5・美少年が空から降ってきます
目覚めてから五日後。ようやく老医師ハーベイ先生はあたしの外出許可をくれた。一晩眠ったらすっかり元気になって、それなのに部屋に閉じ込められて病人食を啜っていたあたしは大喜びだ。勿論、その間にもエーディとアルベルトはしょっちゅう顔を出してくれて、退屈しまくっていた訳ではないんだけど。アルラもずっとついていてくれて、優しくお世話してくれたけども、やっぱ、あたしとしては外に出て、自分の作った世界を肌で感じたいじゃない? 早く他のキャラにも会いたいしね。
という訳で、エーディを護衛に連れて、街へ出かける事になりました。馬車で行くか、エーディと馬に二人乗りかという選択肢がありましたが、とりあえず全キャラと会うまでは好感度はなるべく初期値のままで、とあたしは涙を呑んで馬車を選びます。
あたしとアルラが馬車に乗って、エーディが馬で付き添う形。馬車に乗る事さえ初めてなんだから、どうしてもテンション上がっちゃう。
玄関の扉を開けると、外は初夏の日差しで眩しかった。白っぽく見える世界が、目が慣れるにつれてその輪郭を露わにしてきて……。正直、あたしはこの世界を設定する時、『よくあるヨーロッパ風ファンタジー世界』とぼんやり思ってただけで、場面描写が必要なシーン以外の事なんてろくに考えていなかったんだけど、ここには、ちゃんとした世界があった。白い砂利が敷かれた玄関前に右側から馬車が向かってくるところだったけれど、正門までのまっすぐな道には綺麗に剪定された植木が並んでいて、そよそよと風が吹いてくる。青い空、白い雲はあたしが生まれ育った世界と同じもの。パズルのピースを合わせたように、あたしの作った世界はぴったりと嵌っている。本当に現実の世界になったんだなあとあたしは改めて感動した。
「ユーリッカ。さあ馬車に乗りましょう? あなたが前から行きたがっていたお店にはもう連絡してあるわ」
とアルラが言い、エーディがぼうっとしているあたしの手をとって馬車に乗せてくれた。それにしても、明るい外で見るエーディもやっぱりイケメンだなぁ。街中という事でごく軽装らしい銀色の鎧をつけているのがとても似合ってる。
「あっ、姫、お気を付けて」
見とれていたもんだから、あたしは間抜けにも馬車の階段を踏み外しそうになる。エーディが慌ててあたしが転ばないよう支えてくれる。彼の顔がすぐ近くにある。こんなシーンあったっけ? まあいいや、得しちゃった。エーディの顔を間近で見れた。あたしの方から働きかけた訳じゃないから、好感度は変わんないだろう。切れ長の碧い瞳に高く細い鼻筋。雑誌やテレビでしかお目にかかれないような整った顔。ほんと、エーディは元の世界だったら、絶対モデルさんとかで大人気になれるだろう。おまけに優しくて強くてあたしに一途ときたもんだ、ふふふ。
「ユーリッカ、何か変じゃない、あなた?」
「姫、やはりまだ体調が整われていないのでは」
思わずにやけたあたしは二人から突っ込まれてしまった。いかんいかん、ユーリッカはもっと気品のある姫なのでした。
「大丈夫よ、ごめんなさい」
出来るだけおしとやかな声でにっこり笑ってそう言うと、二人は安心したような顔になる。うーむ、うっかり乙女ゲー好きOLの地を出さないよう、気をつけないとね。
馬車はあたしとアルラを乗せてがたごと走り出す。やっぱ座り心地はよくはないけど、窓から景色を見るのが楽しい。ヨーロッパ……あたしが由理香だった時の、生涯ただ一度になってしまった海外旅行(しかも一人)で行ったスイスっぽい感じかな。
さて、この外出は、単なるユーリッカの気晴らしだけが目的ではなく――あたしとしては普通に外出を楽しみたい気分なんではあるけれど――新たなイベントでもあると、作者であるあたしには解っています。療養中にいくつか用意されていた、エーディ、アルベルトとの好感度アップのイベントを意図的にすっ飛ばしたので、新キャラが登場します。しかも、今度はちょっとした事件が起こるのです。
目的のお店に馬車が到着し、あたしはエーディに手をとられて優雅な仕草で馬車を下りる。少しお尻が痛くなってきていたところなので丁度いいタイミング。あたしに続いてアルラも下りてくる。周囲には、巫女姫を見ようと町の人たちが集まっている。皆さん、あたしが溺れた事は勿論知っていて、
「姫さま、お元気になられてようございました!」
「どうかお大事に!」
などと声援を送ってくれる。何しろ、この国の人々はみんな、ラムゼラの巫女姫ユーリッカの力の有難い恩恵を受けていて、ユーリッカに心酔しているのだ…………ある一部の人々を除いては。
馬車を止めた場所の近くに、特に大きな街路樹が伸びていた。その傍を通る時、これから何が起こるのか知っているあたしは少し緊張していた。
「どうしたのユーリッカ、今度はなんだか疲れてるみたい……なんだか顔色が」
優しいアルラはすぐにあたしの異変に気づいてくれる。
「いや、なんでもないの。ただ、ちょーっと、その、天気が気になるかなぁ、なん……ってっ!!」
そう言って、気になる樹の上を見上げたあたし。
「天気はとてもいいじゃな……、えっ!!」
つられたように一緒に上をみたアルラをとっさに突き飛ばすような形で、あたしは地面に倒れこむ。空から降ってきたもの――美少年を、避けるために。あたしの立っていた場所には、少年の短剣が刺さっている。
「姫!! お怪我は?!」
「大丈夫、なんともないわ、エーディ」
顔色を変え剣を抜いて駆け寄るエーディにあたしは答える。ここで大怪我したり死んだりするルートはないと最初から判ってはいた。
「貴様、何をする! このお方がどなたか知っての上での狼藉か。子どもと言えど、許されぬぞ!」
背にあたしを庇いながらのエーディの恫喝に、降って来た美少年も跳ね起きざまに短剣を抜くと構え直して叫んだ。
「子どもじゃねぇ、戦士だ! もちろん知ってるぞ、魔女ユーリッカめ!!」
ぼさぼさの金の髪に金の瞳は、ライオンの仔を思わせる。……いくら本人が子どもじゃないと言ったって、どう見ても15歳くらいにしか見えないんだけれども。
「おれはルゥの民、リィ! 魔女を殺しに来た!」
と、少年は叫んだ。