6・イケメン騎士と美少年刺客の対決です
ルゥの民、リィ……いやいや、実際に言葉にして聞かされると、あたしは自分のネーミングセンスを疑ってしまいます。こちら、名前がルゥなのかリィなのか、初見で大変紛らわしい仕様になってしまっています。ルゥもリィも好きな響きだったから、軽い気持ちで両方入れてみただけなんだけど。
「魔女だと! ラムゼラの巫女姫に対してなんという無礼な!」
「人をまやかす魔術を使う魔女だ! 滅してこの世の理を正すべき! って師匠が言ってた!」
最後の付け足し台詞はちょっとマヌケっぽいな。
エーディが立ちはだかってる間にアルラがあたしを建物の中へ引っ張り込み、
「貴女はあまり聞かされていないかも知れないし、ショックかも知れないけれど。あれはルゥの民。ラムゼラを信仰しない少数民族よ。彼らはラムゼラの恩恵を受けられないから、山の中で狩猟生活を送って、滅多にその姿を見せない筈なのに」
と、すかさず説明台詞を入れてくれる。いやいや、ユーリッカは知らなくても、作者のあたしは勿論知ってますけども。つか、最高位の巫女姫がそんな事知らないなんてちょっと不自然じゃない?
しかし、ここはもたもたせずにイベントを進めなければならない。ここであたしが止めに入らないと、リィはエーディに殺されてしまいます。って、序盤でなんで鬱展開のルートを入れるんだ、あたし。しかも、もしそっちに進めば、エーディは自分でやった癖に、何故かあたしへの好感度がマックス下がる仕組み。
だけど好感度云々よりも、現実になったこの世界で、目の前で人が殺されるのなんて勿論見たくないよ。リィも好きだし、エーディが人を殺すところも見たくない。
「なんであの子は私を殺そうとするの?」
「貴女にはショックかも知れないけど……」
いや、台本通り言ってみただけでほんとは知ってるからショック受けないし。アルラさん、間はいらないから早く次の台詞を言って下さい!
「ルゥの民は、世界は自然であるべきで神は介入すべきでない、という教えのもと、禁欲的な生活を送っているわ。だけど、中には、そもそもラムゼラの巫女姫がいなくなれば、ラムゼラも世界に手を出せなくなる、という過激な一派もあるらしいの」
「ど、どうして? ラムゼラの力は救いの力なのに」
「彼らはラムゼラを信仰しないから、貴女の力でも彼らを救う事は出来ないのよ……」
そう。女神ラムゼラの力の恩恵と、信仰の強さは比例するのだ。つまり、『信じない者は救われない』! だけど、今はそんな事を言ってる場合じゃない。
「魔女は体調を崩しているって聞いた。そんな中でふらふら遊びに出かけるって。だから、今こそが、宿願を果たす好機! って師匠に言われた!」
「私がお傍に付いていて、そなたごときが姫を害せるものか! ……いや、貴様は既に姫のお優しいお心を傷つけているな。魔女などと言い放ちお命を狙うとは!」
リィもそれなりに強いんだけれど、国一番の剣士であるエーディの大剣の前には瞬殺だ。あたしの心を傷つけた(事になっている)リィに対して怒り心頭のエーディもそれは判っていて、
「投降すれば命は助けよう。その、師匠とやらの事は喋ってもらわねばならぬが」
と情をかける。さすがあたしの騎士。それに合わせて、遠巻きに見ている町の人たちが、
「そうだチビ、お前なんかがエールディヒ様に敵う訳がねえ!」
「罰当たりめ、さっさと武器を捨てろ!」
と罵声を浴びせる。
「うるさい! ルゥの民が降参なんか出来るか!」
孤立無援のリィはやけくそになった様子で、ばっと足を踏み出し、短剣を構えて駆けてくる。体は小さいが素早く、獣のような身のこなしがリィの強みではある。
「愚か者、手加減はせんぞ! 同じような輩が湧いては困るからな。……アルラ殿、姫をもっと奥へ」
あたしに殺しの現場を見せまいと気遣う、余裕のエーディだったが、あたしは逆にアルラの手を振りほどいてエーディに近づいた。
「やめて、エーディ」
「姫? 危ない、下がっていて下さい」
「あの子を殺さないで。あの子はラムゼラの素晴らしさを知らないだけなのよ」
「しかし……」
そんな会話をしている間にも、リィは短剣をかざして飛びかかってきた! エーディの力なら、難なく斬り伏せられる筈だったけど、「殺すな」というあたしの願いを受けたエーディは短剣のみを狙って遠くにそれを弾き飛ばした。
素手になったリィは、茫然となってすぐに取り押さえられる……筈だった。
だけど何故か、リィは戦意を失っていないように感じた。その瞬間。
「姫っ!」
エーディがあたしを庇い、左腕を前に出す。その腕に、短剣が深く突き刺さっていた。狭い建物の入り口であたしが傍にいたので、剣を振り回す事はせずに、あえてエーディは自分の身体でその一撃を受けたのだ。リィは、もう一本、短剣を隠し持っていた! うそ、こんなルートはなかった筈だよ!
「エーディ、エーディ、しっかりして!」
あたしは腕から滴る血を見て思わず悲鳴を上げる。
「かすり傷です、ご心配頂かなくとも大丈夫です」
エーディはあたしを心配させまいと笑顔を見せるが、いくら鍛えた騎士でも痛くない訳がない。あたしのせいでエーディがケガを……そ、そうだ、こんな時こそ巫女姫の力だ!
「待ってて、すぐに治すわ!」
そう言ってあたしは、頭の中に自然に湧いてくるラムゼラへの祈りの言葉を呟き始める。ぱあっと光があたしの掌のなかに浮かび出て、あたしはそれをエーディの傷口へそっと近づける。すると、みるみるうちに傷口は塞がって、刺さっていた短剣はぽろりと外れてかちんと地面に落ちた。
(うわ~、本当に魔法だわ、これ!)
こんな事当たり前という表情をなんとか保ちつつも、初めて現実にその自分の力を見て、あたしはかなり衝撃を受けていた。
だがしかし。あたしよりもっと衝撃を受けているひとがいた。
「嘘だ……癒しの力なんて、まやかしの筈だ!」
最早すっかり戦意喪失した風で、リィはあたしとエーディを見つめながら立ち尽くしていた。