プロローグ
むかしむかし。
人の世には「季節」というものがありませんでした。
うだるような暑い日の翌日に大雪が降ったり、穏やかな陽気だと昼寝をしていたら皮膚の焼ける痛みで目が覚めたり。
作物はうまく育たず、家畜は痩せ、魚もほとんど取れない日々、人々は食物を求めて奔走していました。
そんなある日。
一人の若者が王様のところへやってきました。
若者は王様に言いました。
妖精の国に、4人の姫がいます。
麗らかな一の姫。金色の髪に緑色の瞳。
華やかな二の姫。茶色の髪に青色の瞳。
穏やかな三の姫。赤色の髪に茶色の瞳。
涼やかな四の姫。銀色の髪に黒色の瞳。
4人の力を借りることができれば、人の世に「季節」が産まれます。
さすれば気候は安定し、作物は育ち、家畜は太り、人々は食物を手にすることが今よりずっと楽になります。
それを聞いた王は身を乗り出します。
どうすれば4人の姫君の力を借りられるのか。
青年は答えます。
塔を作ってください。私の言う通りに。
そこに姫をお招きするのです。
一人ずつ順番に、3ヶ月ずつ。
姫は来てくれるだろうか。
無論、対価が必要です。
対価とは?
人の祈り。人の信じる心。
それが対価となるのか?
妖精は、人の赤ちゃんが最初に笑ったときに産まれます。
赤ちゃんが成長するにつれ、妖精を信じなくなると、その妖精は消えてしまいます。
ですが死ぬまで妖精を信じてくれれば、その妖精は永遠の命を得ます。
著しく肉体を損傷したり、当人が生きることに飽きたりしない限りは生き続けることができるようになるのです。
なるほど。
確かに、妖精の姫が季節を廻らせてくれるのであれば、存在を信じない者はいなくなるだろう。
我々は「季節」を手に入れ、妖精たちは永遠の命を手に入れるわけだな。
しかしそなたは何者だ? なぜそのようなことを知っている?
途端に、若者の雰囲気が変わりました。
姿形はそのままなのに、不思議な威圧感があふれ出て、その場を包みます。
我は妖精の国の王。
4人の姫は皆わが妹。
人の国の王よ、わが申し出、受けるか否か?
説明しがたい圧倒的な力に、王様はいつの間にか頷いていました。
そうして。
できあがった塔に姫たちが順番に訪れるようになりました。
人の世に「季節」が産まれ、廻り、妖精たちは永遠の命を手に入れました。
ここまでは、妖精の王の予定通りでした。
ですが、予定外のことが起こりました。
想定外と言ってもいいでしょう。
妖精の王が、人の王の娘――すなわち王女様と恋仲になってしまったのです。
妖精の王は、悩んだ末に、人の国に残ることにしました。
妖精の力も妖精の国のことも4人の妹に託して、「人」となって王女様を娶りました。
人となった妖精の王は『賢者』と呼ばれました。
なぜなら、長い年月を生きていたため、様々な『知恵』を持っていたからです。
なぜなら、妖精の力がほんの少し残っていて、『魔法』を使うことができたからです。
そういうわけで。
賢者の子孫たちは、みな、代々魔法を使えるのです。
やがて賢者は、国の片隅にある山をもらい、王女と共に暮らしました。
そういうわけで。
賢者の住む山だけは、王の支配を受けないのです。
一方、妖精の国は、4人の姫が、それぞれ女王となって、国を4つに分けました。
それぞれの国は、女王の力が満ちるため、一年中、同じ季節になりました。
麗らかな一の姫が統べる国は春。
一の姫は春の女王と呼ばれるようになりました。
華やかな二の姫が統べる国は夏。
二の姫は夏の女王と呼ばれるようになりました。
穏やかな三の姫が統べる国は秋。
三の姫は秋の女王と呼ばれるようになりました。
涼やかな四の姫が統べる国は冬。
四の姫は冬の女王と呼ばれるようになりました。
そうして長い長い年月が流れました。
人の国の王も、賢者となった元妖精の王も、寿命で亡くなり、その子や孫の世代になりました。
ですが女王たちは変わらず、季節を廻らせます。
人々は女王の住む塔で祈りをささげます。
そうして、いつしか季節が廻るのが当たり前となった頃。
事件が起きました。
冬が終わらなくなったのです。
冬の女王が塔に入ったままなのです。
困った王様はお触れを出しました。
冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。
ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
季節を廻らせることを妨げてはならない。
結論から言うと。
無事、季節は廻るようになりました。
何故冬の女王様は塔を離れなかったのか。
どうやって季節が再び廻ったのか。
これは、そういうお話です。
それでは物語を始めることにいたしましょう――