3・赤毛のマッチョな俺様王太子に求婚されてます
大きな音を立てて扉が開く。
「ユーリッカ! 目が覚めたか! よかった、丁度いいから結婚しよう!」
これが王太子の第一声。ちょっと威厳がなさすぎじゃない? だけどこの王太子アルベルト・リオンクールは、ヒロインであるユーリッカにべた惚れでそれを隠そうともしない。「結婚しよう」も口癖だ。エーディは微かに眉根を寄せる。これは嫉妬だけではなく、堅物なだけに、『王太子たるお方が軽々しくそのような事を』と思っているからだ。物心つく前に決められた許嫁マーリアがいるにも関わらず、赤毛の巨漢アルベルトは、ユーリッカに夢中なのだ。おかげでユーリッカはマーリアに逆恨みされ、何度も危険な目に遭う。まあ、アルベルトエンドの場合、マーリアは結局エーディと結ばれてユーリッカと親友になるんだけど……もしバッドエンドを迎える時には、結婚式前夜にマーリアに刺し殺される、というのもあったような。こわ。
アルベルトは、今までエーディが座っていた椅子にどかんと座り、許可もなくあたしの手を握る。緑色の力強い大きな目がひしとあたしを見据える。急激にあたしはドキドキしてきた。そもそも男性に手を握られる、なんて経験に非常に乏しい、というのもありますが、顔を近づけてきたアルベルトは、あたしが想像していたよりもかなりど迫力なイケメンで。短いくせっ毛の赤毛は、赤ペンで染め上げたように綺麗な色をしてる。鼻筋は太く、きりっとした口元。要するに、濃い。
「おまえが溺れて意識不明になってからどれだけ心配したか。通りすがりの村のガキを助ける代わりに自分が溺れるなんて、おまえらしくもない。何故力を使わなかった? まさか力が使えなくなった訳じゃないだろう?」
「いやその……咄嗟の事だったから、力使わなくても何とかなるかなと思って」
細かい台詞のひとつひとつまでは覚えてないので、こんな感じだったと思える返事をしてみると、アルベルトは豪快に笑って、
「そうかそうか、咄嗟だったから、自分が泳げない事を忘れてたのか。まあ無事に目が覚めて良かった。今後同じ事が起こらないよう、元気になったら俺様が手取り足取り泳ぎを教えてやるからな。水着も俺様が用意してやるから」
これに乗ったら、水着は紐ビキニだったというオチである。いや、世界観に合わんでしょ、あたし!
男性と泳ぎだなんて出来ません、とあたしは巫女姫らしくしおらしく言って、恥ずかしそうに布団に顔を埋めた。
あたし=ユーリッカの生まれたラムゼ家は、リオンクール王国において王家と同等に尊ばれる家系である。創世の女神ラムゼラがこの世界に幸福を満たす為に与えた『創世の女神の力』を持った最初の巫女の直系の子孫で、代々の巫女はその力を使う能力を生まれつき持っている。この『創世の女神の力』とは、巫女がラムゼラの娘として敬虔な祈りを捧げ続ける代わりに、巫女は女神の力を借りて行使できる、という便利なシステムだ。この力は、自分の利益の為には使えないが、病気の人を治したり、災害をなくしたりと、世の為人の為ならば相当チートに使い放題。その結果、人々は巫女に感謝しまくり、巫女の為なら何でもしてくれる。まさに『情けは人の為ならず』なのだ。ラムゼラはこの世界では、ほぼ唯一神として世界中で崇められる女神だから、ある意味、ラムゼ家は王家より格上とも言える。最も、それだからこそ、ラムゼ家は政治的な事には一切口出ししない、という約定もあるのだけれど。
そういう事情だから、創世の女神の巫女姫であるあたしユーリッカと王太子アルベルトが結婚、なんて色々な大人の事情が障壁となって立ち塞がる訳なんだけど、アルベルトエンドを選んだ場合は、それを愛の力でクリアしていく事になる。
あたしは布団をそっとずり下げて、にこにこしてあたしを見ている赤毛のマッチョを見つめた。燃えるような赤い髪、とは、二次元ではよく見るけれども、三次元で目の当たりにすると、やっぱりど派手である。銀髪で、美形という言葉がぴったりなエーディと違って、こちらはごつくていかめしい大男。割と気が短くて、粗相があると大声で怒鳴るので、本人はそんなに怒っている訳ではなくても、周囲には恐れられている。だけどべた惚れのユーリッカ相手に対してだけは常にデレている、という設定だ。あたしの本来の好みは細マッチョのエーディの方なんだけど、それはそれ、これはこれ、という事で、勿論このアルベルトのキャラにもあたしの煩悩を注ぎ込んである。だって所詮乙女ゲーのキャラ、ステーキとお寿司に甲乙付けがたく、どっちも大好きだ、ってのと同じ事ね。
……所詮キャラ……だった筈なんだけど、こうして三次元で生きた人間として見てみると、うーん、やっぱかっこいい。エーディが白馬の王子様なら、こっちは無双の武人・最強の騎士、って感じかなぁ。何故か立場は逆にしてしまったんだけども。
「ユーリッカ、大丈夫か? 何か要るものがあれば何でも用意させるぞ」
布団に顔を埋めたあたしを、心配げに覗き込む。男性にこんな優しい言葉をかけられた事なんてないあたしの心はぐぐっとアルベルトに引き寄せられた。だけど勿論こんな序盤でフラグを立てる訳にはいきません。暫くは全キャラとフラットに好感度を保ちながら様子をみて、これから本当にこの世界でユーリッカとしてやっていけるのかを探っていかなければ。あたしの作った世界、あたしの作った好みのイケメンキャラがあたしに対して初期設定の好感度が既に大……超幸いにどうやらそんな所に転生できたようなのだから。
子どもを助けようとして溺れて……これが所謂、前世の行いが良かったから、という事でしょうか。あの子は誰かが「こっちは大丈夫だ!」って叫んでた記憶があるから、きっと無事な筈。ご無事で、あたしに一生感謝しながらリア充な人生を送って頂きたいと思う。
あたしはユーリッカ・ラムゼ、容姿も能力もチートなヒロイン。おまけに実はこの世界の創造主で、この世界について知り尽くしています。バッドエンドに至るいくつかの地雷さえ踏まなければ、思いのままのハッピーパラダイスな第二の人生を送れます。それだけに、一時の感情で間違えた行動をとってしまってはいけません。バッドエンドのルートにだけは乗らないように気を引き締めないと、不機嫌な時に思いついた、いくつかのろくでもないエンドに引き込まれれば、逆ハーどころか惨死してしまいます。
アルベルトにはとりあえずお帰り頂いて、エーディにも休んでもらって(二日寝てないんだし)、一人でゆっくり考えよう……そう思っていた時に、ちょうどアルラがお医者さんを連れて入って来た。