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鋼鉄のゾルダート  作者: 印西たかゆき
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第三話一部 とある酒場のサイコパス気質女将

こんにちは、作者のポンタです!

今回はちょっとしんみりしたお話を書いてしまいました。


「コイツ~いい加減取れろよ~!」

「仕方ありません、地道にやりましょう」


ギルト共和国の最南端に位置する港町ミルタ。

その名の通り漁業が盛んで街の漁師たちは朝は午前五時から漁に出かけ、午後一時を少し過ぎたぐらいに帰ってくる。

よって、朝八時に陸地で働いているのは酒場か役場くらいであり、民間軍事会社ジークフリートの社長ユーリンと秘書のカトレアは例外的な存在である。


「もうヤダ! 今日はもう休もうよ~」

「ダメです、頑張りましょう」


ユーリン達は今、先日の戦闘で酷使した人型戦術機動兵器クリーガー改とイェーガーの清掃、修理をしていた。

作戦地域が砂漠だったこともあり、機体の各所に砂が入り込み、エンジンの冷却器やカメラアイなどの精密部品に深刻な被害を出していた。

おまけに、クリーガー改の機体の下半身は膝から下が完全に欠損しており、上半身も損傷している。

結局、この日は砂の除去に徹底してなんとか夜には作業を終えることが出来た。

翌日、ユーリンがベッドで寝ていると、カトレアが朝食が出来たことを告げに部屋に入ってきた。


「朝食の用意が出来ました、社長」

「……今日の朝食は大丈夫だろうね?」


カトレアの経理、作戦参謀に関する能力はジークフリート社にはなくてはならない存在だし、ユーリンもその能力を高く評価しているが、その代償と言うべきか、カトレアの家事能力は深刻なまでに能力不足であり、ユーリンはカトレアの作る食事にはひどく迷惑しており、たびたび命の危険を感じたこともある。


「問題ありません。今回の朝食は生卵一個となっております」

「はっ!? なんで?」


自分の繊細なお腹を壊す可能性のある食べ物を出されたことに、ユーリンは不機嫌な表情でベッドから起き上がり、リビングのパイプイスに座った。


「はい、ア~ン」


ユーリンがパイプイスに座ったのを確認した後、カトレアは生卵の殻を割ってロックグラスに生卵を入れると、ユーリンの口にそのロックグラスを近づけた。


「するかぁ! どこの世界に生卵をメイド喫茶風に食べる社長がいるよっ!?」

「不満があれば酒場で朝食を済ませればよろしいかと」

「なにそれ!? あんた、まがりなりにも秘書なんだから食事ぐらいまともに作ってよ!」


不満を漏らすユーリンはタンクトップと半ズボンのまま、部屋を出て行こうとした。


「どこへ行かれるんですか?」

「酒場! あそこなら女将さんのおいしい手料理が食べられるもん!」


怒りの収まらないユーリンを見て、カトレアはぶっきらぼうに答えた。


「そうですか。私はクリーガーとイェーガーの修理を済ませておきますので」

「勝手にやってればっ!?」


最後までカトレアへの苛立ちが収まらなかったユーリンは、部屋の玄関に設置された木製の扉を勢いよく開いて、アパートの錆びついてすっかり焦げ茶色になった階段を降りて町の方へ歩いて行った。

ぎらつく太陽が照らしつけるなか、町の入口まで来たユーリンはそのままコンクリート造りの無機質な家々を抜けて町の中心にある酒場を目指した。

途中、どこかの家の褐色のご婦人方に怪訝な目で見られたが、それはいつものこと。

ユーリンは汗まみれになりながらもその視線をかいくぐって、町の中央に位置する酒場の入口まで来た。

酒場の、味のある木製扉を開いて中に入ると、冷房が効いているのか、涼しい風が太陽の熱により熱せられたユーリンの皮膚を少しずつ冷やしていった。


「やぁ、レイカさん」

「あら、ユー君、おはよう」


外からの陽光と広い大天井に備え付けられた電気シャンデリアによって、良い感じに照らし出された酒場の奥にあるバーカウンターのイスには、官能的な肉体を持ち、真っ白なエプロンを身に着けた女性が座っていた。

女性はユーリンの姿を確認すると、バーカウンターのキッチンの方へ移動してなにやらガサゴソ中を漁っている。

ユーリンは味のある木製のテーブル席や宴会などに使う大テーブルの間をすり抜けて、レイカの真正面の席に着いた。

この酒場はミルタでは珍しく木造建築になっており、この町がコンクリート製の建物に代わる前の古き良き時代を、古株の住人達に思い出させてくれる。


「それじゃ、マグロ定食一つで」

「その前に」


ユーリンの注文する声を制して、レイカはカウンターの棚から短銃身の銃床を切り落とした二連装ショットガンを取り出して、ユーリンに突き付けた。


「今までのお代のツケをキッチリスッキリカッチリ全額払ってもらいましょうか?」


レイカは笑みを浮かべていたが、その吸い込まれそうなほど黒い目の奥には、今すぐにでもユーリンを撃ち殺さんばかりの殺意を抱いていた。


「ま、待ってよ、レイカさん! 最近まとまった金が入ったからちゃんと―」

「あ、あとこの前の漁師達との乱闘で壊したテーブルとイスとお酒の弁償代もまだだったわねー」


自分の話を無視してショットガンを鼻先にグイグイ押し付けるレイカに対して、ユーリンは本気で自分の命を心配し始めた。


「ホ、ホントだよ! だからさっさとその物騒なモノおろせ!」

「おろせ?」


レイカの表情から笑みが消え、引き金にかかる人差し指がピクリと動いた。


「おろして下さい、レイカ様!」


ユーリンの服従の宣誓とウルウルした瞳に負けたレイカは、ユーリンを殺すことを諦めた。


「ふぅ、まぁいいわ。それじゃ、今すぐお金をちょうだい?」


ショットガンの照準をユーリンから外したレイカは、いつもの声色で言った。


「今、家にありまして」

「だったらさっさと取りにおゆき!」

「ひゃいっ!」


艶やかな黒髪を振り乱して般若のような形相を浮かべるレイカに、ユーリンはたまらず酒場から走り去ってアパートに向かい、自らの寝室に設置された金庫から金を取って酒場に戻ろうとした。

途中、カトレアが格納庫の方から何かあったのかと問いかけてきたが、今のユーリンには答える余裕がなかった。


「ハァ、ハァ、や、約束の金です……」

「……うん、確かに全額あるわ~。それじゃ、マグロ定食だっけ? 作っちゃうわね」


酒場に戻り、未だにショットガンを持っているレイカの元まで来たユーリンから、レイカは今までのツケの代金や備品の修理費用の金を受け取って銀行員のように数え終えると、金を店の奥にある金庫にしまって満足した様子で料理を作り始めた。


「カトレアちゃんの料理の腕はどうなの?」


マグロの赤身を切り分けながら、レイカが質問してきた。


「全然上達してないよ。だからここに来たんじゃん」

「ふふ、それもそうね」


涼しい店内でレイカから出された長方形のタンブラーグラスに入った水を飲むユーリンは、なんとなくバーカウンターの右隣にある壁に埋め込まれた掲示板の方を見た。

本来、掲示板には行方不明者の捜索やその他犯罪に対する情報提供や犯人のモンタージュ写真などが掲載されることが多い。

しかし、この町の掲示板には家の修繕や漁で捕れた魚を仕分けるバイトなどの内容が書かれた紙を画鋲で留められており、この町の平穏さを如実に語っていた。


「はい、お待たせ」


レイカから出されたマグロ定食の光沢のあるマグロの赤身は、朝から何も食べていないユーリンの食欲を充分に掻き立てた。


「いただきます!」


そう言って、ユーリンは赤身を口にした。

赤身はとても柔らかく、口の中でたちまち消えてなくなってしまった。


「う~ん! やっぱりレイカさんの手料理はおいしいよ!」

「うふふ、ありがとう」


ユーリンはあっという間にマグロ定食を平らげると、さもそれが当然であるかのように、料金を払わず店を出て行こうとした。


「ユーくん~? お代は~?」

「い、いま金欠で……」

「たったの四百五十アルクよ~?」

「……いまお金を持ってなくて」


ユーリンがそう言った瞬間、レイカの顔に凄絶な笑みが浮かんだ。


「あらぁ~? こんな所に我が家の財産を食いつぶすゴミ虫がいるわ~」


そう言いながらショットガンを再び構えるレイカに、ユーリンは顔面蒼白となった。


「ちょ、ちょっと待って! 払う、払います! でも今お金は家にあって―」

「へぇ~タダ飯もらえるとでも思ったの? 甘いわね~」


ショットガンの引き金に掛けられたレイカの人差し指が半ばまで曲がった時点で、ユーリンは覚悟を決めた。

しかしレイカは何かを思い出したような表情をして、ユーリンに対して聖母のように微笑みかけた。


「ねぇ、ユー君?

そのかわいいお顔と脳みそを床にぶちまけたくなければ、お姉さんの言うこと聞いてくれる?」

「喜んでっ!!」


自分の命を繋ぐ唯一のチャンスに、ユーリンは賭けた。

レイカはショットガンの銃口をユーリンからはずして構えながら言った。


「うふふ、ありがとう、それじゃ、ちょっとこれを見てくれる?」


そう言って、レイカはエプロンのポケットから一枚の紙を取り出した。

ユーリンはレイカからその紙を受け取ると、ショットガンの銃口を気にしつつ、紙の内容を確認した。


「ミルタの防衛?」


紙には透かしでギルト共和国の国章が刷り込まれており、手紙の最後にはラルドの署名があった。


「実はギルト共和国のラルド首相から私の方に連絡があってね。盗賊団がこの町に来るらしいの」

「盗賊団? でも、この町に何を盗みに来るの?」


はっきり言って、ミルタは漁業が生業の沿岸町である。

そのため、宝石店もなければ金目になりそうな文化遺産もない。

あるとすれば銀行ぐらいだが、この町の漁師達の奥様方はタンス貯金が主な現金保管方法であり、銀行に行く理由は避暑ぐらいしかない。


「ラルド首相によれば、連中はギルト共和国の銀行を襲撃した後、こちらの方向へ逃走してるらしいわ」

「いつ来るの?」

「明日の午前中には来るみたいよ」


しかし、ユーリンは納得していなかった。


「いくらギルト共和国の警察でも、強盗団を制圧することぐらいなら簡単でしょ?

どうしてそんな手間がかかってるの?」

「……強盗団がバンツェルを持ってるからよ」

「あぁ、なるほど」


カトレアのその説明で、ユーリンはあっさり引き下がってしまった。

国軍解体後、国家の防衛や治安維持はすべて警察組織が担っているが、彼らの装備は貧弱であり、国軍の装備などを強奪した悪質な民間軍事会社や犯罪組織にはとても太刀打ちできないでいる。

また、それらの反社会組織に対抗するために、国家はそれぞれお抱えの民間軍事会社がおり、トラブルの解決にあたらせている。

当然、そういった経緯もあって立場としては民間軍事会社の方が否が応でも上になってしまうため、最近では警察の重武装化や国軍復活の議論が盛んにおこなわれている。

そこまでユーリン達が話していると、酒場の扉が勢いよく開いて外から褐色のたくましい体をした男達数人が入ってきた。

男達はバーカウンターまで来るとユーリンを取り囲むように席に着いた。


「よう、社長さん」


一人のリーダー格の男がユーリンの肩に手を置いて絡んできた。

男達からは磯の香りが強烈に漂い、この町の漁師であることを申し分なく物語っていた。


「俺達が漁に出ている間、あんたは人殺しで儲けてるんだろ、え? どんな気分だよ」


正直言ってユーリンの経営する会社を含め、すべての民間軍事会社の関係者はその他の業界からかなり忌み嫌われていた。

その理由は単純明快で、多くの民間軍事会社が元は過激なテロ組織や食い詰めた犯罪者の集団などで構成されているからだ。

ユーリンの会社はギルト共和国へ正式に設立登記してあるが、それらの会社はごく一握りであり、ほとんどの民間軍事会社は非合法で依頼外での殺人や略奪事件が後を絶たない。

そんな理由もあり、この町の住人のユーリン達に対する眼差しは非情に厳しく、先程通りで見かけたご婦人方の視線も、物珍しさからではなく嫌悪感からくるものであった。

当然、その夫である漁師達の感情も良くなく、お互いに会ってはしょっちゅう喧嘩をしていた。


「ねぇ、ゲンザン。町のみんなを集めてくれる?」

「なんだよ、女将! 俺はこいつを―」


すでに年齢が六十を越えているであろう白髪の大男で、口ひげをピンと上まで伸ばした風貌が特徴的なゲンザンがそう言いかけた時、レイカの手の中でその瞬間を今か今かと待ち望んでいたショットガンがついに火を噴いた。

ただし、標的はユーリンではなくゲンザンの足元の床であり、強烈な発砲音が鳴り響いたと同時に床にはポッカリと地面まで通じる穴が空いてしまった。


「早くおしっ!!」

「わ、わかった!」


レイカの迫力に押されたゲンザンは、他の漁師達を連れて慌ただしく酒場を後にした。


「それでねユー君。話を戻すけど、ユー君には盗賊団を皆殺しにしてほしいの」

「いやいや……今サラッと怖いけど言ったけど良いの?」

「どうせ危害しかふりまけないクソ共なんだから良いんじゃない?」

「そ、そうかな」


レイカのサイコパス気質を目の当たりにして怖気ずくユーリンだったが、


「まぁ、いいや。わかった、引き受けるよ」

「ふふ、ありがとう、ユー君」


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