第十話二部 お得意様と仮の金持ち
「はい、これで使えるわよ!」
「マジかよっ!
本当に作っちまうとはなぁ~」
アーニャからカードを受け取ったニキータは、心から感心しているようだった。
ニキータが手に取ったカードは、まさに世の中に出回っているクレジットカードそのものであり、アーニャいわくプロでも本物と見間違うほどの出来栄えらしい。
「フフン、すごいでしょ~?
ただ、使うんだったらなるべく大きな都市部の銀行の方が良いわ。
コレを銀行の預け払い機に入れると、ウイルスの流し込みと修復プログラムの起動を同時に行って、その銀行に預金されているお金を全部このクレジットカードに送金してくれるの。
送金はコンマ数秒で済むから、仮に銀行員がパソコンの画面を見続けていても、預金が引き出されている事には気づかないわ。
しかも、修復プログラムで預金の引き出しと同時にその預金データそのものを修復するから、データサーバー上にはなんの異常もないことになるしね。
あ、あとコレの残高は無限大で、自分の口座にお金を移すこともできるわ」
説明を終えたアーニャを見て、一同は感嘆の声をあげた。
「……アーニャちゃんってすごいのねぇ~……」
「えっ!?
え、えへへ、まぁね。
小さい頃から機械イジリとか好きだったから……その賜物よ!」
レイカに褒められて、アーニャもまんざらではないようだ。
「それじゃあ、コレ使ってニキータ姉ちゃんのバンツェルを買っちゃおうか」
「ついでにこのアパートや他の施設の修繕や改修を行うのも良いかもしれません、社長」
ユーリンの言葉に、カトレアも反応する。
確かにジークフリート社の人員が一気に増えて、生活基盤の改善も必要だとユーリンも考えた。
この部屋の荒れ具合を見て、その思いは一層募っていく。
結局、アパートの改築などはカトレアに任せることにして、ユーリンはニキータと一緒にバンツェルを買いに行くことにした。
二人はアパートを出てヘリでゴルゴグラードに行くと、トリストン地区に存在するこの国で随一との呼び声高いクラトゥ・ファオラ銀行に向かい、出入り口から見て右側にある現金自動預け払い機の前まで来た。
「いよいよだな……」
「……うん」
二人は目配せをすると、預け払い機の画面に表示されている残高表示を押して、預け払い機の挿入口にクレジットカードを入れた。
しばらく機械音が鳴り、やがて画面にクレジットカードの残高が表示された。
602億5200万843アルク
「ろっ!!」
「しっ! 静かに!」
大声で数字を叫ぼうとしたニキータを、ユーリンは足を踏んで制した。
二人は高ぶる気持ちを抑えて、同じトリストン地区にあるバンツェル製造メーカー、シュタール・パンツァー社へ向かった。
この製造メーカーは実弾系に強いメーカーであり、取り揃えるバンツェルも重装甲が基本であった。
二人がシュタール社の前まで来て一階ロビーに入ると、周囲のサラリーマンやオフィスレディはユーリンとニキータを見て顔をしかめた。
彼らあるいは彼女らがそうなるのも仕方ない。
いきなり名だたる大企業のロビーに、上下が白のタンクトップと紺色の半ズボンの少年と、これまた黒のタンクトップにデニムのショートパンツを着た筋肉ムキムキの女性が入ってきたら、誰だって『何事?』と思うものだ。
それにしたって、この場にいる者達の態度は露骨すぎて良くないと思うが。
周囲の視線と思いも知らずに、ユーリンとニキータはフロントまでズカズカと歩いて行くと、受付係のロボットに対してはっきりと言い放った。
「バンツェルが欲しい!」
「なるべくゴツいヤツがいいぜ!」
と、この状況ではタチの悪いチンピラと思われかねないような事を言ってのけた。
未だに自分達が仮の大金持ちになった興奮から覚めないらしい。
案の定、誰かが呼んだのか、受付の奥にある四つの向かい合わせになったエレベーターの一つから、浅黒い肌のたくましい肉体をした人間の警備員が四名ほど降りてきて、ユーリン達の方へ近づいてきた。
「すみません、お客様。
本日はどのようなご用件でしょうか?」
口調こそ丁寧であるが、四人はすでに腰にぶら下げたスタンロッドに手をかけていた。
「バンツェルが欲しい!」
「なるべくゴツいヤツがいいぜ!」
ユーリンとニキータが受付係に言ったのと同じことを警備員達に言うと、二人の警備員がユーリンとニキータの腕を掴んだ。
「とりあえず外の方へ。
お話はそこで聞きますから」
相変わらず口調こそ丁寧であるが、彼らはあからさまにユーリン達を建物の外に出そうとした。
「ちょっと待ってよ?
僕らは買い物をしようとしてるだけだよ?」
「まぁ、まぁ、とりあえず」
そう言って、残り二名の警備員が加わり、ユーリンとニキータを建物の出口まで引きずろうとした。
「ちょ、待って! 待ってってば!」
「いい加減にしろ! 早く来るんだ!」
警備員の態度が豹変したその時、ユーリンの後ろから鈍器で殴ったような鈍い音が聞こえた。
ユーリンが振り向くと、ニキータの腕を掴んでいたはずの二人の警備員は左右二十メートルほどの距離で倒れており、ニキータは凶悪な笑みを浮かべていた。
「なっ!?」
「お、お前!?」
ユーリンの両腕を掴んでいる警備員はすっかり怯えている。
「ユーリンよぅ……
こんなザコ共になに手こずってんだ? へへ」
ニキータのその言葉を聞いて、ユーリンは覚悟を決めた。
元々、見た目とは違って常人の数倍の身体能力を誇るユーリンからしてみれば、こんな連中など即座に無力化できる。
しかし、今ここで騒ぎを起こすと、今後この企業から買い物できなくなる可能性がある。
小売り品や簡単な資機材ならキューブからでも買うことができるが、今回のようにバンツェルなどの高額かつ強力な兵器類などは、販売する企業などに直接出向いて購入契約を結ぶ必要がある。
そのため、ここで騒ぎを起こしたくなかったのだが、仕方ない。人を見た目で判断したこいつらが悪い。
ユーリンは左の警備員の足を思いっきり踏みつけた。
床と骨の砕ける音と警備員の悲鳴が聞こえる中、自由になった左手と掴まれている右手で、右の警備員の左手首を折り、右手に持っていたスタンロッドを奪うと、右の警備員の首筋に向かって叩きつけた。
「ぎゃっ!」
右の警備員は電流によって激しく痙攣した後、白煙を上げながら床に仰向けに倒れた。
「こ、この野郎!」
足の甲の骨を粉砕された方の警備員は顔を真っ赤にして、ユーリンに殴り掛かった。
「遅い」
しかし、足の負傷と冷静さの欠如によって大振りになった突きは、ユーリンにとってはスローモーションのように見えた。
ユーリンは突きを受け流して自身から見て警備員の右隣に素早く立つと、脇腹のニ、三センチ上に向かって左拳を叩き込んだ。
「ぐっ!」
右側の肋骨を一気に数本折られた警備員はその場で立ったまま悶絶した。
ユーリンはガラ空きになった警備員の局部を蹴り上げ、うずくまった警備員の後頭部に向かって拳を振り下ろした。
警備員はリノリウムの床に叩き付けられ、ピクピクと痙攣していた。
「ふぅ~、なんとか終わった」
「へへ、やるじゃねぇかよ」
「うん、だけど」
周りは悲鳴を上げてうずくまっているオフィスレディや、全力で知らんぷりを決め込むサラリーマンばかりである。
ひとまず会社からつまみ出される心配はなくなったが、警察に逮捕される可能性も出てきた。
ユーリンが心の中で必死に保身の事を考えていると、エレベーターの方から声が聞こえた。
「あら? ユーちゃん? どうしたの?」
ユーリンが振り向くと、そこには三十代前半と思われるダークレッドのビジネススーツに身を包んだ、非常に官能的な雰囲気を醸し出す女性が、心配そうな目つきで佇んでいた。
「あ、アンドレア」
アンドレアと呼ばれた褐色の肌をした女性は、この建物に似つかわしくないほどの色気を周囲に振りまきながら、ユーリン達に近づいてきた。
「何かあったの?……ずいぶん荒れてるみたいだけど」
アンドレアが倒れている警備員を見ながら口を開く。
「こっちがバンツェルを買おうとしたら、追い出されそうになったのさ!
この落とし前、どうつけてくれんだい!?」
話の通じそうな相手が見つかり、ニキータはいつもの調子に戻ってアンドレアに迫る。
「あら、それはごめんなさい。
謝るわ」
アンドレアはそう言って、ユーリンの方を向かって話始めた。
「それで、今日はバンツェルを買いに来たのかしら?
だったら、ここよりも上の商談室で話しましょう」
そう言って、アンドレアはエレベーターに向かっていった。
「……なんだよ、あいつ」
「彼女はアンドレア・バルシュミーデ。
ウチの専属外商を務めてもらってるんだ」
「外商?」
ニキータには何のことかわからない様子だった。
「外商って言うのは、僕らの世界では簡単に言うと企業との売買契約における仲介人みたいなもんだよ。 基本的に僕らはキューブや商店で物を買うからあまり来ないんだけど、今日みたいにデカい買い物をする時はその商品を販売している企業に直接行って購入契約をしなくちゃいけないんだ。
でも、企業としてはこのご時世に民間軍事会社との関係がそれっきりってなると嫌なワケだよ。
少しでも儲けたいワケだからね。
だから、最初の売買の時に顧客の情報を集めて、問題がなさそうなら 勝手に外商を付けてモノを売りつけてくるんだ」
「なんだよ、金に群がったハイエナみたいなもんか」
歩きながらユーリンが説明する。
「そうでもないんだよ?
民間軍事会社としても毎回だるい書類審査やら購入手続きなんかしなくても、兵器とか武器とかを買えるからね。
顧客としての信頼があれば、アンドロイド兵とか旧型の兵器ぐらいはキューブから直接買えるように調整してもらえるよ?
まぁ、共存共栄ってとこかな?」
もっとも、その制度のおかげで民間軍事会社と軍需企業との癒着という飛躍した考えが生まれ、昨今の大規模デモの引き金になっているのも事実である。
「へぇ~、そんなもんかよ」
なんとなく自分の言っていることを理解してくれたようなニキータをしり目に、ユーリンはアンドレアの乗るエレベーターに乗り込んだ。




