王様、冬の女王が閉じこもったわけを知り、謝罪する
扉の開く音で王が振り返ります。
『………賢者殿』
王が呼びかけるのと、入ってきた人物がフードを脱ぐのは、ほぼ同時でした。
フードの下から現れたのは、まだ年若い男性の顔でした。
「け、んじゃ?」
「って誰?」
ナナとパムが首を傾げます。
「私たち女王の兄の子孫です」
女王が二人に答えます。
「………え?」
「じゃ、あの人、妖精?」
「いいえ。兄は人になって、人の国の片隅で暮らし、そして亡くなりました」
「死んじゃったの!?」
「人になりましたから、寿命で。ずっと昔の話ですよ」
「そうなの?」
『ええ、そうです』
答えたのは、賢者と呼ばれた男性でした。
『お久しぶりです、陛下。そして初めまして、遠い親族たる冬の女王様』
賢者は円柱に近づき、王と冬の女王に向かって一礼します。
『賢者殿、何故ここに参られた?』
『陛下と同じかと。空が虹色に染まりましたので、様子を見に』
賢者は王と女王の双方を見ながら答えます。
『冬が終わらないこの状況に関わることと推察しましたが……お話は既に?』
「いえ、これからです。ちょうどいい時にいらっしゃいました」
王と賢者は、女王に向きなおります。
『では改めて、お聞かせ願おう、冬の女王。なにゆえ塔に籠られた』
「一人の少女が祈ったからです。冬が続くようにと」
『………何?』
『その少女は、なぜそのような祈りを?』
眉をしかめる王の横で、賢者が問います。
「少女の祈りはこうでした。『女王様、今年の冬をいつもより長くしてください。春になれば、父上が戦に行ってしまうのです』」
その瞬間。
王はギクリと身体を震わし、賢者はハッとして王をみつめました。
『………陛下?』
『…………』
王は、眉間にしわを寄せて唇を噛んでいます。
『陛下。戦の準備をされていたのですか?』
王は下を向いたまま答えません。
いえ、答えないということが、答えでしょう。
「…………」
『…………』
冬の女王が無言で王を見つめます。
賢者も無言で、王を見つめます。
『………その通りだ』
長い長い時間のあと、王は絞り出すような声で答えました。
『陛下、一体、どこに向かって戦をしようとしていたのです?』
賢者の問いに、王は低くため息をつくばかり。
「賢者殿」
答えたのは冬の女王でした。
「王が攻め込もうとしていたのはあなたの住む山です」
『え………』
目を丸くする賢者の横で、王は気まずげに視線をそらせます。
「賢者の住む山は、王の支配を受けない。それは、初代賢者である私たちの兄との約束。でも、あれから長い年月が経ちました。約束に期限はありませんが、王は、もういいと思われたようです。というより、自分の国の中に、自分の支配が及ばない土地があるのを嫌ったのでしょう」
王は下を向いたままです。
女王はさらに語ります。
「王は、雪解けと共に山へ攻め込み、賢者殿、あなたを配下におこうと密かに準備を進めていたのです。いえ、本当に武力を用いるつもりはなかったと思います。軍勢をひいていけば、戦を厭うあなたのこと、自ら山を下りるか、支配下に入ることを選ぶだろうとふんでいた………。そうですね、王」
王は下を向いたまま答えません。
『……陛下、女王の言葉は真実でしょうか?』
王は、ひときわ大きなため息をつきました。
そして、顔をあげると、言いました。
『ああ、その通りだ。そこまでばれているとはな』
『陛下………』
『賢者殿、女王、私が悪かった。謝罪する。戦はしない。山へは向かわぬ。だからどうか、季節を廻らせてはくれないか』
「お約束いただけるならすぐにでも」
『……ありがとう』
王は、深々と頭を下げました。
『陛下』
頭を下げる王に、賢者が声をかけます。
『私も以前から考えていました。自分は土地を治めるのには向いていないと』
『え?』
「え?」
賢者の言葉に、王はびっくりして頭をあげ、女王も目を丸くします。
『両親が先祖と共に眠る墓を守っていただけるなら、あの山は陛下にお返ししましょう』
『……何……?』
「いいのですか、それで?」
『ええ。実は、ずいぶん前から思っていたのですよ。旅に出たいなあって』
『旅?』
『知らない場所、知らない土地、知らない国。色んな所へ行ってみたいと、ずっと願っていたのです』
『賢者殿………』
王はしばらく答えられませんでした。
あまりに都合が良すぎる、と思ったのです。
ですが賢者の顔を見て。
知らない土地への想いを語る瞳がキラキラしているのを見て。
それが事実であることを知りました。
『ふ……はは………』
王は嗤いました。
自分自身を嗤いました。
自分の浅はかな考えを嗤いました。
『やれやれ……私はとんだ愚か者だったようだ』
ひとしきり笑うと、王は深くため息をつき、賢者に右手を差し出しました。
『私は大変な過ちを犯すところであった。戦の準備よりも先に、そなたと話すべきであった。本当に……すまなかった』
『謝るべき相手は私ではなく国民では?』
『ああ、その通りだ。後で皆に全てを話そう。全て私が悪かったのだと』
賢者はニッコリ笑って、王の差し出した右手をとります。
『若輩者の戯言と聞き流していただいて構いませんが……。過ちを犯さない人はいません。大事なのは、それにどう対応するかです。そこから何を学ぶかです。少なくとも、私はそう思っています』
『……戯言なものか。まったく、その通りだ』
二人は、固く握手しました。
冬の女王も、それを見て安心したように微笑みました。
その脇で、ナナとパムも顔を見合わせて笑いました。




