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黒点の上に立つ  作者: ああああ
日暮夕陽
15/18

日暮夕陽-8

ブックマークや評価、感想などありがとうございます。どれも励みになっています。


金曜日のぶんまでは予約投稿を済ませてあります。毎日19時に更新です。


柳原高校では、「パーティー」は講堂を使って行われる。「パーティー」以外には修学旅行の前などの学年単位での説明会くらいにしか使われないので、1年のほとんどの間は「パーティー」用に内装がしつらえられたままだ。


夕陽と美乃莉は今日掃除当番で舞花たちは2人を待っていたため、4人が講堂に入ったときにはすでにたくさんの生徒がそこにいた。緊張と高ぶる胸の鼓動を抑えていた夕陽を出迎えたのは、まさしく「パーティー」の名にたがわぬ数々の飾りつけ――華やかなカーテンやガーランド、雪のように真っ白なテーブルクロスのかけられたテーブルなど――だった。よく見るとテーブルはふだん使っている長机だが、その上の小洒落た盛り付けの軽食やお菓子のおかげで、非日常感が醸し出されている。


周りを見渡すと、制服の女子より私服の女子の方が多かった。「パーティー」では装いが自由なので、この日だけは私服を持参してもよいことになっている。夕陽は制服のままだったが、美乃莉などは花柄のワンピースとフリル付きのスカートを身に着け、自らのカワイさを最大限に演出している。わたしも私服を持ってくればよかったかな、と夕陽は今朝の決断をちょっと後悔した。


講堂にはまだ女子しかいない。男子は後から全員で同時に入ってくるのだと事前に聞かされていた。それまで何をしていればいいのか分からずに、夕陽は困ってしまった。



「ゆうゆ、緊張してるの? 固まってるけど」


「うん……って薫ちゃん、もう食べてる! まだ始まってないのに!?」


「いやー、そろそろおやつにはちょうどいい時間じゃん? それにあたしは緊張してないしね。もう決まってるから」


「あなたね……。それは参加者のためのものなのだから、それ以上はやめなさいね」


「ええっ? そりゃないよ、舞花!」



ちなみに薫は友人のことを基本的にあだ名で呼ぶが、舞花のことだけはそのまま名前で呼ぶ。これは舞花がそう希望したのと、薫がいいあだ名を思いつかなかったからである。


と、そこで周囲がにわかにざわめきだす。後ろを振り向くと、教師がぞろぞろと入り口からやってきた。続いて男子たちが1列で入ってくる。


男子は全員ぱりっとしたタキシード姿で、髪も眉毛もばっちり整えている。最後尾の男子が入ってくると、きゃあー、といううれしそうな悲鳴が上がった。夕陽がそちらを見ると、他の男子よりも頭一つぶん身長が高く、脚長で顔立ちも整った男子がいた。


隣の美乃莉がなぜか少し自慢げに夕陽にささやいてくる。



(あれが星野泰樹。今学期の男子で一番イケてるからみんな狙ってるよ。カッコいいでしょ?)


(へえー……)



あれは確か、昼休みの最初に舞花が見せてきたページに載っていた男子だと夕陽は気づいた。昼休み中に男子の情報については一通り叩き込まれたのでなんとなくは覚えているが、いっぺんに9人について解説されたので、夕陽の頭には料理の情報しか残っていなかった(将来の家事の担当は男性なので、男子はみんな料理や掃除について書いている)。たしか、彼はイタリアンが得意と書いていた気がする。


年配の教頭(もちろん女性だ)がマイクを持って簡単な挨拶と説明をした後、「それでは、『パーティー』を始めます」という宣言がされた。それと同時に、それまで周りを見渡していた男子が思い思いの方向へ歩いていく。男子にも事前に名簿が配られたらしいから、もう誰に話しかけるか決めているらしいということは舞花から聞いていた。夕陽はそわそわしていたが、どうやら最初に自分のもとへは来ないことがわかり、少し緊張の糸がほどけた。





それからは4人でお菓子をつまみながら雑談をしていた。舞花と薫が言うには、おそらく前回彼女たちに声をかけてきた男子がまた来るはずだからそれを待てばいい、ということだった。暫くして、夕陽は後ろから誰かが近づいてくることに気づいた。


振り向くと、それはあの美乃莉が言っていた星野泰樹だった。近くで見るとさっきよりも背の高さが間近で分かる。背の低い夕陽はかなり見上げるように首を曲げなければならなかった。



「泰樹! 」



美乃莉がそう声をかけ、星野の方へ寄っていった。星野も美乃莉に気安い感じで応じている。美乃莉は『親睦会』で星野に声をかけられたのだろうか、一番人気の男子ともう気安い仲だなんてすごいな、と夕陽は思った。


すると、星野がすぐ近くにいた夕陽たち3人を見て、その視線がぴたりと止まる。



(わたしを見てる……?)



それは勘違いではなかった。星野は美乃莉のもとを離れてこちらへやってくる。あ、待ってよ、という美乃莉の声が聞こえた。


そして星野は夕陽の目の前で立ち止まった。顔には微笑がたたえられている。



「はじめまして。俺は星野泰樹。きみ、前回いなかったよね。名前を聞いてもいいかな?」


「えっ、あっ……日暮です。日暮夕陽、といいます」


「そっか。夕陽ちゃん、って呼んでもいい?」


「えっ、あの、そのぅ……」



夕陽はあまりにも急に星野が距離を詰めようとしてきて、びっくりして受け答えができなくなってしまう。薫と舞花も困惑気味だ。そこで夕陽は気づく。



(この人、私の眼じゃなくて、胸を見てる……)



身長差のせいで自然と星野は夕陽を見下ろす形になっていたが、夕陽とは視線が合わず、それよりも少し下を見ている。


それに気づいたとき、それまで何とも思わなかった星野の笑みが急に張りつけられた仮面のものであるように思えてしまった。そして何故だか喉の奥が閉まり、怖くて声を発せなくなる。


夕陽が口をつぐんでしまったために、会話が途切れてしまう。と、そこで美乃莉が焦りを浮かべた表情でふたりの間に割って入ってきた。



「ゆうひはうちの友達なんだ。先週は風邪で休んだの」


「へえ、美乃莉にこんなかわいい友達がいたなんてね。紹介してくれよな」


「うちもそうしたかったんだけどね。ここに入ってからできたからさー、本当に最近で」


「そうなんだ。美乃莉も友達ができてよかったな」



その会話を聞いていると、なぜだか夕陽の身体はますますすくんでしまう。なんでだろう? 夕陽自身にも理由は分からない。ふたりとも笑顔で会話しているからだ。けれど、星野の声には美乃莉を責めるような調子が隠れていて、美乃莉はうろたえている。それを無意識で夕陽は感じ取っていた。



「ねえ、夕陽ちゃん? 俺、夕陽ちゃんのこともっと知りたいな」



そこで舞花がちらりとこちらを見て、夕陽の様子がおかしいことに気づいた。そして助け舟を出してくれる。



「ごめんなさい、今日、夕陽は朝から風邪気味だって言っていて……。『パーティー』も欠席するかどうか迷っているほどだったの。これ以上は無理そうだから、今日はここまでにしてもらえないかしら。ね、夕陽?」



そんなこと言ってたっけ、と口に出しかけた薫を視線で黙らせ、夕陽の方を向いてそう言う。その眼つきにはいいから同意しなさい、という無言の意志が込められていて、夕陽は慌てて星野に向き直る。



「えっ、あっ、そ、そうです。わたし、調子が悪くて。ごめんなさい」



それを聞いた星野はやはり笑みを崩さなかったが、いまだに得体の知れない怖い感じは続いていた。



「そっか、残念だなー。でもまた来週の『パーティー』で会ったら絶対声かけるから! 俺のこと覚えておいてよ!」


「は、はい……」


「夕陽、行くわよ」


「あ、待ってよ、ゆうゆ! 舞花!」



舞花が夕陽の手を引いて強引に出口へと連れていき、薫がそれを追った。美乃莉は訳がわからないといった様子だが、星野が夕陽から離れたのをチャンスと見てまた星野に話しかけ始めた。どうやら彼女はここに残るようだ。


夕陽は正体の見えない悪寒が消えないまま、講堂をあとにした。





「泰樹さ、前にスカートとニーハイが好きって言ってたじゃん。だから今日、それに合わせて決めてきたんだー。ねえねえ、どう?」


「……」


「泰樹……?」



美乃莉は黙ったままの泰樹に話しかけ続けていたが、そこで様子の異変に気付いた。



「お前さ……なんで報告しないわけ?」


「あっ、ゆうひのこと? ごめん、忘れてて……」


「『忘れてた』、じゃねーよ」



驚くほど冷え切った星野の声に、美乃莉の身がすくむ。



「言ったろ? めぼしいのがいたらさっさと知らせろってさ。俺が巨乳好きだってこと知ってんだろ?」


「ご、ごめんって! ほんと! 反省してる!」



美乃莉の態度は次第に懇願するような調子を帯びてきたが、それでも星野の怒りは収まらない。周囲に聞こえないように小声で喋っているが、隠しきれない怒気を孕んでいる。



「ったく、そっちの親の()()()で俺はお前を『5番目』にしたんだからな? 『順位』、落とすぞ? あと、俺がやっぱなし、お前はムリ、って言えばそれで終わりなんだよ。立場の違い分かってんのかよ」


「ゴメン! 本当に! 何でもするから! 『降格』はやめて! やめて、ください……」



そこまで美乃莉がへりくだって、ようやく星野は怒りを鞘に収めた。



「たくっ、わかればいいんだよ。とりあえず、今夜付き合えよな」


「はい……」



()()()()。どこに、とは言わなかったが、二人の間では言わずとも意味が通じ合う言葉だった。――ホテルに行く(ヤらせろ)、という意味だ。



それだけ言うと、星野は美乃莉のもとを去っていく。美乃莉はしばらく項垂れていたが、その顔が次に上を向いたとき、目線は出口――夕陽が消えていった方向へと向かっていた。


誰もがパートナーに声をかけて口説き、アピールを仕掛けることに躍起になっている講堂で、美乃莉の表情が激しい憎悪を帯びていることに気づいたものは誰一人いなかった。



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