第三話三部 これからもずっと
朝日が昇りかけた砂原で、クリーガー改マニューバの六つのカメラアイは砂原のはるか先の目標を見据えていた。
時刻はすでに午前六時を過ぎており、エンジンを切ってエアコンの効かなくなったコクピットの中は、この地方特有の気候によってこの時間帯でもサウナのように暑かった。
「あっつ~……」
そのコクピットに乗っているユーリンの目には、すでに生気が宿っていなかった。
バンツェルに搭乗する際は、パイロットスーツをキッチリと着込むのが安全上のルールであるが、この状況ではかえって寿命を縮めかねない。
両手に百ミリ突撃小銃とプラズマ焼尽式パラングを装備するクリーガー改マニューバの外見は、量産当初よりも大きく変わっており、頭部のゴーグルアイは六つのモノアイに換装され、上半身と下半身はファイントの角ばったミリタリー感の強いパーツに変わっており、各部には増加の装甲とスラスターが取り付けられていた。
「時間です、準備を」
ヘルメットのスピーカーから聞こえたカトレアの声にだるさを感じたユーリンは、渋々起動スイッチを点けて、液晶パネルの起動ボタンを押した。
薄暗いコクピットに周りの風景が映し出され、冷房がついた。
現在カトレアはイェーガーに搭乗しており、イェーガーはクリーガー改マニューバから少し後方で止まっているランドポーターの荷台の上で、荷電重粒子狙撃銃を膝立ちで構えていた。
ランドポーターの運転席にはレイカが乗っており、酒場とは違ってエプロンを耐火性のある迷彩服に着替えてハンドルを握っていた。
「ところでさ~」
作戦時間を過ぎても目標が姿を現さないので、暇つぶしも兼ねてユーリンは一つの疑問をぶつけることにした。
「なんでレイカさんがいるの?」
そう、その疑問とは酒場のカウンターで荒くれ者の漁師達を相手に料理や酒を提供している美人女将が、なぜランドポーターの運転を任されているのかだった。
ユーリンの疑問にレイカはシレッと答える。
「あら、だって私、こう見えても昔は国軍にいたのよ?」
「……そうですか」
普段からお世話になっている人物の意外な過去を知って、ユーリンはその言葉しか出なかった。
ユーリンは気を取り直し、徐々に涼しくなるコクピットで自分の目の前にある液晶画面に映る六つの望遠モードになったモニターをじっと眺めていた。
しばらくすると、三つのモニターに巨大な影が映るのが見えた。
その影はやがて普通のモニター画面でも確認できるほどに接近してきた。
ユーリンは望遠モードを解除して機体操作をオートに設定した。
「来たよ! 数は四、六、八……二十機以上はいる!」
「わかったわ!」
「了解しました」
ユーリンのその一言で、レイカはランドポーターを起動させて運転席の窓に装甲板を降ろし、ランドポーターの各所に設けられた小型カメラからの映像を頼りに、アクセルを限界まで踏み込んで砂原を疾走した。
カトレアは左の液晶パネルの兵装覧を操作して六連装ミサイルを選択し、左の操縦桿の人差し指のスイッチを押した。
ランドポーターの荷台に載せられたイェーガーの後部にあるコンテナからミサイルが一斉発射されたが、直撃をして大破したのは一機のみで、残りは腕部や頭部に命中、あるいはかわされてしまった。
カトレアは狙撃銃の出力を最大にして、中央の液晶パネルを操作して照準をマニュアルに切り替え、破損した相手のファイントをサイトに納めて右の操縦桿の人差し指のスイッチを押した。
狙撃銃の銃身の先端が赤く輝き、加速された重粒子の塊が赤い閃光と共に発射され、サイト内の敵機を粉々に粉砕してしまった。
一機また一機と敵機を葬り去るイェーガーは、加熱した銃身をランドポーターに積まれている別の銃身に素早く交換すると、再び照準を合わせた。
間髪入れずにイェーガーの人差し指が狙撃銃のトリガーを引いて、三機のファイントを連続で撃破した。
しかし、ランドポーターとファイントとの速度差は圧倒的であり、しだいにランドポーターはファイントとの距離を縮められ、ファイントの百ミリ突撃小銃がランドポーター後部のタイヤと荷台をズタボロにし、ランドポーターは横転、イェーガーは荷台から放り出されて砂原の埃っぽい土をえぐりながら停止してしまった。
「きゃあ!」
「大丈夫、レイカさん、カッチャン!?」
「えぇ、大丈夫!」
「問題ありません」
二人の無事を確認すると、ユーリンは中央の液晶パネルを操作してクリーガー改マニューバの姿勢を匍匐から直立にした。
砂原の風景に溶け込むように迷彩されたマントを脱ぎ棄て直立したクリーガー改マニューバは、ブースターを最大噴射させてファイントの群れに突進した。
土煙を上げながら突進するクリーガー改マニューバは、百ミリ突撃小銃で前方の四機をたちまち穴だらけにすると、その勢いで後方の二機のファイントの胴体をプラズマパラングで焼き裂いた。
今まで伏兵の存在に気づかなかった盗賊達は、慌ててクリーガー改マニューバ目掛けて実弾小銃や加速粒子小銃による攻撃を始めたが無意味だった。
増設されたスラスターと右腕部のシールドにより、次々と敵弾をかわすクリーガー改マニューバは、プラズマパラングを後部ラックに格納して突撃小銃で二機を撃破して銃弾を撃ち尽くすと、サイドスカートに設けらえたマガジンラックの突撃小銃のマガジンを手に取って交換し、敵弾をシールドで防ぎながらファイントの一機を捕獲して盾にし、もう二機を突撃小銃で撃破してしまった。
あらかた片付いてユーリンがふとカトレア達の方を見ると、一機のファイントがイェーガーに向かって対物ライフルを発射し、イェーガーの胴体に命中して破片を辺りにまき散らしている光景が見えた。
「カッチャン!!」
ユーリンは右の操縦桿を全力で前に倒した。
クリーガー改マニューバがブースターを噴射し、ショルダータックルをして地面に倒れたファイントに、後部ラックから取り出したプラズマパラングを薙ぎ払った。
激しい火花と共にファイントの機体は融解、蒸発してしまい、後に残ったのは黒く焦げた地面とファイントの上半身の一部と下半身だけになった。
ユーリンは辺りを見回して敵がいないことを確認すると、イェーガーのもとへクリーガー改マニューバを走らせた。
コクピットハッチから降りて、イェーガーの完全に破壊されたコクピットを力づくでこじ開け、中からカトレアを抱え出した。
カトレアを抱えながらなんとか下まで降りて彼女の心肺を確認すると、まったく心音がしなかった。
「カッチャン! カッチャン!! 目を開けてよ! ねぇ!? 冗談でしょ!? ねぇってば!」
「ユー君……」
全面の装甲が焦げ付いた運転席から降りてきたレイカが、ユーリンの傍らに座る。
カトレアの顔の右半分は血まみれで、右腕は無くなっていた。
「嘘だ……こんなの……悪い夢だよ……」
「ユー君?」
「だって、あのカトレアだよ?
いつも僕より早く起きてごはん作ってくれて、クリーガーの整備もしてくれるんだよ?
そうだ! 右腕、右腕はどこ? 右腕をくっつければ、もしかしたら生き返るかも……」
「ユー君!」
錯乱を起こしそうになるユーリンの肩を、レイカはガシッと掴んで正気に戻した。
「残念だけど……彼女は死んだわ」
その一言を聞いた瞬間、ユーリンの体は雷に打たれたかのようにビクンと跳ね、崩れ落ちた。
「……っ! うわあああああ!」
あまりの悲しみに耐えきれなくなったユーリンの苦痛の咆哮が、砂原中に響き渡った。
※
酒場のバーカウンターでユーリンは普段飲まないウイスキーをすでに三杯も飲んでいた。
見た目は十二歳ほどだが、彼はすでに成人している。
その顔はひどくやつれ、この状況を受け入れることにいささか困惑していた。
ユーリンの隣で無感情な女性の、無機質な声が響く。
「社長? どうかされましたか?」
「なんで君生きてるのっ!?」
ユーリンのその質問は当たり前だった。
ユーリンの隣には顔と右腕に血の滲んでいる包帯を巻いたカトレアが座っており、のん気に左手に持ったスプーンでオムレツ食ってやがる。
そんな二人の前には秘蔵の大吟醸を飲みすぎて、すでに酔っぱらって上機嫌になったレイカが座っている。
「もぅ~、心配したわ~。
あの後カトレアちゃん、目をデュンって見開いて『敵勢力の殲滅を確認。依頼を完遂しました』なんて真顔で言うから、ユー君白目むいて失神しちゃったのよ~?」
「申し訳ありません」
「それを何回も言わないで!」
相変らず無表情のカトレアと違って、ユーリンの純白の顔は真っ赤になっており、今にも倒れそうだった。
あの後、バンツェルの回収をギルト共和国の警察部隊に任せ、レイカはグロテスクな見た目のカトレアと白目をむいて地面に倒れたユーリンをランドポーターに乗せてミルタまで帰ってきた。
酒場の三階にある自分の部屋のベッドにユーリンを寝かせ、カトレアに包帯を巻いて酒場でカトレアと今回の作戦の成功を祝って食事をしていたところ、ユーリンが起きてきて現在に至る。
「でも、カトレアちゃんが生体アンドロイドだったとはねぇ~、人には色々あるものね!」
「……そういうもんかな?」
三人が楽しく会話をしていると、後ろから野太い男の声がした。
「おい、社長さんよ」
「あ、あんたゲンザン!」
ユーリンが振り返ると、昼間に見かけた漁師達をゾロゾロ連れたゲンザンが立っていた。
「その、なんだ。てめぇに礼を―」
「どぅりゃあああ!」
「べふんっ!?」
ユーリンはゲンザンの言葉を無視して彼の顔面に、近くに置いてあったビールジョッキを叩きつけた。
崩れ落ちるゲンザンを見た漁師達は、ユーリンに一斉に襲い掛かったが、片腕となった状態のカトレアに血祭にあげられてしまった。
「な、なんで……」
失神した漁師たちの中でかろうじて意識のあるゲンザンが、ユーリンに問いかけた。
「いや、なんかお礼とか言うからヤラれる前にいっそ叩き殺してやろうかと」
「……サ〇ヤ人か、てめぇは」
バタッと意識を失うゲンザンをしっかりと確認したユーリンは、ちゃんと、うやうやしく、丁寧に、粗相のないようにレイカに金を払って酒場を後にした。
深夜になって少し肌寒くなった街道を歩いてアパートに着くと、ユーリンはカトレアを連れてアパートのはしごを上って屋上に行った。
「あのさ」
「はい?」
体育座りで夜空を見上げるユーリンは、自分の後ろで直立するカトレアに向かってはっきりと言った。
「なんで心臓の音が聞こえなかったの?」
「私の動力はプラズマ・リアクターと人工臓器を用いた生体活動によって支えられていますから」
「つまり?」
「食べたり飲んだり発電したり、ということです。電気駆動のため、心音はしません。
この赤い液体も人工血液です」
「……なるほどね」
そう言って、ユーリンは自分よりも背の高いカトレアの胸元まで歩いていき、強く抱きしめた。
「社長?」
突然の出来事に少々驚きの声を上げるカトレアに、ユーリンは強く命令した。
「カッチャン」
「はい?」
「もう二度と離れないで」
「マザコンですか?」
「違うわい!」
ユーリンの顔は塗り絵をしたように真っ赤になっており、月明かりに照らされて目元にキラリと光るものが見える。
「それではいったい?」
この状況をまったく理解できないカトレアに、ユーリンは泣きそうになっていた。
「もう一度言うよ?……二度と離れないで」
「……はい、マスター」
カトレアの顔はユーリンを慈しむように微笑んでいるかのように見えた。
カトレアの無表情はこれが理由とさせて頂きます!