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鋼鉄のゾルダート  作者: 印西たかゆき
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第八話三部 救出作戦

「あなたはバカですか?」


なんというか、仕事の話を終えた後に開口一番でこういうことを言われたら、誰だってムカつくものである。

それが、自分の立場が社長で相手が秘書だったら、なおさらである。


「……バーカ……」


……うん、まぁ、相手は戦闘用アンドロイドであって、別にどんな屈辱的なことを言われたところで、それはサラッと受け流すのが、現代の経営者という者の器である。

それらの心得を充分に熟知している、民間軍事会社ジークフリートの社長ユーリンは、自分の心の中にメラメラと湧き上がってくるドス黒い感情をグッと奥底に沈め、自信たっぷりと、ゆったりとした口調で反論した。


「うむ、君達の言いたいことはわかる。

 確かに、今回はかなり危険な目に遭うだろう。

 しかし、君達ならきっと、私と共にこの困難の時を―」

「あなたはアホですか?」

「……目ぇ噛んで死ね……」


しかし、ユーリンがいかにキャラを百八十度変えて部下達に話しかけても、二人の部下はまったく聞く耳を持たない。


「……ガァーーッ!!」


とうとう、理性よりも野性の方が勝ってしまった。

ユーリンはしばらく咆哮すると、息を切らしながらキッチンの方まで行き、水をコップ一杯飲み干すと、二人の部下に向かって話し始めた。


「この計画が気に入らないのはわかるけどさ。

 何もそこまで言う必要はないんじゃないの?」

「そのようなことを言われても、仕方ないのでは?」

「……お腹すいた……」


ユーリンが二人の部下、カトレアとテルールに語った仕事の話を要約するとこうなる。

まず、今回はギルト共和国からの正式の依頼はない。

よって、報酬なんてものは当然手に入らないし、ジークフリート社の社長以下構成員達は今日も、このボロアパートでダラダラと過ごしている。

と、ここまでは建前の話である。

実際は、今日中にギルト共和国を出国し、民間航空機にてハイド共和国内に入国。

現地に先に潜入している工作員と合流し、装備を整えた後にヘレに潜入、レイカを救出して陸路でハイド共和国から撤退するというものである。

作戦としてはありふれたものではあるが、今回の場合となると敵側は工作員などの侵入を警戒しており、戦力差も大きい。

また、普段から受けているギルト共和国からの支援は一切ない。

もしギルト共和国がユーリン達に何らかの支援を行おうとすると、ギルト国内に潜伏しているであろうハイド共和国のスパイに察知される危険性がある。

もしギルト共和国が、ユーリン達に対して支援を行った証拠をスパイが掴めば、ハイド共和国は間違いなくそれらの証拠を元にして、ギルト共和国を徹底的に糾弾、国際社会での地位を失墜させようとするだろうとの、ギルト共和国外務省の役人達の分析結果を、ユーリンは嫌というほど聞かされた。


「とにかく、二人ともよろしくね」


ユーリンはカトレアとテルールを交互に見ながらそう言うと、作戦の準備を始めた。


(それにしても……)


レイカが自分と同じ死神部隊の出身だったとは、ユーリンにはとても考えられなかった。

しかも、現在は政府の工作員となっていたことも……

あの温厚な、少なくとも普段から常習的にため込んでいる飲食代のツケや借金の返済時以外は、非常に温厚なレイカが、という思いがユーリンの心にはある。


(……見つけたら聞いてみるか)


そう決心し、ユーリンは黙々と準備に取り掛かった。


                    ※


「……涼しい……」

「ここはギルト共和国よりも北の位置にある上に、標高が高いからな。

 空気は悪いが……」


あれから数時間後。

音速旅客機によってハイド共和国に入国し、空港の正面ゲートから出たカトレアとテルールは、なんとも呑気な様子だった。


「……なんで僕がこんな目に……」


その二人に続いて、ヘロヘロな状態で出てきたのはユーリンである。

なぜ彼がこのように衰弱し切った様子でいるかというと、実に単純である。


「我々の荷物を持てないだなんて……

 社長はいささか弛んでいるのではないですか?」

「……頑張れ、マスター……」


そう、ユーリンは旅客機が空港のゲートに隣接した瞬間から今まで、カトレアとテルールの荷物に加えて自分の荷物まで一緒に持っているのだ。

しかも、この荷物を入れたバッグにはキャスターが付いていないため、すべて背負い込むような形で運んでいる。

カトレアが近くのタクシーを捕まえると、テルールはさっさと運転席の隣の助手席に乗り込み、ユーリンは満身創痍の体を引きずってタクシーのトランクまでたどり着くと、荷物をトランクの中に押し込み、すでに左側の後部座席に座っているカトレアを睨みつけながら、右側の後部座席にドカッと座り込んだ。


「グッドウィル地区の十六番地へ」

「かしこまりました」


タクシーの運転手に向かってカトレアがそう告げるのを聞き届けると、ユーリンは疲れが溜まっていたのかウトウトし始め、やがて深い眠りについた。

静まり返るタクシーの中で、カトレアは物思いにふけっており、テルールはじっと正面を見据えていた。

ここからはカトレアの私見になるが、ハイド共和国はギルト共和国と比べて治安が良いように思えた。

ただし、それはハイド共和国国民の民度によるものというよりは、この国全体が、国民の一挙手一投足を監視しているような、不自然な居心地の悪さによるものではないかとカトレアは考えていた。

案の定、静かに市街を走るタクシーの外は、非常に静まり返っていた。

カフェのテラスで新聞を読むサラリーマン風の男、公園のベンチで語らう老夫婦、商店街で子供の両手を繋ぐ夫婦、この時間帯だと下校時間になるのであろうか、まとまって道路を歩く学生達。

どれも日常の光景であるが、カトレアにはどうにも違和感があった。


(笑っていない)


そう、学生達も夫婦も老夫婦も、まったく笑っていない。

それどころか、普通に振る舞っているようでいて、自分達の周囲をひどく気にしているように見えた。


(私の気のせいか?)


カトレアがそう思うのも無理はない。

彼女の周りの人間と言えば、自分の隣で大イビキをかいて涎を口の端からダラダラと垂れ流しているユーリンぐらいである。

彼の普段の生活態度を見ているカトレアには、世間一般でいうまともな人間が、そのように見えてしまう可能性もある。

やがてキレイに整備された市街を抜けると、タクシーは旧市街と思われる寂れた地区に入り、古びたホテルの前で停車した。


「百二十ポルトになります」

「これで」


運転手に、あらかじめ空港の外貨両替所で手に入れたハイド共和国の通貨で支払いを済ませると、カトレアはいまだ眠りから覚めないユーリンを担いで、荷物を持ったテルールと一緒にホテルの中に入っていった。

ホテルの中は外観と違って非常に清潔で、清掃が行き届いているのが見て取れた。

カトレアはフロント係から鍵を受け取ると、エレベーターで三階まで行き、鍵に刻まれた三百二十号室の前まで行き鍵を使って開けると、テルールへ部屋の中に荷物を下ろすように言ってユーリンを担いだまま部屋を後にした。

カトレアとテルールと眠ったままのユーリンは、もう一度エレベーターに乗って四階まで行った。

やがて四階までたどり着くと、一行は四百二十号室の前まで来た。


「ここか?」

「……うん……」


テルールがうなづくのを見ると、カトレアはユーリンをテルールに預け、扉をノックした。


「どちら様?」


その声に、カトレアは聞き覚えがあった。


「ラルドのピザ屋です。

 シーフードピザをお届けに来ました」


あらかじめ決めていた合言葉を言うと、扉の向こうから声がした。


「……どうも」


扉の向こうからそう聞こえると、扉のチェーンと鍵が外される音が聞こえ、中にいる人物が姿を現した。


「あ、あんたは!」

「お久しぶりでございます、イーヴォさん」


そう、先に潜入していた工作員とは、ユーリンやレイカと同じ死神部隊出身者、イーヴォ・ヴェーデルであった。

彼はカトレアとテルールを中に入れると、扉のチェーンや鍵を掛けて部屋の中央にある正方形のテーブルに置かれた図面を見ながら、淡々と説明を始めた。


「収容所はこっから西に三十キロ行ったところにある。

 周辺は警戒が厳重で、この道から収容所へ一本道になるんだが、検問がある。

 ちょいと遠回りになるが、この街から東に出て北の方に回り込んでいくと、国道の途中に大規模な森林 地帯がある。

 そっから収容所は数キロと離れてない。

 ただ、トラップやら監視装置やらで整備されてるから、警戒は必要だがな。侵入するならここだ。

 集合地点は、ここがいいぜ。

 ここからなら目立たないし、収容所への距離も短いしな」

「……なるほど、だいたい理解できました」

「へっ、理解が早くて助かるぜ」


カトレアがイーヴォの説明を熱心に聞き終えた後ろのソファで、テルールはユーリンの頭を自分の膝の上に置いて頭を撫でている。


「社長はまだ目覚められないか?」

「……うん……」


ユーリンの頭を撫でながらテルールが答える。


「仕方ないか……」

「まぁ、良いんじゃねぇか?

 作戦の決行時間になったら起こせばよ」

「はぁ、そういうものですか?」

「そういうもんだぜ。

 こいつは腐っても死神部隊の生き残りだ」


イーヴォは得意そうに言った。

彼の死神部隊やその隊員に対する感情は、家族のそれに近い。

カトレアはイーヴォに礼を言ってユーリンを担ぐテルールと共に、部屋を後にした。


「じゃあ、向こうでな」

「えぇ、それでは」


イーヴォに玄関で別れを伝えると、カトレア達は自室に戻った。

やがて時刻が深夜になると、カトレアはテルールの膝の上でイビキをかいて寝ているユーリンの元へ歩み寄ったその時。


「ケセラン・パセランッ!!」

「っ!」

「……あ、起きた……」


ユーリンが目を覚ました。


「あれ? ケセラン・パセランは?」


目を覚ましたのは良かったが、ユーリンの様子はおかしかった。

彼は周囲を見回しながら、何かを探しているようだった。


「おはようございます、社長」

「……おはよう、マスター……」


二人の声を聞いて、初めてユーリンはカトレアとテルールの方を見た。


「ケセラン・パセランは?」

「……作戦内容は集合地点に着くまでに説明いたします」

「……マスター、おかしい……」


おかしな様子のユーリンを連れて、カトレアとテルールはあらかじめ用意しておいた車で、作戦地域まで向かっていった。


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