20・何を考えているの?
「エーディ!」
あたしは慌ててかれの後を追った。アルベルトに会う前に話をしなくちゃと思ったのだ。だけど既に遅く、応接室にアルベルトとエーディが待っていた……アルラと話し過ぎてしまった。
「おお、ユーリッカ、今日も美しいな、結婚しよう!」
とアルベルトはにこにこといつもの調子で言ってきたけれど、あたしが返事をする前に、ふっと眉根を寄せて、
「どうかしたのか?」
と心配顔になる。
「え……何故ですか?」
「そんなに慌てて……何か心配事でもあるような顔をしている」
王太子だけあってアルベルトは人の表情に敏感だ。
「心配事なんて……ただ急いで来てみただけです」
そう言って誤魔化して外した視線が思わずアルベルトの脇に立っていたエーディとぶつかる。するとエーディは何故か、つと目を逸らしてしまった。
「? おまえたち、なにかあったのか?」
たったそれだけの事なのに、普段とは違う空気をアルベルトは察知したらしい。赤毛のマッチョは不審そうにエーディとあたしを見比べた。そして、あたしがどう言い繕うか考え出す前にエーディは、
「なにかとは? 何もございません。アルベルトさま、どうなさったのです」
と苦笑を含んだ声音で丁寧に答えたのだった。どこから見ても何の動揺もなく、その分、何を考えているのかまったく解らなかった。アルベルトは不思議そうに首を振ってエーディを見つめていたけれど、
「まあ、おまえがそう言うなら俺の勘違いなんだろう」
と何とかその場は納得したようだった。
アルラが侍女と一緒にお茶を運んで来て、その後はいつものように歓談となったけど、何か気まずくて、どうにも話は弾まなかった。あたしはエーディの気持ちが気になって上の空だし、アルラはそんなあたしを見てはらはらしているようだし、アルベルトもやっぱり微妙な空気を訝しむ気持ちを捨てきれない様子。ただ一人エーディだけが澄まし顔でいつも通りなのが、なんか悔しいと言えば悔しい。この部屋に来るまでは、アルラの言った事は全部勘違いで、エーディは昨夜のエーディのままなんだと思いたい気持ちが強かった。だけど、不自然にならないようさり気なく視線を外してくるエーディの様子を見ていると、怒っているかどうかはともかく、恋の成就を喜んでいるひとのようではないのは明らかだった。昨夜庭園でおやすみを言って別れた後から今までの間に、なにかあったのは間違いないように思える。
「エーディ……」
ずばりと切り出したのは、アルベルトだった。それまであたしの方ばっか見て、お世辞や冗談ばかり言っていたのが、急に真顔になって。
「俺から言うのもなんだが、やっぱりおまえら、行き違いでもあったんじゃないのか?」
と。視線はまっすぐあたしとエーディに向いている。アルラがはっと息を呑むのが聞こえた。
「えええ、なんでですか? べ、別に何もないって、エーディも言ったでしょう」
って、あたしは動揺を隠したつもりで言ってみたけど、アルベルトはいつもと違ってあたしの言葉に応えず、エーディだけに視線を移し緑の目でまっすぐにかれを見据えて、
「何年おまえたちを見て来てると思ってるんだ。俺は、ユーリッカが俺の求愛に応えてくれないのも嫌だが、ユーリッカが泣くのはもっと嫌だからな」
と言った。なんて懐の深い台詞なんだ! 勿論これは、キャラから人間になったアルベルト自身の気持ちで、あたしのシナリオにはない。くぅぅ、さすがあたしの理想の男ナンバー2!
だけれど、あたしを痺れさせる台詞でキメてきた王太子に対して、肝心の本命はそれでも動かない。
「それは……勿論、わたしも、姫がお泣きになる事のないよう、いつも笑っておられますように努めておりますが」
昨夜庭園で言ってくれたのと同じような台詞。なのに、なんだか無理やり取り繕っているように聞こえるのは気のせいなの? 昨日はすごく気持ちが入っているように思えたのに。
『わたしはいつも姫を見ています。わたしはいつも姫の安全が守られ、姫が笑っていられるよう、努めています。姫がどのようにお考えなのか、どうでもいいなんて考えた事もありません』
『わたしの務めは、姫が笑っていられる環境を作る事だと知りました。安心して姫が笑えるよう……無理にではなく、心から笑えるよう……きっとその方がよりラムゼラは姫にご加護を下さると』
あの時の声音や表情。全てが今とは違うように感じる。
アルベルトは眉間に皺を寄せて睨むようにエーディを見ていた。エーディは、何も感じていないようにその視線をただ真っすぐに受け止めていた。
「おまえと俺は恋敵だ。そうだろう?」
「恋敵などと、畏れ多い。わたしはただの守護騎士に過ぎません」
「エーディ、ガキの頃は俺とおまえは従兄弟同士、じゃれ合って何でも本心を話せていた。今はおまえは弟のシャルロの事で色々思う事があるかも知れないが、心の中では俺を信じてくれていると思っていた。なのに、それは俺の思い込みだったか? それとも、ユーリッカやアルラがいるから話せないのか?」
「わたしは常にアルベルトさまを信じております。殿下に許嫁のマーリアさまがおられなければ、全力で殿下を応援致したでしょうが……殿下のお立場と姫のお立場を考えますと……」
また、模範的な答えだ。どうしちゃったの、エーディ。まさかただのキャラに戻っちゃった訳じゃないでしょう?!
アルベルトは舌打ちした。
「何があったか知らないが、今日のおまえはどうかしている。おまえがずっとそんななら、本当にユーリッカは俺が貰うからな!」
そう言うと、アルベルトは立ち上がり、強引にあたしの腕を引っ張った。
「えっ……?」
「遠乗りに行こう。二人で」
「でも……」
あたしは早くエーディの心が知りたいんだけど……でも、知るのが怖い気もする。思わず引っ張られるまま、腰を浮かせた。
「お供せずともよろしいのでしょうか」
エーディは冷静な声で問う。どこかへ出かける時、いつもエーディは一緒だった。アルベルトと二人きりになった事はない。だけどアルベルトは見た事のないくらい不機嫌に怒鳴った。
「当たり前だ! 二人きりと言ってるだろう!」
「殿下は国一番の勇者。では、姫をよろしくお願い致します」
「はっ! 嫌みかそれは! 俺はおまえから五本に一本しか取れない! だが、ユーリッカの安全は保証する!」
そう言うとまたアルベルトはぐいっとあたしの手を引っ張り、あたしはされるがままに立ち上がる。
「いいんですか、エーディさま?」
とアルラが問う。
「いいも何も……わたしが口出しする事ではありません」
とエーディ。
あたしは泣きそうな気分で、アルベルトに引っ張られて部屋を出た。




