第十三話三部 再び再会
ゴルゴグラードでは、混乱が広がる一方だった。
すでにトリストン地区だけでなく、ヴァルヴォア地区やドロテア地区、ヒットレル地区、タロイス地区とデカデンツ地区でも、事態の収拾がつかなくなっていた。
「クソッ! 本部からの応答はまだないのか!?」
「ダメですっ! つながりません!」
暴徒達をショットガンや拳銃で倒しながら、上司の警官は部下の警官に対して怒鳴り散らしていた。
やがて彼らも暴徒達に襲われ、命を絶たれる。
そのような光景が、ゴルゴグラード全域で見られた。
都民の大半は有事の際の避難シェルターに身を隠していたが、いつ終わるかも分からない暴動に辟易していた。
そのゴルゴグラードの地下に設けられた政府管轄の要人収容シェルターで、ラルドを含む重要閣僚は監禁されていた。
コンクリートと鉄筋で作られたシェルター内は、有事の際に政府機能のほとんどを移転出来るように広大な空間が設けられていたが、その中にいたのはラルド達数人と、『奴ら』のティナ、ユリア、オクサナだけであった。
他の政府の人員は、『奴ら』の部隊が別のシェルターに監禁している。
「……それで、今回はどのようなご用件でこのような暴挙を?」
穏やかに、しかしたっぷりと皮肉を利かせてラルドが質問した。
そのラルドの質問に、ティナはニッコリと微笑んで答えた。
「どうしても知りたいですか?」
「知りたいですなぁ……もっとも、無理にとは言いませんよ。
私は紳士ですからな」
「ふふ、結構なことです」
ラルドは努めて紳士的に振る舞っていたが、内心はいつ殺されるのかと気が気ではなかった。
額に流れる汗の意味を三人に悟られぬよう、ラルドは話し続けた。
「おそらく、我々を権力の座から引きずり下ろし、自分達が取って代わるためでは?
これほどの混乱が起きても、あなた方ならいつでも鎮圧出来るでしょう。
その時我々は、例えあなた方に監禁されていたとはいえ、国家の危機に対処出来なかった責任を問われるでしょう。
その時、あなた達が名乗り出る。
『我々が暴動を鎮圧しました。どうぞご安心ください』と」
ラルドの話を、三人は静かに聞いている。
「そして野党や与党、国民を焚き付けて総選挙に持ち込む。
おそらく議席は単独過半数を取れるでしょう。
その後にあなた方の中から首相や大臣を選出して政権に就く。
その後はあなた方の思うままでしょう。
あなた方がその後にどのような事をするかは分かりませんが―」
「それだけか?」
ラルドの話を遮って、ラルド達を直立不動で監視していたユリアが、ラルドに視線を注ぐ。
「……はい?」
精一杯平静を装っているが、ラルドの心臓はすでに爆発するほど鼓動していた。
ユリアは床に座り込むラルドに近づいてその首を掴むと、ラルドの心を覗き込むようにジッと見つめた。
「それだけかと聞いているんだ」
「ぐっ! くっ!」
ユリアは、その華奢な体からは想像も出来ないほどの怪力でラルドの首を絞めていく。
「やめろ、ユリア」
「……はい」
近くの壁にもたれ掛かるティナにそう言われて、ユリアはラルドの首から手を放した。
「がはっ! ごほっ!」
ラルドは床に転がってのたうち回った。
やがてラルドが落ち着くと、ティナは口を開いた。
「……いいだろう、最初から説明しよう」
そう言ってティナは姿勢を正すと、ゆっくりと説明し始めた。
彼女の雰囲気はラルドと接している時とは別人となり、彼女本来の雰囲気を身に纏っていた。
「まず初めに言っておきたいんだが、今起きている事態は我々が引き起こしたものではない」
「馬鹿な! 何を今さら―」
「口を慎め!」
激昂するラルドを、ユリアが制止する。
その場が静かになると、ティナは話を再開した。
「まず、ラルド首相の指摘は概ね正解だ。
我々はあなた達に代わってこの国の主導権を得るつもりだよ。
しかし、それは本来は我々の予定に無かった想定外の行動なんだ」
ティナは穏やかな口調で話している。
もっとも彼女がいくらその口調で話そうと、目の前で自分達から目を離さずに監視しているユリアと、ティナの隣で腕組みをして睨みつけるオクサナがいる以上、ラルド達は気が気ではない。
「まずこの事件における我々の本来の計画としては、この事態を引き起こした元凶がこの惑星からさほど離れていない宙域に迫っていること、その元凶がこの惑星のあらゆる生命体に脅威であるということを、我々が獲得した協力者、賛同者を利用してあなた達の社会に広く知らしめ、あなた達で、あるいは我々も協力して元凶を排除、殲滅つもりだった」
「そうか……あなた達は公式には今回の接触が初めて……
下手に自分達で警告を発するよりは、我々の側の人間を使う方が無用な混乱は避けられるという事ですな?」
「そういうことだ」
ティナはそう言いながらラルドに近づいた。
「そこで一つ提案なんだが……
君達、我々と今からでも協力する気はないか?」
「ほう、なぜです?」
自分以外の重要閣僚から戸惑いのざわめきが聞こえるなか、ラルド首相は余裕の態度を崩さなかった。
無論、先ほどユリアに絞められた首は今でもヒリヒリと痛む。
心臓は今にも爆発しそうに鼓動を刻んでいる。
しかし、他の閣僚が目にわかるほど動揺している以上、自分だけでも平然としていなければならない。
それは今後も彼女達と付き合っていくうえで、『簡単に動じる男ではないぞ』という事を精一杯アピールするための、ラルドの政治家としての思いだった。
「実はな、協力者や賛同者との連絡が取れないんだ。
この騒ぎでやられたか……もしくはどこかに身を隠しており、連絡が取れない状況にあるか……いずれにして も、今のこの状況で我々が声明を出してもさらなる混乱を招くだけだ。
この国は規模としては小さいが、この惑星に存在する他の国家群に今起こっていることを伝え、これからどうすれば良いかというのも充分に伝えることが出来るだろう……どうだ?」
ラルドは迷った。
確かに、この惑星で起きている出来事を止めるには彼女達の協力が必要だろう。
しかし、彼女達を信じてよいものか……おそらく、この混乱を収められたとしても、その後のギルト共和国は非難の矢面に立たされるだろう。
『ギルト共和国は宇宙人と手を組んでいたっ!!』
『ギルト共和国と宇宙人との関係はっ!?』
例え三流週刊誌のような文言でも、この混乱を経験した後の民衆には関係ないだろう。
悩んだ末、ラルドは重い口を開いた。
「……わかりました、あなた達と組みましょう」
ラルドがそう言った瞬間、ティナは微笑みを浮かべてラルドに近づいてその肩を叩いた。
ラルドには、その微笑みに嘘はないように思えた。
「よろしくな」
※
一方、ユーリン達はゴルゴグラードのトリストン地区へと続く入り口の前に着いた。
ユーリン達の目の前には暴徒達がうごめいていたが、まだユーリン達には気づいていない様子だった。
「なんとか首都には到達しましたが……
これからどうなさいますか?」
イェーガーに搭乗するカトレアが、パンツァー・クリーガーに搭乗しているユーリンに対して無線越しに質問した。
ユーリンの回答を、他の社員達も心待ちにしていた。
「とりあえず、このまま進もう。
相手は暴徒だし、ここから先は市街地だからなるべき手持ちの火器で対処して?
準備が終わったら僕に連絡してよ」
「かしこまりました」
そう言って、カトレアは無線を切った。
ユーリンの言葉を聞いて、パンツァー・クリーガーが搭載された第一ランドポーターに乗るレイカは準備を始めた。
「雨、ひどいわね~」
運転席に座るレイカは、外をぼんやりと眺めながら呑気に呟く。
トランスポーターの外は土砂降りであり、アスファルトの窪みには水たまりが出来ていた。
レイカの手には愛用のソードオフショットガンが握られており、全身にショットシェルホルダーを装着している。
彼女は軍用の防弾チョッキに取り付けたショットシェルホルダーから弾を取り出すと、その弾を持ったままウィンドウガラスを下げて、戦闘態勢に入った。
窓の外から雨粒が車内に入ってくるが、レイカは気にせずに無線機を手に取ると、ユーリンに準備完了の合図を知らせた。
「こちら第一ランドポーター、準備完了よ」
「わかった」
ユーリンはパンツァー・クリーガーに搭乗しながら、レイカの合図を受け取った。
一方、イェーガーを搭載した第二ランドポーターでは、アーニャとイリスが準備をしていた。
「ねぇ……アンタ、ユーリンの事好きなの?」
「ふぇ!?」
突然の質問に、イリスは素っ頓狂な声を上げた。
「な、なによその反応は!? 怪しいわね!」
「だ、だって!……う~、そういうアーニャさんこそ、ユーリンさんの事好きなんじゃないですか!?」
「はぁ~!? なんでアタシが―」
「だってそうじゃないですか!
いつもはパソコンの前でカチャカチャいじってるだけなのに、ユーリンさんが来たら女の子みたいな仕草 で『おはよう、ユーリン。今日もいい天気ね』って言うじゃないですか!」
「別にいいじゃない、それぐらい!
なに!? アンタ嫉妬してんの!?」
「嫉妬なんかしてません!
アーニャさんの本音が聞きたいだけです!」
イリスがそう言ったきり、二人は互いに睨み合った。
しばらくすると、アーニャがプイッとそっぽを向いて準備を再開した。
「覚えてなさいよ……」
という恨み節をのこして。
アーニャはダッシュボードに入れておいたマシンピストルを手に取ると、カトレアと同じようにウィンドウガラスを下げて待機した。
イリスは短銃身のリボルバーを懐から取り出した。
アーニャがユーリンへ準備完了の報告をしようと無線機を手に取ると、横でイリスが震えているのがわかった。
「ふん! なによ、怖いの?」
アーニャはそのイリスの様子を見過ごさずに、得意満面な笑みを浮かべた。
「……はい、怖いです」
「え?」
しかし、イリスの予想しなかった言葉に、アーニャは戸惑った。
「私、普段は研究開発ばかりで……
こんなこと、初めてなんです……
イリスさんは怖くないんですか?」
「……アタシだって怖いわよ」
「え!? そうなんですか!?」
イリスは心底驚いた様子でアーニャの方を見た。
「当たり前でしょ?
アタシだって、普段はコンピューターばかりいじってるだけだもの。
でも、だからって……怖いからってここでユーリンの帰りを待つの?
アタシは嫌よ!
他の人達はユーリンの事をどう思ってるか知らないけど、アタシはユーリンが好きなの!
例え他の人達がいなくなっても、アタシだけはずっとユーリンの傍にいるんだから!」
アーニャは自身の考えをイリスにぶちまけた。
そのアーニャを見て、イリスはフッと笑った。
「やっと教えてくれましたね、アーニャさんの本音」
「ふん! うっさいわね。覚悟はいい?」
「はい!」
イリスの威勢のいい返事を聞くと、アーニャは無線機に向かって準備完了を告げた。
「こちら第二ランドポーター、準備完了!」
「……了解」
少し遅れてユーリンの声が聞こえた。
ニキータが搭乗するデスポートを搭載する第三ランドポーターでは、アンドレアが準備をしていた。
(さてと……)
アンドレアは護身用に持ってきたサブマシンガンを膝に置くと、戦闘服のポケットから一枚の写真を取り出した。
そこに映されていたのは、彼女が密かに隠し撮りした風呂上がり直後の半裸姿のユーリンだった。
「ちゃんと守ってね、私の天使」
そう言って写真にキスすると、その写真をポケットに入れて無線機を手に取り、準備完了を知らせた。
「こちら第三ランドポーター、準備完了」
「了解」
装甲ジープでは、テルールが準備をしていた。
装甲ジープといっても兵員室が密閉されているようなものではなく、武装警察の特殊部隊が長距離パトロールに使用する、四つあるドアが外されたオープントップの車両であり、後部には大量の物資が積載されていた。
テルールは土砂降りの雨を気にも留めずに準備を進めていた。
彼女は隣の席においていた軽機関銃を手に取ると、無線で準備完了を知らせた。
「……こちらジープ、準備完了……」
「了解。これで全員だね。
それじゃ、行こうか」
ちなみにトラックの方は、ユーリン達が装甲と武装を施した状態でミルタに置いてきた。
そうすれば、再び暴徒達が襲ってきたとしてもゲンザン達で対処できる。
ユーリンのその言葉を合図に、ジークフリート社の車列はトリストン地区に突撃した。
ユーリン達の存在に気付いた暴徒達は、奇声を上げてユーリン達の車列に襲い掛かってきた。
車列の先頭を走る装甲ジープに乗るテルールは、ジープのハンドルを器用に操りながら軽機関銃で暴徒達を排除していった。
装甲ジープの後ろに続く車両も、暴徒達に銃弾の雨を浴びせながらその巨体で暴徒達を轢き殺していった。
しばらく通りを走らせていると、ビルの陰から巨大な物体が現れた。
「……っ!」
テルールは心底驚いた。
その物体はバンツェルほどの巨躯を誇り、全身は半透明のゼリー状の物体で構成されていた。
何よりその物体は明らかに生きており、ユーリン達の方を見るなり、その口と牙しかない顔を歪ませて咆哮した。
「ギシャー!!」
その生物はユーリン達に向かって突進してきた。
「……っ!」
テルールは荷台から使い捨て単発式の軽量ロケットランチャーを取り出すと、ほとんど照準をつけずにその生物に向かって発射した。
弾頭は生物に向かって直進し、盛大な炎を上げて爆発した。
「ぎぃー!?」
その生物は一瞬だけ怯んだが、すぐに体勢を立て直した。
しかも、その傷は浅く、表皮の部分を少し焦げ付かせた程度だった。
「……ウソッ!?……」
テルールは驚愕した。
いくら巨体であろうと、ロケットランチャーの直撃を受けて動ける生物がいるはずはない。
しかし、目の前にいる生物は傷を負っているにも関わらずに自分達の方へ向かってくる。
(……どうしよう……)
呆然とするテルールの乗る装甲ジープに、その巨大生物の腕が振り下ろされる。
「テッチャンッ!!」
「カトレアちゃんっ!!」
後ろでユーリンとレイカが叫ぶ。
おそらく彼らは、テルールの最後を心のどこかで悟っただろう。
しかし、現実はそうはならなかった。
「ギャッ!?」
巨大生物は驚きともとれる声を発して後方に倒れた。
装甲ジープの後ろにいるランドポーターの荷台では、頭部と胸部のバルカン砲、右手に握られた百ミリ突撃小銃から煙を吐き出すパンツァー・クリーガーの姿があった。
「……マスター……助かった……」
テルールは安堵した。
パンツァ―・クリーガーはランドポーターの荷台から降りると、巨大生物に向かって歩いていった。
「ぎぃ……ギシャー!!」
巨大生物は咆哮を上げてパンツァー・クリーガーに突進していった。
ユーリンは再びバルカン砲と突撃小銃の斉射を浴びせた。
しかし、巨大生物は怯まずにパンツァー・クリーガーを殴りつけた。
「ぐあっ!」
「ユー君!?」
パンツァー・クリーガーは頭部カメラを破損して道路に倒れこんだ。
テルールは再び、装甲ジープに積まれたロケットランチャーで巨大生物を攻撃した。
他の車両に搭乗する者達も、手持ちの武器でもってユーリンを援護した。
「ギョアー!!」
度重なる連続放火に、巨大生物はその場で暴れまわる。
その隙に、ユーリンはすでに一部の画面が使えなくなったモニターを見ながら、パンツァー・クリーガーを操作した。
パンツァー・クリーガーはビームサーベルを装備すると、巨大生物に向かってブースターを全開出力にして突進していき、サーベルを振り下ろした。
「えっ!?」
ユーリンは驚いた。
サーベルは巨大生物の表皮を焼き切って振り下ろされたが、その生物の焼き切られた部位は一瞬とも言える速さで修復されていった。
「ギシャア!」
巨大生物は両腕を振り下ろして、パンツァー・クリーガーを地面に叩き付けた。
「うわぁ!!」
「社長!?」
「大丈夫! それよりアンドレア! ここに新しい機体ってない!?」
ユーリンはヘルメットに内蔵された通信装置で、アンドレアに叫んだ。
「ここって……あ!」
アンドレアは目の前にあるガラス張りの建物を見て驚いた。
そこはかつてアンドレアとイリスが勤めていたパンツァー社であった。
「えぇ! あると思うわ!
でも、私達がいた時からだいぶ経ってるから、もうないかも―」
「構わないよ! カッチャン、一緒に来て!
バンツェルを動かすのを手伝って!」
「かしこまりました!」
カトレアからそう返事がくると、ユーリンはハッチを開けてパンツァー・クリーガーから降り、手にしたショットガンで辺りの暴徒達を倒すと、建物に向かって全力疾走した。
カトレアもイェーガーのコクピットから飛び降り、フルサイズのライフルで辺りの暴徒達を倒すと、建物に向かって走っていった。
テルールは荷台から六連装のリボルバー式グレネードランチャーを手に取って、巨大生物目がけて発射した。
「ギャア!」
巨大生物は怯み、テルールの方を向く。
「……頑張って、二人共……」
そう言って、テルールはジープを走らせた。
巨大生物は咆哮を上げながらジープを追いかけていった。
「頑張ってね、二人共!」
パンツァー・クリーガーを載せていたランドポーターに乗るレイカは、その事を後ろにいるジークフリート社の社員達にも伝えようとした。
「ねぇ、皆―」
「キャー! あっち行きなさいよ!
ちょ、近づかないで!」
「あぅー!
こうなりゃヤケですぅ! やってやるですぅ! かかってこいですぅ!」
「あははは! ねぇどう!? 鉛の味は!?
おいしい!? ねぇ、おいしい!?」
「オラァ!! 死に晒せや、コラァ!!」
しかし、すでに後ろにいる者達は半狂乱になりながら暴徒達を倒していた。
「……心配なさそうね」
レイカは後ろの状況を見ながら冷静に言った。
レイカがそう言った後、パンツァー社の前では激しい銃火の音が響き渡った。
※
一方、パンツァー社の中は薄暗く、不気味に静まり返っていた。
「暴徒達が襲ってこないのはありがたいですが……
施設の電源設備が機能していないのはまずいですね」
「ん? どうして?」
タブレットを操作しながら呟くカトレアの言葉に、ユーリンは周りを警戒しながら疑問をぶつけた。
「たった今この建物の地図をダウンロードしましたが、電源が落ちているとなるとエレベーターは使えません。
そのため、バンツェルにたどり着くには向こうの職員専用階段を下りていくしかないようです。
しかも、バンツェルを外に出すのは地下の昇降装置を使って屋外に出さなければいけません。
ですが、その昇降装置は電気で動きます。
その電源設備は同じく地下にあります」
「つまり?」
「実は、地下の研究施設には電源設備と共に発電装置も据え付けられているようなのです。
この停電の原因がそこにあるとするなら―」
「気を付けろってこと?」
「……そういうことです」
カトレアは重々しく答えた。
彼女にとっては、マスターであるユーリンに危害が及ぶことは避けたい。
出来れば一人で行きたい……
しかし、彼にその事を伝えても断られることは今までのデータで分かっている。
カトレアが思い悩んでいると、ユーリンにポンと肩を叩かれた。
「心配しすぎだよ。
僕とカッチャンなら大丈夫だって!」
「……はい、その通りです!」
そして、ユーリン達は中央のエレベーターの奥にある職員や社員のみが使える階段から、地下に下りていった。
ここでも暴徒達に会うことなく、足音だけがこの空間に響いている。
やがて地下にたどり着くと、右側に重厚な扉があった。
ユーリンにはこの扉に見覚えがある。
以前、新型バンツェルの試験の依頼が来た時に、アンドレアと一緒に乗り込んだエレベーターの扉だった。
ということは、左側の扉が研究施設への扉という事になる。
ユーリンは研究施設への扉の右側に立ち、カトレアは左側に立った。
「いくよ?」
「はい」
二人は勢いよく扉を蹴破り、研究施設に突入した。
「うっ!」
「これは……」
研究施設に暴徒達はいなかった。正確には、生きている暴徒達はいなかった。
床には原型をとどめた死体もあれば肉塊になったものあり、ここで起きた惨劇を容易に想像できた。
ユーリンが薄暗い空間を慎重に進んでいくと、左側に電気のマークが記された装置があった。
「見つけた!」
ユーリンはケミカルライトで辺りを照らして配電盤に近づくと、手早く修理した。
もっとも、ほとんど損傷がなかったため、あまり問題ではなかった。
「こちらも見つけました!」
ユーリンが声のする方を見てみると、奥の研究棟の横にカトレアがいた。
カトレアは慣れた手つきで発電装置を直すと、ユーリンの方の配電盤に火花が散り、やがて研究施設に人工的な明かりが戻った。
「うわっ!? 誰!?」
「っ!? 貴様、動くなっ!」
ユーリンとカトレアは動揺した。
以前試験をした新型バンツェルは変わらずあったが、その足元には血まみれの女性が呆然と立っていた。
女性の身体は先程見た巨大生物と同じ半透明で、豊満な肉体をしていた。
女性はゆっくりとユーリンの方を向くと、床を蹴って一気にユーリンとの距離を縮めた。
「しまっ―」
「社長っ!」
ユーリンは死を覚悟した。
しかし、彼の身体は激痛ではなく何か柔らかい感触に包まれていた。
「ん?」
ユーリンが目を開けると目の前に女性がおり、胸の谷間にユーリンの顔を押し込んでいた。
「んごっ!?」
ユーリンは慌てて女性から距離を取ろうとするが、女性はユーリンが押してもビクともしない。
「貴様ぁあっ!!」
そんな二人の様子を見て、カトレアは仁王の形相で疾走した。
ほぼ一瞬で距離を詰めると、カトレアは渾身のパンチを女性に対してお見舞いしようとした。
「死ねぇえっ!!」
「ぐぼぁっ!?」
「あ、マスター!? 大丈夫ですか!?」
しかし、女性はヒラリとパンチを避け、代わりにユーリンに当たってしまった。
ユーリンは配電盤に叩き付けられ、ズルズルと倒れた。
「わ、私はなんてことを……」
放心するカトレアの目の前で、女性は倒れたユーリンに駆け寄って揺さぶった。
「……ん? あ、あれ?」
気が付いたユーリンは、状況が呑み込めていない様子だった。
「社長! もう少々お待ちください!
今すぐコイツを―」
「待って!」
ライフルを構えるカトレアを、ユーリンが止める。
ユーリンは女性の方を向き、優しい口調で問いかけた。
「僕はユーリン。あなたの名前は?」
「ウ……ガ……ワカラナイ」
女性は言葉を話した。
しかし、その声はどこか異質であり、人間のものではなかった。
「アレは君がやったの?」
ユーリンは死体の山を指さしながら質問する。
「ウン」
女性ははっきりと答えた。
ユーリンはしばらく考えると、カトレアの方を向いて話した。
「カッチャン、この子も連れていこう」
「なっ!? 本気ですか!?
この大量殺人を行った人物をあなたの傍には置いておけません!」
「それは分かるけど、そもそもなんでこの子はこんな事をしたのか気にならない?
それに、この子はどう見ても人間じゃない。
ひょっとしたら、今回の騒動のカギを握っているかもしれないじゃないか」
「む……それはそうですが……」
ユーリンの言う事にも一理あった。
おそらく、彼女は今回の騒動で初めて出会った事件の関係者だろう。
確信はなかったが、ユーリンにはそんな気がしてならなかった。
というか、そうじゃなければパンツァー社が未知の生物を保有しているということになる。
結局その場はカトレアが折れ、三人はその場にあった新型バンツェルに乗り込んだ。
「動きますか?」
席に座って起動準備を行っているユーリンの後ろで、カトレアは心配そうに聞いてきた。
「うん、大丈夫。武装も画面の表示ではちゃんと備わっているみたいだし、いけるよ」
そして、ユーリンはバンツェルを起動させた。
「さて、バンツェルは起動させたけど……
どうやって外に出るの?」
「少々お待ちを」
そう言って、カトレアはタブレットを操作した。
「分かりました。
昇降装置の起動パネルはあそこです!」
そう言ってカトレアが指さした場所は、バンツェルの足元だった。
そこには確かに様々なパネル類が並んでいるように見えた。
例の女性はその場所に飛び降りると、色々とパネルを見て悩んだ末、一番大きな赤いボタンを押した。
すると、ユーリン達を乗せたバンツェルは移動式の床によって研究施設から外に出ようとしていた。
女性がバンツェルまでジャンプで戻ると、ユーリンはコクピットのハッチを閉めた。
やがてバンツェルが止まると、今度は上に向かってかなり早い速度で昇っていった。
ユーリン達を乗せたバンツェルが外に出ると、目の前には例の巨大生物とテルールがおり、テルールは装甲ジープを降りて生身で戦っている様子だった。
「っ!……マスター……」
テルールがそう言った瞬間、巨大生物は両腕を振り上げた。
「危ないっ!」
ユーリンはペダルを限界まで踏み込み、巨大生物に突進し、ラズラシェーニエを突き入れた。
「ギャァアーッ!!」
ラズラシェーニエが当たった巨大生物の表皮は爆散し、その体を真っ二つにしてしまった。
表皮や内容物らしきものが飛び散るなか、四人はしばらく呆然とした。
「おい、お前ら! 大丈夫か!?」
やがて暴徒達をあらかた倒したニキータ達が合流すると、ユーリン達はコクピットから降りた。
「やったな! だが、こいつはいったい―」
「それより皆に聞いてほしいんだけど……」
ニキータの言葉をユーリンは遮り、新型バンツェルのコクピット部分を見た。
「ねぇ、出ておいで!」
ユーリンがそう言うと、コクピットからひょいと例の女性が姿を現した。
その姿を見て、その場にいた者達は全員武器を女性に向けた。
「ちょ、ちょっと待って!」
ユーリンが全員に武器を下すように言うと、その女性に近づいて事情を説明した。
「この人、パンツァー社の地下研究所にいたんだけど、見た目がそこにいる生物に似ているでしょ?
だから、我がジークフリート社としては事態の全容がわかるまでこの人を保護するべきだと思うんだよね」
「なに取ってつけたような言葉言ってんのよ!
どうせ、お……おっぱいとかに目がいっただけでしょ!?」
「……まぁ、とにかく、コレ社長命令だからよろしく!」
「ちょ、無視してんじゃないわよ!」
その後もアーニャを中心とした社員達の反発に遭いながら、ユーリン達は新型バンツェルを第一ランドポーターに積載して、車列と共に移動した。
しばらくすると、丁度トリストン地区の中心にある噴水広場に出た。
この場所もすでに暴徒達に襲撃されたらしく、そこかしこに血痕がこびりついているが、暴徒達の姿は無かった。
「それじゃ、ここでしばらく休憩しようか」
そう言ってユーリンがコクピットのハッチを開いてバンツェルから降りた時、
「動くなっ!!」
ユーリン達は待ち伏せされていた。
「な、なんですか!? いったい何が―」
「……ピンチ……」
「クソッ! どうすんだい!?」
社員達が慌てふためくなか、ユーリンは冷静だった。
その待ち伏せを行った女性達の顔に見覚えがあったからだ。
「言う通りにしよう」
ユーリンがそう言うと、他の者達もおとなしく投降した。




