8・あたしのシナリオは矛盾があった模様です
館に帰り、アルラがリィの為に部屋や身の回りのものを調達してくれている間に、エーディがあたしの傍にやって来た。
「姫、先ほどは言いそびれてしまいましたが、傷を癒して頂き誠にありがとうございました」
「あらそんな、私を守る為にあんな怪我をさせてしまったのだもの、お礼なんて」
「いえ、見かけほど深い傷でもなかったのです。短剣の角度を見て腕の筋肉を締めていましたから。出血も大してありませんでしたでしょう?」
……そう言えば、あれだけ深く刺さっていた割には、大出血という訳でもなかった。咄嗟に筋肉を引き締めて、大きな血管や神経を守ったって事か。さすがあたしの騎士。国一番の名は伊達じゃないな。細面でそんなに強そうにも見えない、むしろ王宮で警護される王子様の方が似合ってそうなのに、いかにも腕力ありそうなマッチョのアルベルトと何故か立場が逆で、でも王族の血もひいていて……。
あたしはぽーっとエーディの顔を見つめていた。何しろあたしの煩悩のすべてをつぎ込んだ顔だ。いくら見ても見飽きることはない。……だけど、無意識のうちに見すぎてしまっていたようだ。
「ひ、姫……? わたしの顔に何かついてますか?」
「あう……い、いや何でもないわ」
いかん、また清楚なユーリッカでなく由理香の地が出てしまった。わ、話題を変えなくては!
「そう言えば、私の方こそありがとうを言わなければ。リィのこと……我儘を聞いてくれてありがとう。護衛のあなたにとっては面倒事でしかないのに」
「礼などとんでもございません。ユーリッカ様のお心の広さにわたしは感銘を受けました。あの少年を引き取って教育してやろうなどと。わたしも助力いたします。あれが姫のお役に立てるような人間になるよう」
エーディは本当に感動したらしく、碧い眼をキラキラさせてあたしを見つめてくる。あれ、もしかしてここ、好感度上がるとこだっけ? いやそんな設定はしてない筈だ。昨日より一歩近くなってる気がするのはきっと気のせいだね。
「忙しいあなたがそんな事まで……ありがとう。あなたがあの子を殺さないでいてくれただけで、私にとっては充分嬉しい事だったわ」
これは心からの気持ちだ。あたしが止めに入らなければ、リィは今頃死体になっていた。丸く収められて本当に良かったと思う。
……が。何故かあたしのこの台詞を聞いたエーディは微妙な顔つきになった。あれ? シナリオだと、エーディは微笑んで「姫の仰る事ですから。本来なら、大事な姫の御身を害そうとする者は誰であれ、その場で死罪にすべきではあったのですが」とか何とか言ってくる筈なんだけどな。
「姫……わたしは最初からあの子どもを斬る気はありませんでした」
「えっ??」
あたしはぽかんとする。するとエーディはますます表情を曇らせて、
「あの少年の腕では、姫に傷一つつける事など出来よう筈もない事は一目瞭然でした。ですからわたしは、手加減はせんと脅す事で、出来れば黙って下って欲しいと思ったのです。そうすれば怪我をさせずに済むし、まあ数日は牢で頭を冷やさせてから山へ追い返そうと。反省すればそれでよし、もしもまたやって来ても、このわたしがいる限り、何度来ようと同じ事ですし。それより、師匠とやらいう者の方が気になります」
「そ、そうだったの」
と返事するのが精いっぱいだった。なんで、台詞が変わってるんだ?
「わたしは無用な殺生はしたくありません。まして相手は子ども。姫は、わたしがあんな子どもを民衆の前で刃にかけるような無慈悲な男だと思われていたのですか……」
「えっ、いや、その……」
あたしは動揺を隠せない。エーディはユーリッカの為ならば我を忘れて鬼になっちゃう、行き過ぎた忠誠心を持ったキャラの筈。よく考えれば、ろくにイベントで上げてもないのに、最初っから好感度高く設定しすぎだっつの。
あたしの慌てようにエーディはますます悲しげになって、
「それに、街中であんな無力な子どもを殺したりすれば、民衆はわたしばかりでなく、姫の事をも慈悲に欠けるお方と感じてしまうかも知れません。姫が止めて下さる事はわたしは最初から計算に入れていました。少年がもう一本短剣を隠していた事と、姫があの者を引き取って教育するとまで仰った事は考えの外でしたが」
「そ、そうだったの……ごめんなさい、私……」
エーディは、あたしの評判に傷がつかないようにとまで考えてくれていたのだ。なのにあたしは、エーディが本気でリィを、全く実力で及びもしない子どもを、殺そうとした思慮のない冷たいヤツだと思ってた、って言ったも同然だった。
「姫が謝られる必要などどこにもありません。わたしの常の至らなさが原因なのですから」
そう言うとエーディは一礼してやや俯き気味に廊下の向こうへ去って行った。そんな事ない、と言わなくちゃ、という気持ちはあったけれど、いま考えなしに後を追うと、もっとまずい事を言ってしまうかも知れない、という恐れがあたしの足を止めてしまった。
ここはあたしの書いたシナリオ世界、記憶にあるシナリオ通りに振舞えばあたしの決めていた事が現実になる。そう思い込んでいたのは、間違いだったのだろうか。もしや、あたしのシナリオに似ているだけの別世界なんだろうか?
混乱しているところに、アルラが階段を上がって近づいて来た。
「眠ったわ、あの子。お風呂ってものを知らなかったみたいで、侍女たちがちょっと手こずっていたけど、寝ているところを見たら、ほんとに幼い感じがしたわね。あれで15歳だなんて、ルゥの民は食糧不足なのかしら」
「そ、そう。それは調べてみないとね」
あたしの上の空な答えにアルラは不審顔になって、
「どうしたの? エーディ様となにかあった?」
と聞いてくる。
「な、なんでエーディ?」
「だって今すれ違った時、なんだか深刻な顔をされていたから……」
「う……私、エーディを傷つけちゃったみたいで……」
この際、アルラに今のやり取りを正直に話してみる事にした。アルラはユーリッカの親友でお助けキャラなんだから、あたしの思う通りのアルラであれば、力になってくれる筈だ。
「まあ! そんな事を思ってたの?! そしてそれを悟られてしまったのね!」
話を聞いたアルラは、信じられない、という表情になる。
「あのお優しいエーディ様が、本気であんな子を殺そうとなさる筈がないじゃない! そりゃあ、もし貴女があの子に刺されでもしていたら別かも知れないけど……それでも多分エーディ様は、とりあえずあの子を捕えて法に委ね、貴女を危険に晒してしまったご自分のほうを深く責められたと思うわ。それくらい、私にだって判るわ。いつも一緒にいる貴女ならなおの事でしょうに」
「あう……」
そう言えばエーディはそんなキャラ立てでした。正義感が強く、他人を罰するより己の至らなさに目を向ける。心優しく小動物を可愛がる。もちろん子どもも。
そんなキャラが今回のイベントでリィをあっさり斬り捨てるなんていうのは、いくらユーリッカが大事であっても矛盾している。
そうか、今回のイベントの逸脱は、あたしのシナリオが元から破綻しているせいだったんだ!! なーんだ、この世界がおかしい訳じゃないんだよ。
この世界の作者のくせに大丈夫なのかあたし、というツッコミは今は考えない事にして、こんな風にあたしは自分を納得させました。