第八話二部 消すことのできないモノ
「それでは、我々はこれで」
「くれぐれも頼みましたぞ!」
「……どうもありがとうございました」
カトレアが役人達に礼を言うのを確認すると、ユーリンは執務室の重厚な扉を開いた。
執務室の中は静まり返っており、中央の両隣になっている高級ソファの片方にはラルドが座っており、すっかり憔悴しきった様子でうなだれていた。
「おっさん?」
「……やぁ、おはようございます、ユーリンさん」
「今の時刻は十三時です。ラルド様」
憔悴しきっているラルドに向かって容赦なくツッコミを入れるカトレアを制し、ユーリンはラルドの横に座った。
「コレ、食べていい?」
「え? あぁ、どうぞ」
ラルドの了解を得ると、ユーリンは目の前に置いてある茶菓子に手を伸ばした。
「うぉっ!?」
ユーリンが茶菓子を取ろうとした瞬間、テルールがユーリンの目の前に現れ、茶菓子の入った器ごと持ち去ると、ムシャムシャと貪った。
「ははは、お連れさんはお腹が空いていたようですね」
「まったくも~……」
テルールは茶菓子をすべて食べ終わると、器を元の位置に戻し、お礼の言葉を述べた。
「……ごちそうさま……」
「はは、お粗末様です」
テルールは満足したのか、ソファから少し離れた位置にいるカトレアの横に移動して、ジッと立っていた。
「それで、おっさん」
気を取り直してユーリンが話し始める。
「今回はどういう依頼なの?」
「はい、実は―」
ラルドの話をまとめるとこうなる。
一昨日、ギルト共和国北の国境でハイド共和国が武装警察を用いて、対テロを名目とした大規模な演習を行った。
それだけならまだよかったが、問題はここからである。
演習中の武装警官の内、数個大隊がギルト共和国北東にある町や村を制圧したのだ。
この行いにギルト共和国首相、つまりラルドはすぐさま非難声明を出したが、ハイド共和国首相ガイデルの返答は「演習中に本物のテロ組織を発見したため、現在当該地域で捜索を実施している」というものであった。
ハイド共和国からの声明が発表されてからすぐに、ラルド首相はジークフリート社に依頼を出そうとしたそうだが、先ほど見た役人連中からの反対にあった。
理由は、仮にも正規の警察組織を相手にこちらが民間軍事会社などに依頼を出したら国際社会でのギルト共和国の地位が失墜するというものであった。
そのため、ラルドは苦渋の決断の末に、ある一人の人物に依頼を出した。
「それって……」
「はい、レイカさんです」
「どういうことなの?」
ユーリンの質問に、ラルドは顔色を悪くした。
しばらく沈黙が執務室を支配するが、ユーリンはジッとラルドの顔を見つめるだけである。
「……これから話すことはすべて最高レベルの機密事項ですので、他言無用でお願いします」
「わかった」
そう言って、ユーリンはカトレアとテルールに目配せをした。
カトレアはユーリンに向かって一礼し、執務室を出て行った。
テルールはユーリンの元まで歩いてきた。
「? どうかしたの、テルール?」
テルールはユーリンの傍でジッと立ったままである。
「ご飯くれるんじゃないの?」
「違うわ! 部屋を出ろってことだよ!」
「……チッ」
「舌打ちした! 今、舌打ちした!」
ユーリンの非難の声などまったく意に介さず、テルールは不機嫌そうに執務室を出て行った。
「ふぅ……ごめんね、おっさん」
「いえ、大丈夫です」
そう言いつつ、ラルドとユーリンは互いに姿勢を正した。
「実はレイカさんは、あなたと同じ第八独立遊撃大隊の隊員だった方です」
ラルドのその言葉を聞いて、ユーリンは驚愕の表情を浮かべた。
「な……え? レイカさんが死神部隊の生き残り?
そんな、どうしてっ!?」
「すみません。
本人の希望によって、あなたにはこの事実を伏せていたのです」
第八独立遊撃大隊。
別名『死神部隊』と言われ、第十三次宇宙戦争中にありとあらゆる特殊で非合法な軍事作戦を遂行してきた非正規特殊部隊。
レイカが国軍にいたことは、ユーリンも本人から聞いていたのでたいして気にしていなかったが、まさか自分のいた部隊の出身とは思っていなかった。
「そう……
まぁ、あの部隊の出身者なら、例えデスクワークの人員でもある程度の荒事は解決できるもんね。
でも、どうしてレイカさんなの?」
その部分はユーリンにとって一番気になる部分であった。
いくら元死神部隊の隊員とはいえ、今のレイカは酒場の女将に過ぎない。
「実は……彼女には部隊解散後からずっと、非合法活動や情報収集を専門に活動してもらってたんです。
もちろん報酬を支払って……酒場については我々は知りません」
ラルドのその言葉を聞いて、ユーリンは衝撃を受けた。
あのレイカが、そのような任務を受け持っていたとは思わなかった。
しかし、ユーリンの頭は冷静にその事実を認めていた。
かつてミルタに逃げ込もうとした強盗団を壊滅させた時も、その情報源はレイカからだった。
思えば、彼女はラルドからの依頼と言っていたから、気づくべきだった。
「……僕を見張るため?」
ユーリンはラルドを睨んだ。
しかし、ラルドは普段とは違う毅然とした態度でその意見を否定した。
「いえ、違います。
あくまで我が国に有害活動を行う個人や団体などの情報収集や、それらの排除です」
「……信じていいんだね?」
「間違いなく」
ユーリンが言った言葉は懇願ではない。
もし事実と違っていたら、己のすべてを掛けてラルドを含む政府関係者を殺すという脅しである。
しかしラルドは、それに平然と答えて見せた。
「……分かった。
レイカさんは僕の敵にはならないし、あんたも僕を殺すつもりは無いという事だね?」
「えぇ、その通りです。
それに、我々がレイカさんに依頼したのはあくまで現地の状況報告であり、レイカさんはその任務の最中に、相手側の警察に拘束されたものと思われます」
そこまで話して、ラルドは机に置いてある水差しを手に取り、中の水をコップに注いで一気に飲み干した。
「おっさん、大丈夫?」
ラルドは普段から気弱な方であるが、今の彼は少し罵声を浴びせ掛けただけで心停止しそうな様子だった。
「……いや~まいりましたよ。
今、国会審議の最中なんですが、与党の議員からは民間軍事会社を雇って蹴散らせ、野党からは『責任を取れ』コール、挙句の果てには国会議事堂前での大規模デモときました」
よほどストレスを感じていたのか、ラルドはそのままベラベラとまくし立てる。
「しかもそのデモの内容も、『政府は話し合いを!』とか『ハイドの奴らを皆殺しにしろ!』とか、なんとまぁ、実に様々な意見を表明しておりまして……
今はお互いのデモ主催団体との間で激しい衝突が起きてしまったため、警官隊に事態の収拾をお願いしていますが、いやはやなんとも……」
どうやら、ラルドの心労はユーリンの想像以上のようだった。
労いの言葉の一つでも言ってやりたかったが、まったく政治経験の無いユーリンから発した言葉で、今のラルドの心労を少しでも和らげることができるだろうか?
ユーリンがそう考えた時、この目の前にいる初老の紳士が初めて、数々の政治的修羅場をくぐってきた豪傑であることを、改めて認識させられた。
ひとまず彼の心労を和らげるより、自分に関係のある話をすることをユーリンは選んだ。
「そう……それで、依頼の件だけど……
レイカさんの救出だけで良いの?」
「は? どういう意味でしょうか?」
そう、ユーリンにはラルドの話を聞いた時から、気になることがあった。
「だからさ。
ぶっちゃけて言うけど、今ハイドの連中に占領されている町や村とかはどうすんの?」
痛いところを突かれたのか、ラルドはハッとした表情を見せた後にうつむき、絞り出すような声で答えた。
「残念ですが、今の状態ではなんとも……見捨てるということではないのです!
ただ、もし下手に相手を刺激して紛争になった場合、今の我が国の戦力ではなんとも……」
ラルドも本心では、今すぐにでも国民を助けたいのだろう。
しかし、本人が言ったようにギルト共和国とハイド共和国では、事実上の『武力』というものに圧倒的な差が存在する。
即座に非難声明を出したのは国際常識としてというよりは、せめてもの抵抗なのではないかと、ラルドの意見を聞いたユーリンには思えた。
「わかった。で、レイカさんは今どこにいるの?」
ユーリンの質問に、ラルドはゆっくりと顔を上げて答える。
「ハイド共和国内務省管轄強制収容所、ヘレに……」
「……最悪じゃん」
強制収容所ヘレ。
かつては軍刑務所だった場所であり、今ではハイド共和国首相ガイデルの政策に異議を唱える者を送り込む場所であった。
「はい。
ですから、ユーリンさんには最大限の注意をして頂きたいのです」
「……わかった。この依頼、引き受けるよ」
ユーリンはソファからスッと立ち上がって、出口となる重厚な扉の方へ歩いて行った。
「いえ、今回はそういうことではないのです」
「え?」
いつものように、自分に対して神を崇めるがごとく、感謝の言葉を浴びせかけられると思っていたユーリンは、思わずラルドの方を振り向いた。
「先ほども申し上げましたように、今回のケースでは例えユーリンさんに対しても依頼を出すことは出来ません」
「そんな……じゃあ、レイカさんはどうするの!?」
いつもと違って、毅然な態度で接するラルドに多少イラつきながらも、ユーリンは再びソファに腰を下ろした。
「ですから、公式に依頼を出すことができないのです……
ここへ呼んだのも、正直言ってアリバイ作りのためなんです……
利用して申し訳ありません。
ですが、今回ばかりは私もどうしていいやら……」
部屋の床の一点を見つめて、力なく答えるラルドとは対照的に、ユーリンの顔は笑顔に染まっていった。
「フ、フフ、フハハハ……」
「ユ、ユーリンさん? どうしました?」
ユーリンのただならぬ様子、もっとはっきり言ってしまえば気持ち悪い姿に、ラルドはオドオドした調子で質問した。
ユーリンはラルドの方へゆっくりと首だけを動かして、ニヤリと薄ら笑いを浮かべながら答えた。
「いいこと思いついちゃった」
「な、なんです?」
ラルドがユーリンの手招きに応じて顔に右耳を近づけると、ユーリンは自分の考えをラルドにささやいた。
「……なるほど、確かにそれならば」
「でしょ? じゃあ、さっそく準備に取り掛かっちゃうね」
そう言って部屋を出ていこうとするユーリンに対して、ラルドは席から立ち上がって、宣言するように話した。
「ユーリンさん、私とあなたがお会いするのは、これで最後になるでしょう」
「え? いきなりどうしたの?」
思わずユーリンも、足を止めてラルドの方へ振り返る。
「今回、なぜハイドが我が国に事実上の侵略行為を行ったのかはわかりません。
ですが、このような状態を作り出してしまった私を、議会や国民は許さないでしょう。
おそらく、今日中にでも内閣不信任案決議が可決し、私は首相の座を降りることになります」
「……それで?」
そのようなことになる事は、ユーリンもある程度は想像できた。
なんせこの国は短ければ半年、長くても二年ほどで首相が変わってしまうような国なのだから。
「はっきり申し上げますと、ユーリンさんには首相が私以外の者になったとしても、どうか変わらず、この国のために力添えをして頂きたいのです!」
ラルドの口調は話していくうちに、語気が荒くなっていく。
「奴らが我が国の一部を占領した時、他の多くの国々も非難声明を出してくれました。
しかし、政治の世界ではそのようなことはいわば、お約束事。
本当の意味で、ハイドと事を構えてでも我が国の力になって下さる国は皆無でしょう。
ならば!
これまで我が国のために、数々の危険な仕事を引き受けて下さったあなたに!
私は自分の政治生命が潰えたとしてもなお、我が国のために力を貸して下さることを、切に望みます!
私は悔しい!
これまで政治の世界で様々な理不尽な目に遭っても、すべて御国のためと思い耐えてきました!
しかし、今こそ政治家として手腕を振るわなければならないというのにこの体たらく!
情けない、本当に自分が情けない!」
そのまま、ラルドは下を向いて黙ってしまった。
ラルドの両目からは大粒の涙が溢れており、かすかに嗚咽の音が聞こえた。
「……うん、わかった。
相手がどんなに嫌な奴でも、僕はギルトのために頑張るよ」
ユーリンからその言葉を聞いた時、ラルドは顔を上げて静かに微笑みを浮かべた。
「ありがとう、ユーリンさん。
これで心残りはありません」
ラルドの言葉を聞いて、ユーリンは深くうなずくと、執務室を後にした。




