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7・哀しき美少年を受け入れる懐の深い巫女姫です


 得物も失いこちらに何のダメージも与えられなかったリィは、今度こそ茫然とへたりこむ。エーディはその腕をつかみ、簡単に少年をねじ伏せた。


「姫のご慈悲で命は助けよう。誰か、この者を牢へ」


 そう言いかけたエーディの言葉をあたしは遮った。


「待って、エーディ。この子を私に預からせて」

「は?」


 あたしは地面に倒されているリィの顔を覗き込んだ。たてがみのような金髪に、現実にはないような金色の虹彩。15歳にしても童顔だけど、普通の人とはちょっと違う……野性的なオーラが感じられる。

 実の所あたしには年下好きの趣味はないので、リィに関しては『美少年も要るかな~』って感じで考えただけのキャラで、他の攻略対象のキャラ程思い入れはなかったんだけど、こうして現実に間近で見ると、その力強い意志のこもった表情にどきんとする。殺されるかも知れないのに、この子の心は折れてない。


「ねえ、どうして私を殺したいの?」

「おまえが……魔女だからって、言っただろ」


 不貞腐れたような返事だけど、リィの方も、あたしの癒しの力を間近で見た事で心が揺れている。こんな無害そうな美少女が、本当に悪い魔女なのかと。


「私は魔女じゃないわ」

 

 心を見透かしているあたしは、畳みかけるように言う。


「嘘だ」

「嘘じゃないわ。私はただ、皆の為にほんの少し、女神の力を借りているだけよ。それも、皆の信仰の力があって出来ること」

「魔法でひとの心を操ってるだけだ。病を治したり、天候を操ったり、そんな事が出来る訳がない……って師匠が言った」

「ラムゼラの力ではそれが出来るのよ」

「……だったら……」


 リィの声が小さくなる。


「死んだ人間も生き返らせることができる?」

「……それは無理よ。ごめんなさい」

「…………。じゃあ、重病人は?」

「それなら大抵は治せるわ。その人の信仰の深さにもよるけれど」


 あたしの言葉を聞いたリィの目から、大粒の涙が零れ落ちた。


「じゃあ、ラムゼラを信仰してたら、おれの母ちゃんは死ななかったのか? 師匠は、母ちゃんが死ぬのは自然が決めた事だから仕方ないし、魔女が自然の摂理を歪めるから正しい人間は早く死ぬんだ、って言ったけど……おれは、母ちゃんに生きてて欲しかった! あの時母ちゃんを治す為なら、いくらでもラムゼラを信じたのに!」


 町の人がざわつき始める。そう、リィの動機は、お母さんの仇討ち。師匠という男に唆されて、あわよくば、と送り込まれた刺客。多分無理だろうけど、失敗したって、この子の命が奪われるだけだから、と。


「可哀相に、ルゥの民なんかに生まれちまったばっかりにね」


 なんて声が聞こえる。いじらしさに、自分で作った設定ながらもあたしまでじわっとなってしまう。


「リィ、って言ったわね? あのね、今からでも遅くはないわ」

「え?」

「あなたのお母さんを生き返らせる事は出来ない。でも、今、あなたを心配して傍にいる、あなたのお母さんの魂を、新しい何かに生まれ変わらせる事なら、出来るわ」

「母ちゃんが傍にいるのか?!」


 リィの顔がぱっと明るくなる。


「どこ、どこに?!」

「あなたには見えないわ。でも、私は感じる。あなたの事を心配して寄り添ってる魂の存在を」


 これは本当だった。ユーリッカとなったあたしは、強い思いを遺して死んだものの魂を感じる事が出来る。たとえ生前ラムゼラを信仰していなくても、この世の生命はラムゼラが作ったものだから。いま、暖かな色の小さな光がリィの傍に浮かんでいる。光は小さく歌のようなものを発していた。あたしがそのメロディを口ずさむと、リィの顔色が変わり、金色の目に涙が浮かんできた。


「母ちゃんの子守歌だ……。そうか……本当なんだな。母ちゃんがおれの傍にいるって」

「本当よ。だけど、長くは留まれないわ。いずれ魂の力を使い果たせば、お母さんの魂は消えてしまう。でもね、私の力……ラムゼラからお借りする力を使えば、お母さんを別な何かに生まれ変わらせて生き続けさせる事が出来るのよ」


 エーディ、アルラも、周囲の人々も、皆静まってあたしの話を聞いている。こんなに注目された経験なんてなかったので、あたしはとても緊張したが、話し出すと、とにかくリィを助けてあげたい、という気持ちが先に立って、これがゲーム世界のイベントである事も何もかも意識から遠のいてしまった。


「そうか……」


 そう呟いて、リィは暫く何かを考え込んでいる様子だった。


「どうしたの?」

「おれ……なんであんたを殺そうとしたんだろう……そんな事しなけりゃ、あんたはその力を使ってくれたかも知れないのに」

「リィ……」


 あたしはそっと俯いた彼の手を取った。


「そんな事関係ないわ。あなたが私を殺すのをやめてくれるならそれでいいの。ただ、私ひとりの力だけでは難しいのよ。あなたが手を貸してくれなくちゃ」

「手を貸す?」

「私だけじゃ駄目なの。あなたもラムゼラを信仰して、祈りの力を強めてくれなくては。お母さんはもう自分では祈れない。だから、代わりにあなたが」

「おれ……ラムゼラのことなんか何もわからない」

「だから、私と一緒にいらっしゃい。ラムゼラの事、教えてあげるわ」


「姫!」

「ユーリッカ!」


 背後から、エーディとアルラが同時に、呆れた、というような声をあげた。


「姫、その者は姫のお命を狙ったんですよ。なのに、お傍に置くと仰るのですか!」

「ユーリッカ、いくら何でも危ないわ。その子には私が教えてあげるから、ね?」

「いいえ」


 あたしはすっと立ち上がる。


「ラムゼラの教えを知らずに助かる命を散らせる民がいるのは、私、ラムゼラの巫女の働きが足りないからです。これは私の務めです」


 あたしの言葉に、エーディとアルラは反論の言葉をなくし、詰めかけた民からは歓声が上がる。


「すごい、なんという懐の深さ……」

「なんてお優しい……お命を狙われたというのに」

「さすがは我々の巫女姫さま!」


「本当にいいのか、ユーリッカ……ひめ」


 リィは信じられないという表情で尋ねてくる。あたしは悪戯っぽい笑顔を見せて、


「ちゃんとごめんなさいしたらね?」


 と言った。


「ご……ごめんなさい……」


 恥ずかしそうに、でも律儀にごめんなさいと小声で謝るリィの可愛さに、あたしはちょっとどきっとする。あれれ、年下趣味はない筈なんだけどな。


 ……こうしてこのイベントは二重丸で終わり、リィはあたしの館の居候になったのでした。

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