25・少年の日の思い出話……と思ったら?!
「もしも後者……つまり、第三者がシャルロを人質にとってエーディを呼び出したのであれば、その場所を特定するのは非常に難しい。けれど、前者……シャルロ自身がエーディを呼び出したのであれば、推測の域は出ませんが、思い当たるところはある。そうではありませんか、兄上?」
とゼフィールは言った。
「そうか……エストラの古城……の事をおまえは言っているんだな?」
アルベルトは弟の言葉に呼応してぽんと膝を打った。
「エストラの古城……?」
ぽかんとしているあたしにアルラが、
「エストラは王都から程近い山城よ。むかしは避暑地として栄えた大きな町だったそうで、湖岸に王家の方々の為の離れ城が建てられて、亡きアルネスト賢王もお気に入りだったとか。だけど十数年ほど前に豪雨の後の土砂崩れが往復路の山道を押し埋めてしまって……往来が困難になって観光地として立ち行かなくなってしまったの。それで住む人も殆どなくなって、お城も廃城のようになっているとか」
と、記憶喪失のあたしにこっそり知識をくれる。本当は『記憶のユーリッカ』がくれた記憶の中にある筈だけれど、この、貰った記憶はまだ頭の中に散らかった、いわば整理されていないデータのようなもので、重大な事以外はぱっと言われてぱっと出てくるものではないという不便さ。だからアルラの機転には助けられた。
更にアルベルトが説明を付け足してくれる。
「俺たち四人はガキの頃、毎年の夏、エストラの城で過ごしたんだ。あまり使われていなかった地下蔵を探検して、秘密の通路を見つけたりしたこともあったんだぞ。ああ、あの頃は楽しかったな……」
「シャルロは一番あの城を気に入っていました。元々かなり古い建築でしたので、どこかに、世に出ていない書物なんかが隠されているかも知れないなどと言って。シャルロも私と同じく、武より学を好む性質でしたからね。兄上とエーディは打ち合いばっかりして、私とシャルロは互いに夢中になっている書物の話が尽きず……私たちの少年時代はいつもこんな感じでした。山城での避暑となれば特に」
と、ゼフィールも言葉を足す。
「うん? 何かそれは、俺とエーディは脳筋、という風にも聞こえるが?」
「いや、エーディは夜、兄上がお休みになった後、こちらの話にもよく興味を示してくれてましたよ」
「…………」
弟のさらっと嫌味めいた言葉にアルベルトがむすっとしている間にも、ゼフィールは話を進める。
「エストラは、指名手配されているシャルロが潜伏するにはもってこいの場所です。公式には知られていない場所まで把握していたんですし、今は誰も立ち入らない。急に捨てられた城だから、蔵には乾物などまだ食べられるものやワインなどの貯蔵物にも事欠かないでしょう」
「なるほど……こっそりエーディを呼び出すにも安全、という訳ですね」
「ええ。仮にエーディが兵士を伴って彼を捕まえようとしたとしても、その時は隠れ場所に潜めばいいのです。先ほど兄上が仰った隠し通路以外にも、私とシャルロしか知らない隠し部屋もありますからね」
「な、なんだと! なんで俺とエーディには隠してたんだ?!」
「エーディには教えても良かったのですが……何しろ、そこには手荒に扱われたくない古書が多くありましたからね。私とシャルロの秘密にしたのです。エーディに、兄上には秘密にしよう、と持ち掛けるのも、子供心にかれの性格上気の毒だと思いましたしね」
「…………」
ああ、久々に会った弟に転がされちゃってるよ、アルベルト……。まぁ確かに、貴重な書物を恭しく扱う、なんて不向きそうではあるけれど、なんか可哀相。
「そこまで判っていて、なんでおまえはシャルロを探しに行かなかったんだ?」
アルベルトの問いかけに、ゼフィールの表情にふと影が差したように見えた。
「兄上……こんな時だから正直に申し上げてしまいますが、シャルロの謀反騒ぎから程なく、私とエーディは相談の上、一度だけ密かにエストラへ向かったことがあるのです」
「な……」
弟の思いがけない告白にアルベルトの顔色が変わる。ゼフィールは申し訳なさそうに顔を伏せた。そうか、さっきの軽口は、この事を言う前にちょっと場を和ませておきたかったの……かな。
「黙っていて申し訳ありませんでした。けれど、私もエーディもどうしても彼の真意を駆け引きのない場所で本人の口から聞きたかった。その上で納得出来る答えを貰えたら、私は彼を見逃してあげたかった。エーディはあくまで法に委ねると言って聞きませんでしたが、もしシャルロの答えが正しきものであると思えば、私はかれを説得するつもりでした。兄上に黙っていたのは、もしそうなった場合、兄上のお立場ではやはりまずいだろうと思っただけのこと。お許しください」
ゼフィールは深々と頭を下げる。アルベルトは渋面を作ったけれど、
「まあ俺も自分がお前ならそうしただろうな。わかったよ、それでどうなったんだ?」
と先を促した。確かに、過去の事に拘っている暇はない。ゼフィールやエーディと違ってアルベルトは王太子。いくら幼馴染だからって謀反を企てた者を見逃すのは立場上まずすぎる。もし王様が知って怒ったら、廃嫡されちゃう事だってあり得るかもしれない……。
そこまで考えて、あたしは戸惑う。エーディはともかく、アルベルトとゼフィールは、お父さんである王様を親友に裏切られた形になっている。あの優しそうな王様に謀反を起こされる原因があるとは考えにくい。なのに二人とも、シャルロの裏切りに対して、怒るよりも話を聞こうという姿勢になっている。これはいったいどうした事なんだろう?
だけどさすがに、「なんでシャルロは謀反を起こしたのか」とは聞きづらい。記憶の中にある筈だけど、相変わらずこの整理されていないメモリーは素早く役には立たない。この整理されてなさは、『記憶のユーリッカ』があたし自身だからなんだろう……あたし、片付け大嫌いだもんね。
それはともかく、この件は後でアルラに聞いてみるしかない……っていうか、今朝にでも聞いておけばよかった。エーディだって昨夜口にしていた事なのに……キスした事に浮かれて、そんな大事なことを忘れてたなんて、あたしはなんて馬鹿なんだろう……。
ゼフィールは先を続ける。
「シャルロは確かにその時、あそこにいたと思います。痕跡が……慌てて身を隠した痕跡がありました。私とエーディが来るのを察知して身を隠したのでしょう。私たちは彼の名を呼び、隅々探しましたが、彼の姿を見つける事は出来ませんでした。恐らく彼は私にも教えていない秘密の隠れ場所を知っていたのでしょう。ただ、いつも寝泊りしていたあの部屋に、置き手紙がありました。それには、こう書かれていました。『忠言叶わず追われる身となり、この上は私の事は一切忘れおき下さい。皆様に大変申し訳なく思っております。一言だけご忠告致します』」
「一言?」
その言葉に皆の注目が集まる。ゼフィールはちらと目を上げて何故かあたしを見た。
「『ラムゼラの巫女姫に充分お気を付けください』と……それだけです」
今度は、皆の視線があたしに集まる番だった。
…………てかあたし?! あたしがなにかしたんですか?!