1・イケメン騎士がうるうる瞳であたしを熱く見守っています
窓から差す柔らかな日の光に包まれて、あたしはゆっくりと目を開けた。光は強くなかったけれど、ずっと眠っていたあたしの目には眩しい。ずっと眠っていた……? 眠っていたというより、長くて暗い闇のトンネルを抜けてきたような気分だ。それにしても、ここはどこだろう。ふかふかのお布団はすごく肌触りもいい。そうだ、あたし、川で溺れたんだった。すると、ここは病院だよね。あれは夢じゃなかったんだ。だってあたしの、ホームセンターで買った格安シングルベッドはこんなに寝心地よくないもん。それにしても、病院のベッドがこんなに寝心地がいいなんて意外……なんて思ってたら。
「ユーリッカ様! お目覚めになったのですね!」
男性の大声があたしの寝起きの思考を遮った。とても柔らかないい響きの声だ。この声はどこかで聞いた事がある……だけども、知人の誰とも違う……。
「姫……本当によかった……。ご気分はいかがですか?」
あたしはゆっくりと顔を動かして男性の顔を見た。
……。………。…………。
この時点で、あたしがツッコむべき所がいくつかある。
1、あたしは姫じゃない。姫と呼ばれるような人に出会った事もない。
2、あたしは由里香であって、ユーリッカという名前ではない。
3、この人の恰好は明らかに看護師さんやお医者さんではない。勿論、知り合いでもない。そもそも、あたしが倒れたからって、付き添ってくれるような男性の知り合いはいない。
4、……ていうか、眠りこけてたあたしの枕元で、あたしの寝顔を見つめていたらしい、超イケメンなアナタは誰なんですか?! 明らかに日本の方ではないようですが、銀色の髪って何人? そして、何つーか、騎士? みたいなコスプレをしてらっしゃるようですが、その恰好でどーやって病室に入れたんですか?!
ぼーっとそんな事を考えていたあたしを凝視していたイケメンさんは、はっと表情を引き締めて、
「アルラ殿! 姫が目覚められた! だがまだ朦朧としてらっしゃる。早く医師を!」
と叫ぶ。すぐに扉がばたんと開いて、
「本当ですか、エーディ様! あらほんと、目を開けているわ! ああよかった、ユーリッカ!」
女の子の甲高い声がした。
「すぐお医者様を呼んできます!」
そう言って彼女はすぐに走り去ってしまったけれど。
ユーリッカ、エーディ、アルラ……明らかに日本人ではない名前と、目に入る、明らかに日本の普通の病院ではない、石造りの壁、洋風な室内……。いやいやいや、まさかでしょう? あたしはまだ夢を見ているんでしょう。
だけれど、イケメン騎士のエーディは、その碧い瞳にうっすらと涙を浮かべてあたしの手をがしっと握った。整った細面に、きらきら光るような綺麗な銀髪が幾本かしっとりとした汗で貼り付いている。あれからどれだけ経ったのか……そう、確か二日。もしもあたしの推測が間違っていなければ、あたしは二日間眠り続けて、彼はずっと寝ずに傍に付いていた、筈。
「ああ姫、あなたがあのままお目覚めにならなければ、わたしも後を追い、死の国でも共にあってお護りする覚悟でございました」
……はぁ。超好みなイケメンからの熱い台詞、これが自然に出た言葉だったなら、あたしは一瞬で彼に夢中になっていただろう。だけど、この台詞をあたしは知っている。だって、あたしが作った台詞だもん。
ユーリッカ、エーディ、アルラ……。まさかまさか、大金を使ってあたしのイメージ通りの俳優さんを雇い、撮影スタジオを作ってサプライズ……なんて暇な大富豪がいる訳もない。
「エーディ」
あたしは掠れ声で言った。何しろ二日間昏睡状態だった設定だから、元気な声が出る訳ない。
「鏡……鏡が見たいの」
「鏡ならば、姫が起きられましたら、真正面に」
「じゃあ、起こしてくれる? まだ力が入らなくて」
エーディ……エールディヒは、戸惑った表情を浮かべ、その頬は微かに赤らんだ。あたしは薄い寝間着一枚しか着ていない。
「あの……よろしいのですか、わたしが姫をお起こししても?」
「いいよ」
あたしはあっさりと答えた。もしもあたしの予想が当たっていたら、あたし好みの超イケメン騎士に背中から抱き起こされる事になんの不都合がある?
エーディはおずおずとあたしの背中の下に腕を差し入れた。くすぐったく、恥ずかしい。だけど……確かめたい。あたしは鏡を見た。そこには、緑の髪に緑の瞳の超美少女が映っていた。
やっぱり、間違いない。あたしはもう、由里香――一人暮らしの22歳貧乏OL、話し下手で容姿は並、彼氏いない歴22年――ではなく、『創世の女神の力』を持ち、全ての人から崇められる、この世界最高最強の美少女ヒロイン、ユーリッカ・ラムゼなのだ。あたしは、あたしの書いた乙女ゲーシナリオの世界に転生した。