第十二話三部 民間軍事会社と記者
「はぁ~」
結局その後は取材にならず、一時休憩をとることになり、アパートの一階の通路に座り、リンは深いため息をついていた。
(どうしよう……このままじゃあたしの企画番組が……)
その後も深くうなだれるリンの横に、テルールがゆっくりと腰かけた。
(えっ!? なにっ!?)
突然の出来事に、リンは動揺した。
さりげなく隣を見てみると、自分よりも大柄な女性が黒いコートに身を包んでジッと前を向いていた。
(キレイ……)
リンはテルールの容姿に魅入られていた。
元々テルールはジークフリート社内でも一二を争う美形だが、普段はコートに備え付けられたフードを被っているため、その姿を確認するのは難しい。
しかし、なぜか今のテルールはフードを脱いでいた。
そのせいもあって、リンはテルールに対する恐怖心が少しだけ和らいだのを感じた。
「あの—」
リンが勇気を出してテルールに話しかけた時、アパートの裏手からテレビクルー達の声が聞こえた。
「やっぱ無理だって、この企画」
「だな、さっさとズラかるか」
「リンにはなんて言うんだよ?」
「適当に言い訳するさ。
『次の仕事がある』とか言ってさ」
「だな。じゃあ行くか」
そう言って、テレビクルー達はアパートの表に出てきた。
「あ、リン、こんなとこにいたのか。
悪いけどよ、俺達次の仕事があるからもう行くぜ」
「……うん、付き合ってくれてありがとう。
あたしはバスで帰るわ」
「あぁ、じゃあな」
そう言って、テレビクルーの男達は資材をまとめてワゴン車に放り込み、アパートを後にした。
(……あたし、向いてないのかな)
ワゴン車が走り去ってしばらく経ち、リンは心の中でそう思い、涙をこぼした。
(今まで頑張ってきたけど、やっぱりあたしには……)
気を病むリンの脳裏に、喧嘩別れした両親の言葉が蘇る。
『何ができるというんだ、おまえに』
『何が不満なの、リン?
就職するんだったらお父様の会社に入ればいいじゃない』
(違う、そんなんじゃだめ。
あたしはなるの、報道キャスターに)
リンは力強く涙を拭きとって立ち上がり、決意を固めた。
(この程度のピンチ、今までにも乗り越えてきたわ
誰にも文句は言わせない!
絶対に成功してみせるわっ!!)
「……足、踏んでる……」
「はっ!? ご、ごめんなさい!」
テルールの足を踏んでしまったことを謝罪するリンに対し、テルールは静かに口を開いた。
「……取材、どうするの?……
他の人達、行っちゃったみたいだけど……」
「そ、そうでしたね……」
リンは焦った。
いくら取材をしようにも、機材がないのでは仕事にならない。
リンが考えを巡らせていると、ジークフリート社の面々が集まり始めた。
「なんだ、アンタ? どうして残ってんのさ?」
「あら、リンさん? 大丈夫? 目が赤いわよ?」
「あ、いえ、大丈夫です! 申し訳ありません」
そっと顔を隠すリンをよそに、テルールはさっき見た光景を説明した。
「……なるほど、それはひどいですね」
テルールの話を聞き終えて、カトレアはリンの方へ近づいて行った。
「リンさん」
「は、はい?」
「まだ取材をする気はありますか?」
カトレアのその問いに、リンは力強く答えた。
「はい、あります!」
「でも、機材はどうするのかしら?」
「は、はぁ……そうですよね、どうしましょう……」
レイカの一言で、リンはすっかり意気消沈してしまった。
「ん……」
テルールは突然立ち上がってコートの懐に手を入れ、中からテレビ局が使うようなテレビカメラを取り出した。
「テ、テルールさんっ!?」
「ほぅ、気が利くな、テルール」
テルールの予想外の行動に感嘆の声を上げる一同であったが、リンは再び暗い顔をした。
「あ、でも、これだけだと厳しいです。
最低でも出演者分のピンマイク、集音マイクがないと—」
「ん……ん……」
リンが言い終わらないうちに、テルールはコートの中からリンが言った機材を出してしまった。
「ふむ、ますます気が利く」
「……気が利くってレベルで済むのかな?」
カトレアの言葉に、ユーリンは呆れ気味に言い放った。
「ま、取材は続けるってことでしょ?」
「そうね、肝心のカメラマンやスタッフがいないけど」
「ん……」
アーニャとアンドレアが言い終わった瞬間、テルールはその体躯には似合わないほどの高速で全員にピンマイクを取り付け、右手にカメラを持ち、左手で集音マイクを持った。
「……マジでやんのか、テルール?」
「……うん!……」
テルールの瞳は、これ以上ないほど輝いているように見えた。
「……まぁ、取材ができるということはわかりましたので、皆さん会議室に集まってください」
そのカトレアの一言で、一同はアパートの一階にある会議室に集まった。
この会議室はアパートの改築の際、新たに設計し直したために高度な設備を備えている。
「それでは説明します」
カトレアはリンの方を向いて言った。おそらくここから取材ということなのだろう。
リンもカトレアの意思を感じ取ったのか、神妙な顔でうなづいた。
「本日午後二時頃、我が社に対して一件の依頼が来ました」
そう言いながら、部屋のカーテンをイリスが閉め、スクリーンや投影機材をアーニャが準備した。
カトレアは手持ちのタブレットの端末を投影機材とコードで繋げ、スクリーンに映し出された資料を元に説明を始めた。
「内容はテロリスト殲滅。
相手の人数は二十名前後、バンツェルはファイント三機。
他にも小火器や装甲車なども保有しております」
「なんだい、簡単なもんじゃないのさ」
ニキータの言葉に、カトレアは首を横に振って反論する。
「残念ながらそうでもありません。
彼らは現在、ゴルゴグラード内の銀行に立てこもっております。全戦力を用いて」
「はっ!? なんでだよっ!?」
「もう一つ。
この依頼には準備期間がほとんどありません。
依頼主はラルド首相なのですが、長くて三時間以内だそうです」
カトレアの言葉に、部屋の中にどんよりとした空気が漂う感じがした。
リンも固唾を飲んでこの事態を見守っている。
「仕方ない、やろうよ」
「……大丈夫かしら?」
レイカの疑問にユーリンは率直に答える。
「正直やりたくないけど、ここでやらなかったら—」
「プロ失格ってヤツですねっ!?」
「う、うん、まぁね……」
リンの気迫に押され、ユーリンはうなずいた。
その後はジークフリート社の数々の装備品や兵器について、目を輝かせながら質問攻めにするリンの対応をしつつ、準備を終えた。
「さて、リンさん」
準備を終えた事を確認したユーリンが、リンの方を向いて話し始めた。
「僕らと一緒に来る?」
「えっ!? あ、はいっ! もちろん!」
リンはユーリンに指示された通りにバンツェルを搭載したエアポーターに乗り込んだ。
「……よろしいのですか?」
「……ま、なんとかなるでしょ」
カトレアの質問に、ユーリンは屈託なく笑った。
※
普段の様子とはあまりにも違う光景に、ゴルゴグラード都民は慌てふためいていた。
「下がってください! 下がって!」
「うん、なんかテロリストがいるんだって、うん、そう」
「クソッ! このままじゃ商談が出来ないじゃないか!
……とりあえず、本社に確認の連絡だけしとくか」
ゴルゴグラードのトリストン地区の一角にある銀行の前は、普段からエリート銀行員や着飾った富裕層が醸し出す独特の空気が消え去っていた。
銀行の通りを挟んだ向かい側の歩道では野次馬がざわついており、それらの混乱を抑えるために警官達が奮闘している。
その混乱の渦の少し離れた位置にある対策本部を兼ねた警察車両の中に、ジークフリート社の全員とリンが入っていった。
装備類はここから一つ通りを挟んだところに、犯人達に気づかれないように置いてある。
「ふわぁ……大変ですぅ」
バスの中にある複数のモニターを見て、イリスは不安げな声を上げた。
「フンッ! そうやってブリッ子やってユーリンの気を引こうとしたって無駄なんだからねっ!」
「おーおー良いね、若いってのは」
(すごいなぁー、やっぱりプロの人達はこんなの慣れっこなんだ)
リンにとってはイリスとアーニャとニキータのやり取りも、プロゆえの余裕から出てくるものに見えるらしい。
みんながモニター類を眺めていると、バスの中に一人の中年の男が入ってきた。
「よう、元気か?」
「お久しぶりです、スコット警部」
(お知合いですか?)
リンがユーリンに耳打ちで質問する。
(うん。ウチの依頼が警察関係に関わってくる時に、色々お世話になってる人なんだ)
スコット警部の見た目と言えば髪は伸ばし放題のボサボサ、髭は髭剃りで出鱈目に剃っているために不均等な無精ひげとなって、所々赤くなっている。
およそ警察官とは言い難い容姿だが、今の彼の眼は犯罪を憎む警察官そのものであるような気が、リンにはしていた。
ユーリンの前に立ち、カトレアがスコット警部の質問を受ける。
「状況は見ての通りだ。
奴ら、バンツェルを正面の入り口に二体、裏側に一体と装甲車を配備してやがる。
中の状況は不明だが、今のところ奴らの要求は大型ヘリコプターの準備とそのヘリを追跡しないことだ。 ま、どうせ銀行を襲って金を手に入れたはいいが、逃走手段を用意してなかったってとこだろう」
「それでは目の前にある兵器はどう説明するのです?
まさか初めからバンツェルで銀行を襲撃したワケではないのでしょう?」
カトレアのその質問に、スコット警部は苦虫を噛み潰したような顔をして答えた。
「ま……それはだな……人命優先ってコトだ」
「……つまり銀行の中の人質の命に気を配っている間に、奴らに戦力増強の機会を与えたと?」
「仕方ねぇだろ、奴らは俺達が仲間の行動を邪魔したら人質を殺すって言ってんだ。
他にどうしろってんだよ」
「……まぁ、それもそうですが。
首都の金融街を襲ったにも関わらず逃走手段を用意してないとは、いささかマヌケな者達ですね」
カトレアがワザとニヤッと笑って言うと、スコット警部はその容姿に似合わない真剣な様子で言った。
「そのマヌケな奴らに数十人の人質の命がかかってんだぜ?」
「……わかっています」
カトレアがそう言うと、スコット警部は『部下達を指揮しなきゃいけねぇ』と言ってその場を立ち去って行った。
「……それで、いかがなさいましょう、社長」
「そうだね~」
ユーリンは顎に手を当てて、考え込む。
その場にいる全員が見守る中、ユーリンは自身の考えを述べた。
「……なるほど、多少のリスクはありますが、今のところはその方法しかないでしょうね」
「チッ、ちょいと面倒だな。ま、うまくやってみせるぜ」
全員の賛同を得たところで、ユーリンはリンに向き直って笑顔で話し始めた。
「じゃ、リンさんはここまでね」
「え!? なんでですか!?」
リンが当然のように疑問を投げかけると、アンドレアが肩をすくめて言い放った。
「あのね、ここからはすごく危険なことになるの。
いくら密着取材っていっても、さすがにここから先は連れて行けないわ。
たとえエアポーターの中でもね」
「そんな……」
「それに、今テルールはあなたに付き従うテレビクルーになっているのよ?
私達に何かあっても、彼女の傍にいれば安心だわ」
その後黙り込んでしまうリンをしり目に、ジークフリート社の面々はバスを出て行った。
「じゃ、行ってくるね」
ユーリンはリンにそう言うと、バスの扉を閉めた。
今バスの中にはリンとテルール、モニター監視係の二人の警察官だけだった。
「……良いの、撮れた?……」
「……えぇ、撮れました」
そう言って、リンはテルールの方を見た。
「お世話になりました。もう、いいです」
「……?……まだ終わってないよ?……」
「えぇ、でも私は―」
話をするリンの腕を取り、テルールはバスの外へ出た。
「きゃっ!? ちょ、ちょっとテルールさん!?
どこに行くんですか?」
「……フフ……なんだか面白くなりそう……フフ……アハハ」
「ちょ、ちょっと待ってテルールさん!
私なんだが嫌な予感が—」
困惑するリンの手を引っ張るテルールの口元には、この上ない妖しい笑みが浮かんでいた。




