ、実質的な出会いの場は高校に限られているので、高1の1学期から高3の2学期までに出会う80人が婚約の候補となる。「婚姻庁」によるお見合いは実質的に売れ残り同士で結婚相手を決定されるものであるため、女子はこの80人とどうにかして接点を持ち、連絡先を交換し、デートに漕ぎつけようとする。本来は禁止されているが、婚約を勝ち取るための金銭のやりとりや、身体を売り渡すような行為まで横行している。
一方で男子は気楽なものである。7枚というハードルはかなり低く、何もしなくても向こうから女子が寄ってきて、自分に取り入ろうとするどころか自身のすべてを惜しげもなく差し出す女子さえいる。そして7枚の婚姻届けさえ提出すれば、それ以降は彼女たちを自由にできる。彼女らに養ってもらう立場となる、また家政の面でサポートする、などの制約はあるが、基本的にはやりたい放題、王様扱いなのだ。
通常、1年生の間に男子はすでに1500人の女子からよりどりみどりで選ぶことができる。もちろん容姿のいいごく一部の女子は男子同士で取り合われることがあるが、基本的に女子に不自由することはないのだ。だから、彼らはたいてい1年生の間に10人か、多ければ30人の「婚約」を確保する。
しかし問題児というのはどこにでもいるものである。
県立柳原高校の紫藤実秋は1年生が終わってもいまだ1枚の婚約届も提出していなかった。教師たちは当初彼が女子の選り好みをしており、この学校に婚約したいと思える女子がいないだけだ、と高をくくっていたが、彼は柳原高校から転校するチャンスを2回とも拒否した。そしてパーティーもすべて欠席、彼のためだけに教師たちが企画したイベントもすべて欠席し、女子と出会うチャンスをすべてふいにしていた。
どうして誰とも婚約しようとしないのか、と教師たちは彼に尋ね、次第にそれは懇願する調子を帯びていった。しかし彼は「気に入った女子がいないからですよ」などという答えを不真面目な態度で返すだけで、彼の行動の理由を誰も知ることができなかった。
こうして柳原高校に居座り続ける実秋は、国からノルマを課されている教師たち、そして彼のせいで男子と出会うチャンスが減った柳原高校の女子たちのほとんどから反感を買う存在となっていたのだった。