2・自作シナリオ世界のチート美少女ヒロインに転生した模様です
「ユーリッカ様……もうよろしいでしょうか?」
呆然としていたあたしは、エーディの声で我に返る。ここがシナリオ世界であろうと何であろうと、薄着一枚でイケメンに抱きかかえられているという状況である事には違いない。筋肉のたくましい騎士の腕の温かな感触は確かなもので、これは夢なんかじゃないのだ、とあたしは強く実感する。あたしは布団を首元まで引き上げて慌てて薄い胸を隠そうとしたけど……なんですかこれは?! Aカップのあたしの胸がッ!! なんかちょっとだけ重いッ!!
そうだ、あたしはユーリッカになったんだった。世界最高の美少女ヒロインがAカップでは恰好がつきません。シンデレラバストが好みの方には合わないかも知れないけれど、乙女ゲーのヒロインですから、一般的な女性が馴染みやすい美少女……貧乳でもないけど超巨乳なんて事もなくて、くびれとの黄金比を保った広く愛されるボディなんですよ。
元々のあたしは凹凸の少ない顔と身体で、印象の薄い子だと何度か言われた事もある。苛められた事もないけど、特別な存在になった事もない。クラスの平均的女子から会社の平均的OLに成長……いや、何も成長なんてしていない、単に歳が増えただけだ。
そんなあたしの唯一の楽しみは、『乙女ゲー』。一部からはオタクと言われていたあたしは乙女ゲーが大好きだ。乙女ゲーのヒロインになりきって、好みのイケメンを攻略している間だけは、現実の嫌な事は全部忘れられる。幼い頃の両親の離婚、嫌々あたしを引き取って、散々厳しく愛情の感じられない育て方をしてくれた祖父母。あたしは現実が嫌いだった。愛される事を知らなかった。だけど、乙女ゲーの中では、イケメン達は競い合ってでもあたしを愛してくれる。安アパートに一人暮らし、余暇の全てを乙女ゲーに捧げる気の毒な22歳女子、それがあたし、木崎由里香だった。乙女ゲー好きが高じて、自分でシナリオを作るようにもなった。ネットでライター公募があったから、出してみた……あたしの中の全ての欲望を賭けて作った世界! それがここ、『リオンクールの風』と題したゲーム世界なんだ! ……公募には落ちたけれども。
やっぱ現実なんかじゃ幸せにはなれない。現実世界なんかどうにでもなれ。そんな腐った気分で爽やかな朝の河川敷を、コンビニ袋を抱えて(みっちりゲーム三昧で部屋に籠もって連休を過ごせる為に、レトルトやカップ麺を買い込んで)歩いていた時、見も知らない子どもが溺れているのを助けようと、咄嗟に川に飛び込んでしまったのは、自分でも信じ難い事だった。まぁしかし、そのおかげで、今こうやって、『姫……』と目を潤ませるイケメンに見つめられながら、救世の姫として誰からも最高に崇められ、愛されるヒロイン、ユーリッカに転生する事が出来た訳なんだけど。
あたしを見つめているイケメン騎士、エールディヒ・ベルニエは、ここ、リオンクール王国の人間だ。あたしが創作した世界の、大陸最強の王国リオンクールで、王族の血もひいている最強の騎士、という設定だ。ヒロインが眠りから覚めた時に真っ先に出会う人物であるし、何年もヒロインの警護をして、王家に対するのとほぼ同等の忠誠を誓ってきたという、攻略対象として設定された男性陣の中では筆頭候補というべき存在である。銀の髪に碧い瞳、一見線が細いように見えるが、22歳にして次期将軍候補の一番手でもある。
攻略対象の男性キャラ達には全てあたしの煩悩と趣味を注ぎ込んではいるが、やはり一番思い入れがあるのはこのエールディヒ……愛称エーディだ。まさか三次元の人間になった姿を見られるとは想像もしていなかったけども、こうしてじっくり眺めていると、本当に非の打ち所もないくらいに、あたしの好みに、どストライクである。外人の俳優のファンだった事もあるけれど、どんなイケメン俳優にも劣らないくらいのイケメンだ。あたしは段々胸がどきどきしてくる。おかしいな、最初に彼を見た時には、ただぼんやりと、ああイケメンがいるな、としか思わなかったのに。そして、ここがあたしのゲーム世界だと気付いてからは、ああ、なんだ、あたしのキャラなのか、としか思わなかったのに。あたし、今ときめいている……?
いやいやいや。ときめいてる暇はない。この現象を解明しなくては。本当に、自作ゲーム世界のヒロインに転生したのか。そしてもしもそうならば、設定通りにチート能力『創世の女神の力』を持っていて、ずっとそれを使い続けて楽しく暮らしていけるのか。
元の世界に戻りたい、とはあまり思わなかった。普通なら、転生ヒロインは一応、元の世界の家族や世界そのものに未練があって、戻りたいと考えるものかも知れないけれど、生憎あたしは元々、人生への執着が薄かった。親兄弟もいないし、恋人もいない。別段自殺する程の悩みもなかったから、ただ何となく毎日を過ごしていただけだ。誰の為にもならず、自分の為にもならない人生をリセットして、誰を悲しませる事もなく、自分の理想の世界のチートヒロインとして生きられる……これは、最大のチャンス、としか言いようがないですよ。問題は、それが本当に可能なのかどうか。これが実は、河川敷で濡れ鼠になりながら臨死状態で見ている夢なら、超アウトです。
あたしのシナリオでは、これからエーディとのイベントを進めるか、第二のキャラが登場するか、の分岐点が出てくる筈だ。この、うるうる瞳であたしが本当に大丈夫なのか心配しつつも、女神に等しいあたしに触れていられる事を秘かに喜んでもいるイケメンとのイベントを進めてみたいのは山々だが、まずはこの世界での立ち位置をきちんと確認する事が最も大事な事である。
「うん、ありがとう。もういいよ、寝かせて」
選択肢Bの台詞を口にする。ちなみに、イベントを進める為の選択肢Aは、「やだ……もう少しこのままでいて」だったと思う。いやいや、いきなり過ぎでしょ、と今は自分にツッコミを入れたい。それって既に冒頭でフラグですやん? やっぱシナリオライターの才能はなかったかなぁ。
はい、と、素直にエーディがあたしを元の通りに寝台に寝かせた時。
「ユーリッカぁぁぁ!!!」
廊下をどたどた走る音と、男の野太い叫び声。そうだ、これだ。やっぱりシナリオ通り。第二の攻略候補、王太子アルベルトが来たらしい。