第八話四部 生き方
「……ということなのですが、よろしいでしょうか?」
「うん! 大丈夫だよ、ありがとう」
あれから一時間ほどワゴン車を走らせ、車を路肩に止めて荷物を取り出してヘレまで着く頃には、ユーリンはいつも通りの様子を取り戻していた。
やがて三人は森林の中を突き進んでいくと、眼下に広大な収容所を見下ろせる崖にたどり着いた。
「アレがそうかな?」
「おそらくは」
ユーリンとカトレアが話し合う後ろで、テルールは周囲を見渡していた。
「……あの人、遅い……」
どうやらイーヴォが来ていないことを気にしているようだった。
「まぁ、僕らが早く来ちゃったんじゃない?
仕方ないから、準備だけしちゃおうよ」
「……わかった……」
そう言うと、三人はそれぞれのバックパックから、携帯式アンカーを取り出して崖の傍の地面に打ち込んだ。
さらにロープを取り出すと、アンカーの先端に付いているリングにカラビナを取り付けて、服を戦闘服に着替えて小銃や手榴弾などを装備すると、そのまま数十分ほど待機した。
「ッ!」
不意に林の方から物音がしたため、ユーリンは持参した拳銃を構えた。
「待て待てッ俺だッ」
囁くような声だったが、その声からは必死さが伝わってきた。
やがて月明かりに森林が照らされると、ユーリンは拳銃を下げた。
「ケセラン・パセランッ!?」
「……アンタ、マジで大丈夫か?」
ユーリンの態度の変わりようにイーヴォがあきれ返っていると、カトレアが助け舟を出した。
「イーヴォさんは今回の作戦での協力者になります」
「なんだ、そうだったのか。よろしくね」
「……あぁ。じゃあ、行こうぜ」
イーヴォがそう言うと、カトレアとテルールはうなづいて、先に崖をリぺリング降下していった。
続いてイーヴォが下りようとすると、ユーリンが呼び止めた。
「ねぇ、イーヴォ」
「ん? どうした?」
ユーリンは降下準備を始めながら、イーヴォに話しかけた。
「レイカさんが死神部隊の出身だったって知ってる?」
「……あぁ、この仕事を受ける時に、首相からな」
「覚えてる?」
「いや」
ユーリンも覚えていない。というより、会った記憶もない。
「まぁ、第八独立遊撃大隊って名前だが、実際は四千人ぐらいはいたからなぁ……
普通の部隊なら旅団級の人数だぜ?
俺も工兵隊のメンバーは覚えちゃいるが、それ以外は全然だもんなぁ」
「……そうだね、僕もそうだよ」
そう言うと、ユーリンは崖下まで降下した。
地面に着地して辺りを警戒していると、イーヴォが下りてきた。
「それでは、行きましょうか? 社長」
「うん」
ユーリンの承諾を合図に、四人はヘレに向かって前進を始めた。
ヘレの周囲に施設されたフェンスにたどり着くまで、四人は監視装置の死角に回り込んで始末したり、地面に埋め込まれた地雷やトラップをパルスセンサーで発見しては解除するという作業を繰り返した。
電流の流れるフェンスを始末し、敷地内に侵入してユーリンはハンド・サインでイーヴォに指示を出すと、イーヴォは近くに建てられている小さなコンクリートの建物の中に入っていった。
再びユーリンはカトレアとテルールに向かってハンド・サインを出した。
そのサインを見て、カトレアとテルールは視認モードを暗視装置に変更した。
ユーリンも暗視装置をバックパックから取り出して頭部に装着すると、無線から声が聞こえた。
「いいか?」
イーヴォの声だった。
「大丈夫」
ユーリンがそう答えると、数秒経ってから収容所内の照明が一気に落ちた。
「作戦開始」
ユーリンの号令のもと、カトレア、テルール、建物から出てきたイーヴォは、収容所の二階を目指して疾走した。
彼らの視界の正面には長方形のコンクリート製の収容所があり、両隣の刑務所看守の宿舎を通り抜け、収容所入り口の扉を爆薬で吹き飛ばし、中にいる看守達を小銃や手榴弾で掃討して、右にある二階に続く階段を駆け上がり、レイカが捕らわれているはずの監房の前まで来た。
四人は二人組になって扉の左右に分かれて、ユーリンが合図をすると、テルールがポケットから爆薬を取り出して、扉の蝶番とドアノブに張り付け、後方に下がって起爆した。
爆発音と同時に支えるものが無くなった鉄の扉を、ユーリンは力を込めて蹴破り、監房内に突入した。
「レイカさん!」
六畳ほどの監房内に、ユーリンの声が響く。
「……ユー君?」
レイカの声が聞こえた。
どこにいるのかとユーリンがカビ臭い監房内を見渡すと、レイカは鉄パイプを組んだベッドの下に頭を抱えて隠れていた。
ユーリンはレイカの傍まで駆け寄ると、レイカをベッドの下から引きずり出した。
「大丈夫?」
「えぇ、なんとか。早くここから出ましょう!」
見たところ、レイカには目立った外傷はないように思えた。
レイカが無事なのを確認すると、ユーリンは監房の外で待機していた三人に指示を出し、上ってきた階段を駆け下りて、進入してきた扉とは反対にある、収容所の駐車場がある方の扉へ一階の監房の間を走り、錆び付いた扉を勢いよく開け放つと、二十メートルほど先に止めてある四輪駆動の装甲車へ走り寄り、運転席に入るとエンジンを点けた。
「みんな、急いで!」
徐々に目覚め、攻撃を始めてきた収容所の看守達と応戦する三人に向かって、ユーリンは大声で叫んだ。
やがて全員が乗り込むと、イーヴォの号令を受けてユーリンは装甲車のアクセルを思いっきり踏み込んだ。
装甲車のタイヤは音を立てて回転し、機関銃の砲火を浴びながら、五人を乗せて収容所の正面入り口のゲートを突破した。
後方からは追手のガントラックや装甲車が迫っており、装甲車の砲塔についたイーヴォが、搭載された二十ミリ機関砲で車両を攻撃していく。
機関砲の斉射を浴びたガントラックはエンジンや燃料タンクを破壊されて爆発炎上したが、装甲車の方はタイヤを破壊するだけでなおも迫ってきた。
「追手が来てるぜっ!? どうするよっ!?」
「その機関砲はダメなのっ!?」
運転席で装甲車を操縦するユーリンが、大声で叫ぶ。
「無理だっ! タイヤに穴が空くだけで装甲が抜けねぇっ!」
「……大丈夫……」
イーヴォに答えるように言って、テルールは後部座席の上にあるハッチを開けた。
「テルール!? 何をしているんだっ!?」
「……大丈夫……」
カトレアの問いにそう答えて、テルールはハッチから身を乗り出すと、ユーリン達が持ってきた物よりも大きいバックパックから携帯型のロケットランチャーを取り出し、躊躇なく追手の装甲車に撃ち込んだ。
追手の装甲車はロケット弾の直撃を受けて爆発し、炎に包まれた。
テルールはその光景を見届けて、何事も無かったかのようにハッチを閉めて後部座席に戻った。
「すごいじゃないっ! えっと……」
今の光景に興奮したレイカだったが、あいにくテルールとは初対面だった。
普段テルールはアパートの自分の部屋でボーッと空を眺めているか、アパートの軒先でジッと座っているだけだった。
「テルールと言います。レイカさん」
「……よろしく……」
「ふふ、よろしくね? テルールちゃん」
カトレアのフォローのおかげでテルールの名前を知ったレイカは、ますます上機嫌になった。
その後、四人は装甲車を適当に路肩に停め、森林の中に入り、夜の闇に消えていった。
※
「本当に助かったわ。ありがとう」
「ううん、無事で何よりだよ」
「あぁ、まったくだな」
作戦から数日後。
空は雲一つない快晴であり、通りでは子供達が各々の遊びに熱中している。
ユーリン、イーヴォ、レイカは、この港町ミルタに存在する唯一の酒場「ジェーン・ドゥ」の屋上で、ジョッキに注がれたビールを片手に語らいあっていた。
しかし、その雰囲気は宴会というよりも、どことなくぎこちないものであった。
酒場の入り口では、カトレアとテルールが手を後ろに組んで直立している。
あの後、ハイド共和国の警察機関や情報機関の追撃から逃れつつ、無事にギルト共和国に入国を果たしたが、スパイによる奪還作戦を警戒して政府はユーリン達にレイカの護衛を依頼した。
もちろん高額の報酬と引き換えにだ。
「思ったんだけど、警備とか追撃の手が緩くなかった?」
このぎこちない空気を変えるためにユーリンが放った一言に、レイカとイーヴォはそれぞれの見解を示した。
「えぇ、私もそう思ったわ。
私は監房の中にいたけど、途中から警備が妙に手薄になった気がするもの」
「俺もだ。
だが、ただ単にレイカを奪還してくるとは思ってなかったんじゃねぇか?」
いくら考え込んでも、答えが見いだせない。
しばらく三人は黙りながらビールを飲み、その量も半分ほどになったところで、ユーリンはレイカに切り出した。
「あのさ、その……
レイカさんって、昔は国軍にいたんだよね?」
「……ふふ、本当はもう聞いてるんでしょ?」
しかし、レイカはユーリンの珍しい、本当に珍しい深刻な顔を見て、その言わんとすることを理解しているようだった。
二人の隣では、イーヴォがジョッキを傾けながら静かに見つめている。
「えぇ、そうよ。
私はね、国軍にいた頃、第八独立遊撃大隊にいたの。
所属は大隊後方支援隊よ」
「……そう、だったんだ……」
そのまま沈黙が続き、しばらくしてユーリンが口を開いた。
「政府から、情報収集とか非合法活動の依頼を受けてたって本当?」
「……えぇ、本当よ」
「どうして?」
まるで警察の尋問のように、ユーリンはカトレアを質問責めした。
しかしカトレアは、ユーリンの目を見てゆっくりと答えていく。
「部隊が壊滅して戦争が終わって……私、気づいたの。
『あぁ……私には何も無いんだな』って。
ユー君もそう感じた事、無い?」
「……うん、あるよ」
「俺もだ」
ユーリンとイーヴォが肯定した。
その答えを聞いて、レイカはどこか自嘲気味に話し始めた。
「軍からは死神部隊なんて言われてたけど、私は好きだった……
後方支援隊以外の人達とはあまり付き合いが無かったけど、私にとっては家族のような存在だったから……」
その気持ちはユーリンには痛いほどよくわかる。
そのために、『奴ら』への復讐を誓ったのだ。
「その時、政府の人から声が掛かったの。
『国のために力を貸してほしい』って。
でも、私には国なんてどうでも良かった。
ただもう一度、『戦場』で生きられるなら……
大戦の時みたいに派手じゃなくても、ゲリラやテロリストと戦う『戦場』で生きられるならって思ったわ」
そこまで聞いて、イーヴォは屋上を立ち去ろうとした。
「話の途中でわりぃ。次の仕事があるからよ」
「えぇ、暇があったらまた来てちょうだい」
「いってらっしゃい、イーヴォ」
イーヴォは二人に笑顔を浮かべると、屋上から出ていった。
イーヴォが姿を消して、レイカは笑いながら言った。
「それでね、その後は本当に楽しかったわ。
自分が生きてるのを感じた……
この町に巣食ってたゲリラを掃討した時は、この町の人に『ぜひここに住んでくれ!』ってお願いされて……それで酒場を始めたの」
ユーリンのその話を聞いて、ある事を思い出した。
ミルタに迫る強盗団を排除する時に、ユーリン達の協力を表明した時のレイカを見る住人達の目……あの目は、この町の危機を救った人物に送られる目線であったことに、ユーリンは初めて気づいた。
「任務のために汚いこともたくさんやった……
体を売ったことも……でも後悔は無かったわ。
何より『戦う』ことが出来たんだもの」
ユーリンは黙って話を聞いた。
それは、いつも怖い思いをさせられるとはいえ、一般人と思っていたレイカが、そのような目に遭っていたことへの衝撃だった。
「ねぇ、ユー君?
私、実はあなたと一度会ったことがあるのよ?」
「えっ!?」
突然のレイカの告白に、ユーリンは違う意味で驚いた。
少なくともユーリンの頭には、彼女と出会った記憶はない。
「ふふ、こんな噂聞いたことない?
『後方支援隊は死神部隊の諜報機関だ』」
「あっ!」
ユーリンはその言葉に聞き覚えがあった。
当時大隊の支援部隊には兵站群というものがあり、ユーリンもその部隊の人間には世話になった。
しかし、もう一つある支援部隊……後方支援隊の人間には一度も会わなかった。
敵をかく乱するための誤情報操作が任務だとか、基地のおばちゃんがその部隊の人間だとか言われていたが、結局はわからずじまいだった。
「あの噂は当たってるの。
任務は内部監査と対外情報活動。
基地で嫌味な軍人達に会わなかった?
あの人達がそうよ」
それを聞いて、ユーリンは思い出した。
当時、基地でユーリン達死神部隊の人間に威圧的に迫ってくる軍人達がいた。
彼らは軍から支給された制服をキッチリと着込み、往々にして神経質で、ユーリン達を抑圧しようとしているように感じた。
ユーリンは同僚から、『そいつらはこの基地の憲兵だ』という話を聞いていたが、あの時の軍事達がその後方支援隊の人間だったとは……
また、レイカがそのような部署に配属されていたのならば、今回の対ハイド共和国に対する諜報活動をレイカが請け負ったのも頷ける。
「……そうだったんだ。
だからラルドのおっさんはレイカさんに調査を……」
「えぇ、ま、捕まっちゃったけどね!」
レイカは明るく微笑むと、話を続けた。
「それで、内部監査の仕事をしてた時、あなたに会ったのよ。
本当にビックリした……
それまでは私達に話しかけられた死神部隊の隊員はシュンって大人しくなるのに、あなたったら私が制服の袖を切ってるのを咎めただけで『この袖は僕に切ってもらうのを誇りに思ってる!』ですって……
その後もあーだこーだ言い訳ばっかりして、おかしくってまともに注意も出来なかったわ!」
レイカのその話を聞いて、ユーリンはとうとう思い出した。
「フロイライン?」
その言葉を聞いて、レイカは目を細めて懐かしむようにユーリンを見た。
「……やっと思い出してくれたのね。おバカさん?」
ユーリンは驚いた。
あれから随分と月日が流れていたため、レイカの正体に気づかなった。
なんせ当時ユーリンを注意したレイカは、今のように髪を後ろで艶やかに纏め上げ、成熟した豊満な肉体をしていなかった。
身長はユーリンより少し高いぐらいで、その体は中学生のようだった。
髪は後ろは肩に掛かるぐらいの長さであり、前髪はパッツン切りで、フレームの太い眼鏡を掛けていた。
何より表情が違う。
あの時のレイカは、常に口をへの字に曲げてムスッとしていた。
しかし、今ユーリンの目の前にいるレイカは、おそらくギルト共和国でも五本の指に入るほどの美貌を誇り、その背丈は鎖骨がユーリンの頭頂部に当たるほどであった。
「まさか……君だったなんて……」
「驚いた? でも、私の方が驚いたのよ?
あなた、あの頃からちっとも見た目が変わってないんだもの」
「それは……」
ユーリンが言葉に詰まると、レイカはイタズラっぽく微笑んで言った。
「ふふ、でも、態度の方は変わったみたいね?
それでもいいわ。
あの後、私はあなたの事を調べたけど、何も分からなかった。
他の隊員の事は簡単に分かったのに……
だからつい、私もあなたに意地悪したくなっちゃって……」
これもユーリンは覚えている。
袖の件の後、ユーリンはレイカにしつこく付きまとわれた。
食器の使い方が違う。時間通りに行動しろ。注意された数など覚えていない。
「あなたがこの町に引っ越してこの酒場を訪れた時、驚いたわ。
あなたはあの頃のまま、私の目の前に現れるんだもの。
私はこんなに年を取っちゃったのに……」
レイカは自分の胸に手を当てて言った。
「それでね? あの……突然なんだけど―」
レイカはそこまで言って、ユーリンの方に向き直った。
「良かったら……今からでも良いから……
私と付き合ってくれない?」
「はっ!?」
突然の事態にユーリンも驚く。
しかし、レイカの目は本気だった。
「……好きになっちゃったの。
あなたを調べている時……あなたと一緒にいる時……
でも仕事を蔑ろにするわけにはいかなかったから……
それに、これから何かあるかわからないもの。
どうせ死ぬんなら、せめて想い人に告白をしてから死にたいわ」
レイカの目は充血し、涙がこぼれそうになっていた。
ユーリンは彼女の正面に立ち、その一挙手一投足に注目した。
「こんなオバサンになっちゃったけど……
どう……かしら?」
とうとうレイカの目から涙がこぼれ、頬を伝って落ちた。
ユーリンは思い悩んだが、やがて毅然と答えた。
「ごめん。今は無理」
「……どうして?」
レイカは、ユーリンの顔を見ずに屋上の地面を見ながら質問した。
「イーヴォにも言ったけど、僕は『奴ら』への復讐をするんだ」
その言葉を聞いて、レイカはハッとした表情になった。
彼女にとっても、『奴ら』は無視できない存在だった。
「……どうにか諦めることは出来ないの?」
今度はユーリンの顔を見て、レイカはハッキリと聞いてきた。
「うん」
しかしユーリンの怨念じみた覚悟は変わることなく、レイカは肩を落とした。
「分かったわ。私、それまで待ってる。
それはいいでしょ?」
「……うん、ありがとう」
ユーリンは静かに微笑んだ。
それは知人に出会えたこと、これからも『奴ら』への復讐が出来ることへの歓喜だった。
ふとユーリンは考えた。
自分もレイカと同じなのか、と。
なんだかんだ言って、理由を見つけては戦う事しかできないのか、と。
ユーリンは、自分の中にあるドス黒い何かを恐れた。
ふと気が付くと、レイカの手が自分の手に重ねられているのが分かった。
「とにかく、告白出来てよかったわ。
これで心残りはないから」
「あのレイカさん―」
ユーリンがそう言った時、ユーリンの口元にレイカの人差し指が当てられた。
「二人っきりの時はレイカって呼んで?」
「……あぅ……」
レイカはユーリンの瞳の奥を覗き込むように顔を近づけて言った。
ユーリンはすっかり様変わりしたレイカの色香に惑わされていた。
「ふふ……あははは!
あなたって本当に変わったわね!?」
「……からかわないでよ」
正直、当時のレイカがこんな調子なら、ユーリンはその言う事に従順に従っていただろう。
レイカがユーリンの口元から人差し指をどけると、ユーリンは今後の予定について質問した。
「まぁ、とにかく……これからどうするの?」
「何も変わらないわ。
これからもこのお店を続けていくだけよ」
そう言って、レイカはビールを飲み切って屋上から出て行った。
ユーリンは熱気ですっかりぬるくなってしまったビールを、レイカとの思い出を思い出しながらチビチビと飲み続けた。
※
その夜、酒場では宴会が開かれた。
レイカが店を空けていた理由は、辺境の村の酒場の再建を行うために派遣されたが、山中で携帯電話を紛失してしまい、そのまま彷徨っていたためとされた。
かなり無理がある気がするが、酒場に集っている者達に疑いの目を向ける者はいない。
酒場の中央にある長テーブルの近くでは、レイカの両手を握るベロンベロンに酔っ払ったゲンザンの姿があった。
「おぉ~女将~!
俺ぁ……俺ぁあんたが死んじまったと思って―」
「はいはい、生きてますから大丈夫ですよ~」
やんわりとゲンザンの手を引きはがしたレイカは、周りにいる人達と談笑している。
しかし、そんなレイカの様子を、ユーリンはカウンター席で冷めた目で見つめていた。
彼の手にはカイピリーニャがあり、緑色の液体がユラユラと揺らめいていた。
(なんで……)
その思いはユーリンには当然だった。
民間軍事会社ジークフリートを起業したのも、国家や大企業の依頼を受けるのもすべて、『奴ら』への復讐のためだった。
しかし、目の前にいる自分以外の死神部隊出身者といえば、ある者は田舎の酒場でひっそりと穏やかな日々を過ごし、ある者は自分の特技を生かして賢く生きている。
自分の今までの生き方、彼あるいは彼女の見つけた生き方。
どちらが正しいか、いや、ユーリンにとってはもはや正しいかどうかというよりも、自分のこれまでの努力を否定されているような気がしてならない。
「社長? いかがなさいましたか?」
「かゆ……うま……」
そんな思いを募らせるユーリンの両隣には、カトレアとテルールが座っており、カトレアは右手にミルタ・リブレを、テルールは何のものかわからない骨付き肉にむしゃぶりついていた。
「……別に」
「エ○カ様ですか?」
「違うよ!」
口ではいつものノリツッコミを行ったものの、ユーリンの心のしこりは取れそうにない。
そんなユーリンの様子を察したのか、カトレアは息を深く吸い込んで口を開いた。
「どんなことがあろうとも、私はマスターに付いていきます。
ご留意ください」
カトレアはユーリンの目を見据えて、はっきりと言い切った。
「あたしも……ムシャ……マスターに……ムシャ……付いてく……ムシャ……」
「……さっきから何食べてるの?」
たまりかねてユーリンが質問した。
「……ムシャ……知らない方が……ムシャ……身のため……ムシャ……」
「なにその言い方怖いんですけど!?
あ、そういえばさっき『かゆ……うま……』とか言ってたよね!?
もしかして―」
「……ムシャ……マスター、うるさい……ムシャ……」
「なんなのさ!?
君はいったいなんなのさ!?」
いつも通りの調子を取り戻したユーリンを見て、カトレアは温和な笑みを浮かべていた。
その時、カトレアの後ろにいるレイカから声が掛けられた。
「カトレアちゃん?
食糧庫の方にお肉があるんだけど、取ってきてくれない?
私じゃ持てなくて……」
「えぇ、いいですよ」
そう言って、カトレアはカウンターの奥にある食糧庫に向かった。
カトレアの姿が見えなくなると、レイカはユーリンの後ろに回り、強く抱きしめた。
「ふふ、ユー君!」
「おおぅ!?」
ユーリンの背中に、レイカの巨大な乳房が押し当てられる。
「ちょ、付き合わないって言ったでしょ!?」
「だからって、誘惑しちゃダメなんて言われてないわ?」
レイカは小悪魔のような微笑みを浮かべてユーリンの頬に口づけした。
レイカにキスされて両方の鼻から鼻血を垂れ流すユーリンの隣では、テルールが何食わぬ顔で肉にむしゃぶりついていた。
彼女にはレイカの行動の意味がわかっていない。
完全にレイカの手玉に取られたユーリンは、ふとレイカの手が自分から離れているのを感じた。
見ると、その手には包丁が握られていた。
何気なくユーリンが食糧庫の方を見ると、鬼のような形相を浮かべるカトレアがいた。
「すみません。手が滑ってしまって……」
「ふふ、気にしなくていいわ」
そう言ってレイカはユーリンから体を離して、再び酒場の群衆の中へ消えていった。
「……何があったの?」
肉をキッチンに置いて、再び席に座るカトレアに、ユーリンは恐る恐る聞いた。
「……別に」
「あんたがエ〇カ様じゃ―」
そこまで言って、ユーリンはツッコミをやめた。
カトレアの手にナイフが握られており、その刃先は自分に向いていたからだ。
ユーリンは逃げるように、カウンターの棚に置いてあるテレビに目を移した。
「速報です。
我が国の複数の町村を占領していたハイド共和国の武装警察隊ですが、本日十五時四十分頃、撤退を開始しました。
この事態に関してハイド共和国からの声明はなく、ギルト政府は『これからもハイド共和国が国際法を尊重することを切に望む』と声明を出し、他の国々からも同様の声明が発表されています」
ニュースキャスターが原稿を読み終えた後、テレビ画面には議会の中心で万雷の拍手のなかで手を上げながら会釈をするラルド首相の姿があった。
(結果オーライってことかな?)
ユーリンはカイピリーニャをチビチビと飲み始め、カトレアから手渡された携帯タブレットに表示された、普段から使っている銀行口座とは別の個人口座に送金された金額を見て、満面の笑みを浮かべた。
段々ユーリンの周囲がキナ臭くなってまいりました!(*´ω`*)




