第九話二部 戦闘準備
「……いったい、どういうことでしょう?」
首都ゴルゴグラードから遠く離れた港町ミルタに唯一存在する酒場、「ジェーン・ドゥ」のバーカウンターに座るカトレアはつぶやいた。
彼女の右手にはリンゴ酒の入ったロックグラスが握られており、たまにクイッと傾けている。
「とりあえず、生きていればなんとかなるんじゃない?」
「……そういう問題でしょうか?」
珍しく心配な表情を浮かべるカトレアの真正面で、屈託のない笑みを浮かべながら適当なことをぬかす女性は、この酒場の女主人であるレイカだ。
彼女も内心ではユーリンの事を心配しているが、それを他人に悟られまいと虚勢を張っている。
「はぁ……やはりかけ直すべきでしょうか?」
「でも、こっちからはかけないって言ってなかった?」
「それはそうですが……」
そんな会話をしている二人の耳元に、ラルド首相行方不明のニュースがキッチンに備え付けられたテレビから聞こえてきた。
「あら~、ラルドさんいなくなっちゃったのね~、ご愁傷様~」
「ずいぶんと楽観的ですね?」
ムッとした表情を浮かべて、カトレアは料金をカウンターに置いて酒場を後にした。
「どこに行くの?」
「アパートに戻って情報を集めてみます」
レイカの声に背中越しで答えると、カトレアはアパートに向かった。
アパートに着いてユーリンの部屋の隣にある自分の部屋に行き、オンボロのブラウン管テレビを点けると、相変らずラルド首相失踪のニュースが流れていた。
テレビ画面の向こう側にいる自称専門家の連中は、ユーリンの最近の経歴に対して好き放題言っていた。
カトレアからしてみれば、それらの経歴はほとんど既存の事実に尾ひれをつけただけの、何の根拠もない妄言に等しかった。
カトレアはうんざりしてテレビを消すと、パソコンの電源を点けた。
(社長が無事だと良いんですが……)
インターネットに接続し、行方不明騒ぎに関連したニュースを漁る。
が、どれも同じような内容ばかりで、めぼしい情報は手に入らなかった。
(我ながら情けない……)
普段から、ジークフリート社に舞い込んでくる依頼に関する情報収集は、カトレアが担当している。
といっても、関係者から詳細な情報を聞き出したり、インターネットなどで少し単語を入力すればすぐに知りたい情報が手に入った。
その中にはデタラメな情報も含まれていたが、カトレアにかかればそれらの情報は即座に淘汰され、最終的には依頼を完璧に近い確率で遂行できるほどまでの情報を手に入れることができる。
常にそのような情報収集能力を発揮しているカトレアだったが、今回の事に関してはラルド首相失踪と、その失踪にユーリンが関わっているという、根拠もない情報以外にはまったくわからなかった。
(……ここにもナシか……)
カトレアはオンラインの掲示板なども漁りまくったが、ここにも大した情報はなかった。
というより、テレビなどで流された情報を元にああでもない、こうでもないといった具合に結論の出そうにない議論を続けていたため、『情報』と呼ぶに値するものさえなかった。
カトレアは懐から液晶式の携帯電話を取り出し、ユーリンの携帯電話の番号にかけた。
しかし、電話口からはコール音が鳴り響くだけで、肝心のユーリンは一向に電話に出ない。
カトレアは電話を切って、しばらくその場で思考した。
しかし、プラズマ・リアクターで出来た心には心配の二文字しかなかった。
(もし、社長がやったとしたら……)
そこまで考えてから、カトレアは自分の考えを否定した。
それは、ユーリンの事を信じているということからではなく、ここまでニュースになることは予測できるであろうはずなのに、そうまでしてラルド首相を誘拐する理由がユーリンにないということに基づくものだった。
(もう一度探ってみるか)
そう思って、カトレアは再び電子の海に飛び込んだ。
その中は相変わらず、ラルド首相失踪とユーリン犯人説が主要な話題になっており、今回の騒動における新しい物的証拠や証言はまだ出ていなかった。
カトレアが諦めかけて電子の海から上がろうとすると、ふっとソーシャル・ネットワーキング・サービスに貼られた画像に、目が釘付けになった。
カトレアは、その画像を自身の目の前に持ってきて驚愕した。
「これはっ!」
カトレアが見た鮮明な画像は、誰が撮影したかはわからないが、かなり近い距離で物陰に隠れて撮られたものであることは理解できた。
その画像の中心には初老に差し掛かる手前の男性が写り込んでおり、筋骨隆々という言葉がしっくりくる体躯をした女性達に抱えられて、黒のワゴン車に入れられようとしていた。
おそらく、この男性がラルド首相であり、建物から推測するとおそらく首相官邸であると思えたが、カトレアはいくつか不審な点に気が付いた。
(女性ばかりか……)
そう、画像に写っている人はラルドと思われる男性以外は、全員戦闘服を着た女性のようだった。
胸の膨らみや腰回りの形状から推測するしかないが、おそらく全員女性である。
しかし、その女性達は一様に巨大な体格をしており、身長だけでもカトレアと互角か、それよりも上と思われる。
(……さて)
カトレアは携帯メモリーをパソコンに差し込んで画像を取り込むと、携帯メモリーをアタッシュケースに入れて、再び酒場へと向かった。
酒場の扉を勢いよく開け、グラスを磨くレイカの元まで来ると、彼女に事情を説明して協力を取り付けようとした。
「……そういうことで、手伝って頂きたいんですが?」
「えぇ、良いわよ」
意外と手こずるかと思ったが、レイカはすんなり協力の姿勢を示した。
「本当によろしいのですか?」
「もちろん! 私、ユー君の事が好きだもの」
そう言って、レイカは酒場の奥にある扉の中へ消えて行った。
しばらくしてレイカが戻ってくると、その姿はエプロンから戦闘服に変わっていた。
「さぁ、なにをしたらいいのかしら?」
「まずはエアポーターでパンツァー・クリーガーとイェーガーを首都の近くまで運びます。
もし、何か異変があれば突入し、そのスキに社長に逃げてもらいます」
「……バンツェルで?」
「……最悪の場合ですが……」
カトレアのその様子を見て、レイカは微笑みを浮かべてカトレアの横を歩いてきた。
「……やっぱりあなたもユー君の事が好きなのね」
「っ!」
カトレアの横を通り抜けざまに放った言葉に驚くカトレアの表情を見て、レイカは笑いながら酒場の外へ出た。
(……確かにレイカさんの仰るように、首都をバンツェルで襲撃するのはリスクが高いか……)
カトレアは自分自身を諭した後に、すでに外へ出て待っていたレイカを呼び止めた。
「レイカさんっ!」
「ん? なに?」
レイカはカトレアの方を首だけ動かして振り向いた。
「私と一緒にアパートまで来ていただけますか?」
「えぇ、いいわよ」
そうして、二人はアパートまで無言で歩いた。
アパートに着くと、カトレアはレイカを自分の部屋へ案内して部屋の扉を閉め、休眠装置以外は何にもない部屋の床に座ると、立って壁に寄りかかっているレイカに対して、確認するように話し始めた。
「先ほども話した通り、今回の騒動に社長は関与していない可能性が非常に高いです」
「ええ、ラルドさんを誘拐したのは謎の女性達で、その証拠は今があなたが持っている。
そうでしょ?」
レイカはそう言いながら、床に正座した。
「はい、そして、ここからが重要なのですが……」
「なに?」
顔を近づけて話そうとするカトレアにつられて、レイカも顔を近づける。
「先ほどお見せした画像はすでにネットに流出しております。
しばらくすればネットを介してマスメディアの間でも話題になるでしょう。
我々はとにかく首都の近くまで行き、社長から何らかの連絡がくるまで待ち続けます」
「……えぇ、良いわよ」
正直言って、このやり方に何か意味があるのかはレイカには分からなかったが、カトレアの熱意は汲み取れた。
「……とにかく、そうと決めたからにはすぐに準備に取り掛からなければ!」
「ふふ」
珍しく鼻息荒いカトレアを見て、レイカは微笑んだ。
「なんです?」
「やっぱりカトレアちゃんはユー君のことが好き―」
「その話はもういいですっ!」
顔を赤らめて部屋を出ていくカトレアを、レイカはケラケラと笑っていた。
カトレアはそのまま格納庫の方まで行き、パンツァー・クリーガーとイェーガーの準備を終えて格納庫の裏に行くと、レイカがエアポーターの準備を終えていた。
時刻はすでに夕刻を過ぎており、空が薄暗くなり始めていた。
「なんとか間に合ったわね」
「はい、あとは首都の近くまで行ければ―」
そこまで言いかけて、カトレアはあることに気付いた。
(外が騒がしい?)
「なんだか表が騒がしいわね~」
どうやらレイカも同じことを考えていたようだ。
二人はお互いに目配せをすると、格納庫の中に入って二階への階段を上り、はめ込まれた窓から外を見た。
「……あら~」
「っ! これは!?」
それは異様な、しかしテレビのワイドショーなどでは当たり前の光景だった。
無数のカメラのフラッシュ、向けられるテレビカメラの視線、ピーチクパーチクまくし立てるリポーター。
そのすべては、テレビカメラの向こう側にいる者達には珍しくもない、いつもの光景だったが、カトレアやレイカにとってはまさしく異様な光景だった。
カトレアが報道陣の中を見てみると、その中心にはテルールがいた。
「すみませんっ!
ジークフリート社の関係者ですよね!?
社長について一言お願いします!」
「……ショタ万歳……」
「はっ?……あ、あの、普段こちらの会社ではどのような仕事を請け負っているんですかっ!?」
「……センパーファイ……」
……例えジークフリートの周りでいかなる天変地異、魑魅魍魎の跋扈するような出来事があったとしても、テルールはいつも通り平常運転であろう。
(テルール)
(? なに、カトレア)
カトレアはテルールに対して電子脳を用いた通信を行った。
カトレアやテルールのような生体アンドロイドには、人間の大脳と酷似した電子脳が頭部に格納されている。
この電子脳は生活、戦闘、その他の雑用に活用されるが、この電子脳の能力の一つに、電子脳同士の通信がある。
普段はカトレアもテルールも使うことはないのだが、今回はこれが役に立った。
(テルール。
今すぐに町の方まで行って漁師の方々を呼んでくれ。
レイカさんがテレビ局の連中にピーされそうだと伝えて)
(うん、わかった)
そう返信して、テルールは周りを取り囲む報道陣を両手で薙ぎ払うと、町の方まで全力疾走していった。
「……ねぇ、テルールちゃん、どうかしたのかしら?」
「さぁ、私にはなんとも……」
そのまましばらくして時が流れ、テルールに気絶させられた報道陣が気が付いて再び騒ぎ始めると、町の方から多数の人影が見え、喧騒が聞こえてきた。
「うらぁぁっ!!
女将になにしてんだ、コラァァッ!!」
その多数の人影は町の漁師達であり、その中心にはゲンザンがいた。
「あらら……皆どうしちゃったのかしら?」
事態を呑み込めないレイカは、いささか驚きの表情を浮かべている。
(テルール、聞こえているなら、格納庫の裏手にエアポーターがある。
そちらの方まで来てくれ)
(……うん……)
テルールの返信を聞いたカトレアはレイカに格納庫の裏手に回って、すでにバンツェルを搭載したエアポーターのコクピットに乗り込んだ。
しばしその場で二人が待機していると、格納庫の表の方からテルールが走ってきて、カトレアの乗るエアポーターのコクピットに乗り込んだ。
「さぁ、行くわよ!」
そう言って、レイカの乗るエアポーターは上昇を開始した。
それに続いてカトレアのエアポーターも上昇し、一気に数百メートルまで上昇すると、そのままゴルゴグラードの方角へ飛行していった。
しばらく飛行を続けていると、カトレアは後ろに座っているテルールに対して、静かに質問した。
「……テルール。
いったいゲンザンさん達にどのようなことを言ったんだ?」
「『レイカさんがテレビ局の人達にピーされてピーされている。たぶん今頃はピーーにされて、ピーーだと思う』って言ったら漁師達を集めて行っちゃった……」
「……そうか」
すでに時刻は夜といっても過言ではなく、空は夜の闇に包まれていた。




